暖炉には灰
黒い外套を身につけた女が一人。吸血鬼を狩って生計を立てるもの――俗に言う『ハンター』だ。
今日も一匹の吸血鬼を狩って肩に担ぎ、家へ向かっていた。
「あらハンターさん、教会はあちらよ?」
身なりの良い貴婦人がハンターの逆を指差す。
「……いえ、大丈夫です。」
貴婦人から逃げるようにして急いで家に向かう。
古びたレンガの家に駆け込み、ぱたんと扉を閉める。
「はあ……なんとか間に合いそうだ。」
吸血鬼は簡単に死なない。否、吸血鬼という生物は死んでも生き返ってしまう。
火種を作り、用意していたマッチの火と共に暖炉に放り込む。
吸血鬼の殺し方は様々あるが今回は一番一般的な方法だ。まず吸血鬼の象徴である牙を切り落とす。そしてできるだけ血を抜き肉体を暖炉の火で灰にする。
煌々と燃え盛った暖炉に吸血鬼をくべる。
次の日彼女は教会に出向いていた。手を重ね合わせ跪いて神に祈りを捧げる。
「信心深いのですね、ハンターさん。」
教会の裏から現れた神官が彼女に声をかけた。
「いや、ハンターの仕事に神の力が必要なだけです。」
「そうですか。あなたのお婆さんは信心深いハンターでしたよ。」
「……そうですね。でも私は違います。」
彼女は気高い自己犠牲の精神でハンターをしているわけではない。
「復讐……ですか?」
「ええ……」
そのお婆さんは彼女を残して死んだ。吸血鬼に殺されたと町の人々は言っていた。
家に戻り暖炉の向かい側の椅子に座り本を開く。お婆さんが生前によく読んでいた本だが、数ページ捲ってすぐに閉じる。
ふと床を見ると一冊の本が落ちていた。床と同化して今まで気づかなかったのだろう。
―――それはお婆さんの日記だった。お婆さんの記憶はあるがどんなハンターであったか知らない彼女はその本を開いた。
お婆さんの恋人との日常だった。血生臭いハンターなど関係のない幸せな日々。しかし、ある一文に目を止める。
『あの人は人を食べるのを我慢してくれている。』
お婆さんの恋人は吸血鬼だった…?
『そのせいでガリガリになって弱ってしまった。私のせいだ。なら私が……』
その後に続く文は想像に難くなかった。「お婆さんは吸血鬼に殺された」、まさかそんな……。ではその吸血鬼は今どこに……
暖炉にくべられた、燃えるのに時間のかかる吸血鬼の灰が舞い上がり、煙突口から立ち上っていた。
誰かのための行動がその人を傷つけてしまう。決して少なくはないことです。
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