無一文ヒーロー
人を生まれながらに平等とか言い出した奴は、一体世界のどこをどう見た結果でそんなバカげたことを言いだしたんだろうな。ボスははじめそう言って、俺を悪の組織に引き込んだ。いや、それ自体は全然気にしていないのだが、気にしてないのだが……。
「そこまでだ!悪党ども、覚悟しろ!変身!!」
その日、俺は人生最大の敵に出くわした。
数日後。街中にある公園の一角にて。
――戦隊ヒーローとかいう集団を知っているだろうか。……そう、日曜日の朝だけ突然のオープニングとともに現れる、全身タイツに身を包むという、素人目に見ても重度の変質者だと分かる見た目のくせに子どもに人気なあの五人組である。
「はぁーついてねぇなー」
昨日はあの変質者集団に俺たちはギャングらしく現代兵器を駆使して立ち向かい、あと一歩のところまで追い詰めていた。そこまでは良かったのだが、あろうことか奴ら、どこから出したのか小さなビルほどの大きさの巨大ロボットに乗り込んで俺らのアジトごと全部蹴散らしやがった。……あんだけの予算を割いておいて日曜日にしか人助けをしないなんて、平日に残業で苦しむ世のサラリーマンを何だと思っているのか。
「おかーさん、あの人何してんの」
「見ちゃだめよ。ああいう大人にはならないように頑張りなさい」
しかも、最後に起こった変な爆発オチは組織にとどめを刺してボスは捕まり、俺はかろうじて逃げ延びたものの晴れて無職となったのだ。……何だよもう、ギャングやヤクザを必要悪だという人だっているだろうに。元裏稼業という大き過ぎる傷を経歴に刻み込んでしまった俺なんて、もうカタギに戻れるはずもない。
「くそっ……アッツ」
隣にあった缶コーヒーを握りつぶし、それからあふれ出した黒い液体が予想外にも熱かった。どうやら、買ったばかりだったようだ。慌てて服を拭いて、又その無駄な時間を過ごしてる自分が嫌になって、遠くにあったゴミ箱にまだ重みの残る缶を投げつけた。すると。
「あぁあ、せっかく取りに来たのに。もういいや、ちょっと僕の愚痴に付き合ってくださいよ。おじさん」
話しかけられる直前に肩に触れられ、振り返ると若干高そうに見える服を見事に着崩した細身の男が。……平日のこの時間から公園にいるなんて、俺を含めろくな大人でないことは間違いないな。
「今日さぁ久しぶりに大負けしちゃったんすよねぇ。だってさ、始めの方は勝ててたんだよ。朝イチ確変って知ってるかな、毎回それ出るとゾーンに入っちゃうっていうかさ、ほんならいつも以上にやりたくなるじゃん」
「朝からギャンブルか。悪いがそんな話聞く気はないぞ」
「そんなこと言わんでくださいよ、君が僕の忘れてきたコーヒーだめにしちゃったんだからさあ。……にしてもすごいね!さっきの。あれだけ力のこもったナイスショットなら、おじさんも何かヤなことあった口でしょ」
「あ?舐めてんなよお前、こっちは仕事おじゃんになってんだよ」
「そっか。まあ、仕事って続けるのが一番大変だよねー。僕も仕事は上手くいかないことばっかでさー」
先ほどから見えるこの男の胡散臭い顔、そう言えばどこかで見た覚えがある。それも結構最近に。話しながら考えているうちに俺はピンときた。そうだ、昨日のヒーローたちが邪魔に入った取引現場の時だったな。しかしコイツ、最初の方しか顔を見た覚えがないな……まあ、すぐに戦闘になったから覚えてなかったのもしょうがない。同じ仕事をつぶされた同業者ならと、少しだけコイツと話を聞いてやってもいいという気持ちにもなれた。
「はぁ、良いや。ここには子どももいるし、愚痴ならどっかの店でな」
「え、もしかして奢ってくれます?」
逃げるときに持てるだけもって全財産にしてるし、一食ぐらいの額なら奢ってやる。
「だからと言って、何で一蘭なんだよ」
「良いじゃないすか、豚骨ラーメンと言ったらここですよ」
いや、確かにおいしいが、ここまでプライベート空間で味に集中できると愚痴どころではないというか。
