ドラマ「風よ あらしよ」中間報告
日曜日夜のNHKドラマの感想です。
NHK BSで、日曜日、22時から、今、ドラマ「風よ あらしよ」をやっています。
2022年9月4日に、第1回がありました。録画しているつもりで、見ようとしたら、録画できていませんでした。
「趣味人倶楽部」の「日記」に、「絶対、見ます」みたいなことを書いておきながら、
見そこないました。ボケの一環でしょう。恥ずかしい限りです。
9月11日に、第2回がありました。期待通りでした。
伊藤野枝を演ずる吉高由里子は、キャラクターが派手すぎるのではないかと心配していましたが、「鶴瓶の家族に乾杯」のような、地の明るさを抑えて、着ているものも地味。役に徹していました。
足尾銅山の公害に対して義憤あふれる発言をするところなど、水俣で行動を起こした石牟礼道子と同じ考え方です。「その通り!」と声をかけたくなるほどの熱演でした。
ところが、パートナーの辻潤(稲垣吾郎)は、「同情なら、誰だって出来る。そんなの、ただセンチメンタルになっているだけ」と、冷静。というより、野枝の頭に水をぶっかけるような物言いです。
平塚雷鳥から、編集などを引き継いだ「青鞜」は、内容が、一般の人から見たら過激だからでしょう、売れません。返品の山。………とうとう、つぶれます。
その時、「たかが雑誌の一つ、つぶれただけ。あなたは負けたのじゃない。言っていることは正しい。勝ったんだ」と、手紙で励ましてくれたのが大杉栄。
野枝の気持ちが大杉の方に傾いて行くのは当然でしょうか。
家を出る決意を告げた野枝に、辻潤は、「ここまで守ってやったのに、それを分かってはくれないのか」と泣きます。
「あなた、今、自分のために、涙を流しているでしょう。どうして、人のために、涙を流せなかったの?」とは、キビシイですよね。
「一は置いて行け」と、子供は取り上げられます。
この時、野枝が置いて行った赤ん坊が、のちに、ユニークな文と絵で、人を魅了する辻まことになるのです。…………
野枝が出て行ったあとも、動揺を抑えるためか、尺八を吹こうとするような男。
芸術家肌、というか。
あくまでも、現実と死闘しようとする野枝とは、世界観、価値観が違い過ぎます。
大杉とは、うまく行ったか。
「子供を生んだら、女は変わるなあ」というような発言には、猛烈に反発します。
「男性優位の差別思想が しみついているのよ。女性のつらい立場、生き方が全然分かっていない」と。
大杉、あっさり、「ごめん。悪かったなあ」
反省したら、それで合格になるのか。
この男、「自由恋愛論」の持ち主です。男と女、それぞれ別々の家に住んでいて、
経済的に自立していて、自分の自由は確保したままの恋愛が最高だという考え方です。
伊藤野枝、「女がそんなことを言ったら、したら、世間は、女だけを悪く言いますよ。
決して、平等には見てくれない。マヤカシよ」
大杉は、妻と、2人の愛人と、同じ場に顔を合わせて話し合いをしようとします。
憤然として、神近市子、「あんた、ここには1人で来ていると言っていたじゃない。なんで、こんなにいるの? ………私があんたを支えるために、どれだけおカネを出したか、分かっているの?」
「カネが問題だというのなら、なんとかして、返す」
伊藤野枝は、「おカネの問題なら、2人だけで話し合って下さい。それが済むまで、私は席をはずします」
妻も、「理屈を振り回しているけど、要するに、ただのスケベェというだけのことよ」という捨て台詞を残して席をはずします。
葉山の海岸で、「強い相手と闘おうとする時は、1人より、2人で立ち向かった方が、心強いだろう」と、大杉は、野枝に迫ります。
2人で温泉にでも入ったのでしょうか。湯上がり風情で、「日陰茶屋」に戻って来たら、神近市子が、玄関で、それを迎えます。
次回は、刃物を振り回す展開になりそうです。……………
次回以後のことは、また、いずれ。