1.スライムにも勝てない
小枝を握った手が、足が、全身がぶるぶる震えて仕方がなかった。
ここは森の中。不気味に笑う木に囲まれ、見渡す限りのスライムに囲われ、のろま足で向かってくるのはゾンビ、もしくはアンデッド。ゲームじゃスライムもゾンビも超ザコモンスターのはずなのに、小枝を構えただけの俺には即負けるヴィジョンしか見えない。負ける? 否。目の前のこれはゲームじゃない。現実だ。だから負けるは適当とはいえない。……殺される、もしくは捕食されるヴィジョン、が正解だ。
「な、なん、なっ、なんだってんだよ!! くっ、くるな!! こっちくんな!!!」
森に響くのは情けない俺の叫び声だけだった。
少しずつ距離を縮めてくるスライムに対して牽制のため、ぶんぶんと小枝を振り回すと空を切る音がするけれど、どれも空振りに終わる。たとえ切っ先が触れたとてスライムにはノーダメージのようで、何事もなかったかのように元の形状を保ちつつ、じりじりと迫りつつあった。
あれ既視感。なんか既視感。そう思った次に脳裏に過るのは今まで見てきた映画ゲームアニメのモブキャラの断末魔。あれ、これって死亡フラグ? 未知なる生命体によるモブキャラ見せしめ惨殺シーンでは?
5分先、未来の自分の結末を悟って、俺は絶望からか思わず小枝を手から取り落とした。
「あっ」
あっ、じゃない。あっ、じゃないんだよ。
情けない声に心底嫌になる。小枝とて攻撃力0から1くらいにはなれる武器だった。それを取り落とすなんて自ら死に向かってるようなものだ。
慌てて地面に転がった小枝を拾おうと屈んで、眼前に迫った透明色のぶにぶに、つまりスライムと目が合った。気がした。
「うわっうわっ!!!」
命綱かもしれない攻撃力+1の小枝も取らずして、思わず飛びのいた。ファミリーレストランのおもちゃ売り場に置いてそうな見た目のくせ、それに確かな意思を感じたのだ。
スライムは俺が地面に置き去りにした小枝をものともせずに通過しようと迫ってくる。小枝の上に乗り上げたスライムの体内で、小枝は細やかな泡を立ててじっくりと消化されているようだった。これは5分、いや1分後の自分の姿だ。背後からもスライムは迫っている。たとえスライムを踏みつぶし、靴を犠牲にしてここから脱却できても、先からはゾンビが湧いて出てくる始末だ。その先には何が待ち受けているかなんて想像もできない。溶かされて死ぬか、ゾンビの仲間入りするか。どっちもどっちだ。もうどうしようもない……。
絶望が襲った。次の瞬間だった。
――火の加護!フレイム!
ひのかご、ふれいむ。森の奥から確かな叫び声が聞こえてきた。と思った瞬間、目の前が真っ赤に光り、強烈な熱を感じた。それが炎だと気が付くのに、何秒かかっただろう。確かに目の前に迫っていたスライムは炎に包まれ、そして自然と炎が消えるとそこにいたはずのスライムも、小枝も、跡形もなく消し去られていたのである。
「お怪我はありませんか。旅人よ」
旅人。それが俺への問いかけだと気が付くのに、そう時間はかからなかった。
「残りのモンスターも討伐します。火傷をしてしまうので、そこを動かないでくださいね」
森の奥、木陰から現れたのは、背の丈ほどの大きな木の杖を構え、白い装束を纏った、小柄な女の子だった。