「そもそも、複数人で来るのに向かないだろうが」
「そうすか?結構仲間と来ますよ。ちょっと後ろに下がれば一番端の人とも喋れるし」
「同僚と食事に来るんだな。俺の前の職場だと考えられなかったよ。ほぼ毎日取引に抗争……じゃなくて営業しなきゃだから」
「ブラックっすねー!出勤日で言ったら僕のところはだいぶ楽ですね。週二日の事務仕事があって、あとは週一の派遣業務をこなすだけ!合計週三日!……あ、ありがとうございまーす」
「そっちは逆にホワイト過ぎないか!?」
軽い口でラーメンを受け取る男は、箸を割ってからどんぶりに入れる直前で気づいたようで慌てて手を合わせる。
しかし、ギャングでもそこまで優しい所もあったんだな、うちのボスも別に厳しい方ではなかったと思っていたのだが。
「でも、他の職種と勤務日がズレてるんで、飲む相手がいっつも職場仲間しかいないんですよね。有休なんて取れないし、祝日でも関係なく働かされるし。それだけに同僚と仲悪くしたときは、そりゃもう地獄で」
確かにそれは酷い環境だ、特に後半の言葉は現に苦しんでそうな口ぶりだ。そして何より、そのことを語る時だって男の顔は、まるで笛を持たせれば吹きそうな程に快い色をしており、変わらず軽い口で替え玉を頼んでいだ。
「良いのか?別に今すぐに金が欲しいほど困っては無かったのに。今後会う予定もないし奢れるのは今回だけだったかもな。あー再就職できる気がしねぇ」
「さ、さすがに仕事ない人に持ってもらうのは気が引けますって……。それに、人間関係もお金抜きで会えるのが一番っすよ。罪悪感あるし……あ、」
「ん?何だ、朝公園にいた時の子どもじゃねぇか」
店から出て三分ほど歩くと、街路樹に引っかかった風船を取ろうとしてるのか、小学校低学年くらいの子どもが一人、木の下で何度も跳躍していた。あの高さじゃ届くわけないし、ありゃ五分もしないうちに泣き出すだろうな。その光景を見てると、何故だか心のどこかがいつもより痛む。
すると、おもむろに男は数歩だけ後ろに下がった。いや、正確には彼だけ歩みを止めた。それに気付かなかいまま俺は軋む心の引き出しを開いた。
「俺な、まともな仕事やってなかったんだよ」
「……おじさん?」
「新しい仕事探そうにも、そんな奴が一般の仕事なんて何処も受けてくれるわけねぇ、今まで抜けてった知り合いはみんなそうだった、誰も達してねぇ。ちょうど、あの風船みたいに。悪党の人生はな、なんにもやり直せないんだよ」
「おじさん、僕ね。罪悪感って零か一かだと思うんすよ。少しでもあったら何をするにもためらってしまう、どれだけ薄めても忘れられない。仕事で、相手は悪もんって知ったつもりでも殴ったり蹴るのは気が引けるんす。それで環境が悪くっても僕は俄然人を助けたい気分が強い」
「うん、それがどうかした……っておい待て」
「このことは、どうかオフレコでっ……変身!」
そう言って男が一瞬にして光の粒子に包まれていったかと思うと、直後、光の中心から記憶に新しい赤い全身タイツが現れた。近くで見ると所々に装飾が細かく存在しているが、確実に昨日戦った五人のうち、赤いアイツだ。まさか、俺がトランクケースではなく銃口を向けていた人だったとは。
全身タイツは子どもに確認を取ったうえで、軽くつま先を弾く動作を見せるとあっという間に四、五メートルの高さがありそうな風船までその手を届かせ、目を輝かせた子どもに目線を合わせてから風船を手渡す。
そして見送った後彼は、ゆっくりと俺の方へ歩み寄るとこう言った。
「おじさんにどんな事情があるかは分からないし、今日付き合ってくれたことに免じて聞かないよ。僕らみたいに一瞬にして、とまではいかないかもっすけど……助けてもらえるの待ちながらでも、ちょっとずつでも変身していければそれでいいんじゃないかな」
男とは本当にそれきりだったが、その週の日曜日のオープニングは、今までよりは幾ばくか楽しみに聞くことができた。




