雨雲と太陽
ここは、雨がやまない世界。雨が嫌いな主人と、晴れの方を嫌うその妻の、とある二日間。
「今日は雨ですね」
曇天に届くほどの高さにそびえる摩天楼の数々を、ゴールディア氏は水滴の滴り続けるプラスチック窓から覗きながら続けて言った。
「雨は嫌いだ」
同じく隣で雲を見上げていたゴールディア氏の妻は、『そう』と小さく返事をしてから。
「私も嫌い」
そして、こう続けた。
「でも、晴れの日はもっと嫌いよ」
窓から目を離さず言い放った彼女の目は、どこか虚ろだった。まるで別の人を弔っているかのように。
「それは、御気の毒に」
ゴールディア氏はこの時、妻の不自然な態度に対して深入りできなかった。なにしろ、彼女は一度離婚をしており、しかもその理由が死別する直前の元夫の願いとなれば、ゴールディア氏にとっては複雑この上ない。彼女が言うには、それはもう十年ほど経つことだという。彼女が『家で何気なくかわした口約束が、まさか本当に死んでしまうなんて』と呟いたことは深く記憶に残っていた。
「しかし、晴れの日はもうしばらく来ないだろう。科学はこの星の環境を一切考えずに発展し続け、海面上昇を抑えるために無理やり水を蒸発し続けた結果、今では傘なしでは生きていけないほどの雨続きになってしまった」
「そうかしら。できれば、もう二度と太陽なんて出てこなければいいのだけれど」
雨はざあざあと降っていた。二人の間に乖離を創った沈黙を埋めるように。
翌日、依然静寂は訪れぬままだったが、せっかくの連休であったために、二人は適当にドライブをすることにした。窓から見える景色は変わり映えの少ないものだが、いつもの高層ビルのみで構成された視界に比べると、幾分気分が晴れた。家からしばらく走って、室内バーベキュー定食店で昼食、プラネタリウムを見たのちにドライブスルーのコンビニエンスストアで買ったサンドイッチで軽く夕食を済ませる。帰路につこうとしていたところで、車内のラジオから。
「――本日午後6時ごろ、ルーラル山で土砂崩れが発生し、国道○○番から××番までは現在、全面通行止めとなっておりますので……」
「噓だろ。ルーラル山は近くのはず……国道○○か」
ゴールディア氏は車のギアをオーバードライブからオートメーションに切り替え、車に付属しているデヴァイスでナビゲーションを開いた。
「通れないか……しょうがない。近くに宿はあるが、今夜は車で眠ることになってもいいかい」
「嫌よ、私は車中泊はしない主義なの」
即答で車中泊を断った妻は、そのまま半ば強引に夫に遠回りをさせたところにあるホテルの二人部屋に泊まることにした。
翌朝のことだった――驚くことに、晴れていた――。
「久しぶりに見ると流石に眩しいな。最後に太陽を見たのなんてもう十年ほど前なんじゃないか?」
「そうね。だからこそ、車中泊なんてしなくてよかったでしょ。危うく死ぬところだったわ」
ゴールディア氏は妻の言っている意味が分からず首を傾げたままチェックアウトを終え、いざ帰ろうと外へ赴くと、燃え盛る黒鉄の塊を見て絶句した。
数十年前、温暖化の対策が間に合わなくなった科学者たちが海の水を無理やり蒸発させるために太陽を物理的に近づけた結果、太陽が出た日の日射は以前とは比べほどにならなくなった。車という装置がこの星の環境に合わないと残らず捨てられるまでには、まだいくら時間がかかるのだろうか。




