バニシング・シェアハウス
ある田舎に、不思議な夢を見る少年がいた。その子が言うには、夢の中で赤い部屋が……
仮想アメリカ、時は冷戦時代真只中(年代で言うと1950年前後と言えば伝わるだろうか)。とある西方の州の過疎化した田舎町に唯一の若い夫婦家族が住んでいた。
ある日の昼過ぎ、子どもが学校から帰ってきてすぐ、
「ただいまー」
とドアの側から言い。
「お帰り」
と母がいつものように返す。
「マム、ちょっと友達と一緒に遊んでくるよ。ASパークに行ってくる」
「いいけど、おやつにドーナツ買ってるから早めに帰るのよ」
子どもは初等部の男の子が一人、母は家事の傍ら畑仕事を、父は休日以外はほとんどを東側の都市部で働いている、ごくごく一般的な家庭であった。
「ただいま」
「おかえりなさい……まぁ、ドーナツよりも先にシャワーを浴びなさい」
時刻は五時を回ったところだったろうか。辺りは薄暗くなりほのかに月明かりが差し、子どもは帰る時には全身が泥だらけになっていた。子どもはシャワーをさっさと済ませ、ドーナツを頬張りながらいつも通り今日起こったことを話し続ける。母親もそれをうれしそうに聞く。
だが、その日の話の後半は少し違った風だった。
「それでさ、バズと帰ってるときにでっかい月が見えてさ。あいつが『月に行けるようになりたいな』って言ってるときに思い出したんだ。学校で――あぁ、違う、昨日の夢のこと。僕が大きくなったときにね、バズはすごく頭が良くて、本当に月に行っちゃうんだ。それでみんなはすごく驚くんだ」
「いいじゃない。そうだといいわねぇ」
そう笑顔で言ったものの、母親は内心で子どもの夢を否定してしまっていた。というのも、当時はまだ月まで届く無人の航空機すら発明されていなかったのに、人を乗せた乗り物が月まで飛べる訳がないと思うのも無理は無く、もちろんこの考えはこの母親だけが思っていることではなかった。
この一人の子どもが夢の話をしたのは初めてだったが、母親は子供特有の想像力の結果だろうと思っていた。それから一週間後、子どもが家に帰るとすぐ、再び夢の記憶について話し始めた。
「マム、最近、変な夢を続けて見るんだ。授業中に」
「なんですって?」
母親が声に微かな怒りの感情を込める間には、子どもは怯むことなく話を始めていた。
「あのね――」
子供の話は長引き、年相応の分のねじれがあったので、ここでは要約する。その内容は、
――僕がマンションみたいな所の一つの部屋に、一人暮らしする事になったんだ。
僕の部屋は真っ赤で薄暗いし窮屈で、そのせいでいつも居るだけで不安な気持ちになるんだけど、お隣に住んでる人が話しかけてきてくれたんだ。
隣の部屋も赤い壁があるのかな、一体だれが住んでいるのかなと思って次の日も、次の日も
お隣の友達とおしゃべりをしていたんだけど、ある日からその声がだんだん小さくなっていって、最後には聞こえなくなっちゃったんだ。
それからしばらくして、僕は住んでる部屋が広くて快適になったことに気付いたんだ。――
「……ってことがあったのよ」
その夜、母親は昼のことを夫に話していた。
「本当か? いや、でも……いくらなんでも考えすぎだろう」
「ええ。あり得ないことなんだけど、妙に当てはまっていて気持ちが悪くって。でもそうね……。
――……双子の弟のことを、覚えてる訳がないものね」