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ツンデレな彼女は転校生の俺にだけ冷たい

 喧騒とする教室で、一人スマホに視線を落としている少女を見つめていた。


 転勤族である父の仕事の都合で、二年の夏からこの学校に通い始めたのが昨日の話。転校初日の昨日はたくさん集っていた群衆も、今俺の目の前で快活そうに俺に話しかけるカズトシ君を除いていなくなった。

 僅か一日での興味関心の廃れりに心苦しい気持ちもあるが、自分という人間が取り立てて面白くない人間であること。そして高校生にもなるとたかが転校生の一人は二人でてんやわんやすることもしなくなるのはかつて知り、教訓としていたことだった。


 だから、個人的にはそんな現状に違和感もなく生活することが出来ていた。


 しかし、少し不可解なことがあった。

 それは、昨日から一生懸命クラスメイトの顔と名前を一致させようと俺が努力している証拠であるのかもしれないが……一人、昨日から一切会話をした試しがない少女がクラスにいたのだ。


 それが今、俺が視線を寄越す窓際の席にいる少女。


「カズトシ君。カズトシ君」


「なんだい、リョウスケ君」


 早速仲良くなったカズトシ君に、俺は話を遮りつつ声をかけた。いきなり話を遮った俺に嫌な顔を見せない彼に良い人だなあと思いつつ、俺はその窓際の少女にバレないように彼女を指さした。


「あの子、名前は?」


「……ん? ああ、何、ああいうのがタイプなの?」


「タイプっていうか」


 興味があるだけ、とは言えなかった。

 このくらいの年頃の子は、他人の色恋沙汰を滅法好む。だからか、カズトシ君はとても楽しそうにしていた。だから、そんな彼に水を差すのが悪いと思ったのだ。


「まあまあ、恥ずかしがるなよ。あいつのこと、興味ある奴は多いから」


 美人だもんな、とカズトシ君は付け加えた。どうやら彼にしても、彼女のことは気になっているらしかった。


 ……まあ、確かに。


 窓際、窓を開けて揺れるカーテンをバックに、彼女は物憂げな顔で外を見ていた。耳の裏やや下で結んだツインテールは子供っぽいように見えて、彼女の整い大人びた顔とのギャップを生み、ドキリとする気持ちが微かに芽生えた。


「橘マキ」


 唐突に、カズトシ君が言った。

 恐らくそれが、彼女の名前なんだろう。


 橘マキさん、か……。


 ぼんやりと彼女を見ていると、休み時間が終えるチャイムが響いた。カズトシ君が名残惜しそうに自席へ戻っていった。


 それから俺は、授業進度が違う授業を受けて、ようやくにして長い転校二日目が終了したのだった。


 なんとなく帰る気はなかったのだが、ぼんやりと教室に佇んでいたら、俺は担任である須藤先生に呼ばれた。なんでも、これから学校案内をしてくれるとのことだった。


「忙しいでしょうに、大丈夫ですよ。勝手に回ります」


「いいんだよ。残業代付けたいんだから付き合ってくれよ」


「ウチの親、最近はサービス残業することも多いってぼやいてましたよ。公務員って簡単に残業付けられるんですか?」


「いいから行くぞ」


 眼鏡をかけた天然パーマ。勝手に友好的でない人だと思っていたが、どうやら俺の当ては外れていたようだった。

 親切心の塊の須藤先生に続いて、色々な教室へ案内された。


 そして、丁度夕日が沈み廊下が真っ赤に染まった頃、俺は須藤先生に連れられて図書館へと足を運んだ。二階の南棟の一番奥。そこにある図書館は、利用する生徒も少なく物静かなものだった。


「最近の学生はあんまり本、読まないんだよなあ。リョウスケ、お前は本とか読むの?」


「そうですね、ミステリーとか好きです」


「それは良かった。是非、続けていってくれよな」


 教師らしい須藤先生の一面を見て微笑んでいると、校内放送で須藤先生を呼ぶアナウンスが響いた。


「やっべ、サボりがバレたか」


「俺のせいですみません」


「いいんだよ。折角俺のクラスの生徒になれたんだ。たくさん頼ってくれよ。じゃあ俺、呼ばれたから行くけど……大丈夫か?」


「はい」


 須藤先生を見送って、俺はどうせだからと図書館で本でも借りて行こうと思い至った。手探りで緩めの歩調で俺の背丈よりもずっと高い本棚の間を縫って歩いた。


「あ」


 そして俺は、出会った。


 橘マキに、出会った。

 どうやら彼女は図書委員らしい。カゴに積まれた本を、本棚に戻しているところだった。


 声を出したばっかりに、目が合った。どうしてかとても冷たい目に見えるのは、大人びて整った彼女の顔のせいなのか、はたまた彼女の性格的なものなんだろうか。まだ彼女と話したこともない俺には答えを導くことは出来そうもなかった。


「なんで他校の生徒が学校にいるのよ」


 橘さんと俺との第一声は、そんな冷ややかな彼女の言葉だった。


 思わず、俺は噴き出していた。どうやら俺は、まだ彼女に認知すらされていなかったらしい。


「他校の生徒じゃないよ。親の転勤の都合で転校してきたんだ。学ランなのはブレザーが間に合わなかったから」


 学ランで歩く俺へ向けられた物珍しい視線を、おかげで廊下を歩く度に味わっているところだった。


「そう。ごめん」

 

 言葉短くそう言った橘さんは、すっかり俺への興味も失せて本を戻す作業へと戻っていった。

 橘さんがカゴに積んでいる本は、そこまで多くはなかった。多分、かれこれ後十分もあれば終わる作業だろう。


「手伝うよ」


 だから俺が手伝う必要なんて、きっと微塵もない作業。

 だけど俺は、それを買って出た。理由は深くは自分でもわからなかったが、単純に興味がある少女ともう少し世間話に興じたいとか、そんな程度だったのだろう。


「いいよ。すぐ終わるし」


「でも、見過ごすのも気分が悪い」


「あっそ。勝手にすれば」


 これ以上の問答は時間の無駄と割り切ったのか、橘さんは俺に三冊本を授けた。本の背表紙にシールが貼られていた。本棚に貼られた区画とかと見比べれば、何とかこの本を詰めるべき正しい場所は導き出せそうだった。


「ありがとう」


「別に」


 微笑み、俺は図書館をのんびりと巡った。よく見れば本の背表紙の番号は近かった。元より近くなるように積んでいただけなのか、はたまたわざわざ近い場所を選んでくれたのか。考えると少しだけ面白かった。


 本を戻し終えて、カウンターへと向かうと既に橘さんは残りの本を全て片し終えたようだった。


「終わったよ」


「そ」


 言葉短く言った彼女は、カウンターに忍ばせていた鞄を掴んでいた。


「鍵閉めるから、出て」


「うん」


 言われるまま、図書館を出た。

 背後からガチャリと施錠の音がした。見れば橘さんが扉を閉めているところだった。


「あんた、名前は?」


 鍵を閉めた橘さんに言われた。


「平田リョウスケ」


「ふうん」


 また俺への興味を失くした橘さんは、立ち止まっていた俺の前へとにじり出た。


「ありがと」


 そして、校庭で部活動に勤しむ学生に負けそうなくらいの小さな声でお礼を言われた。


「勝手にしたことだよ。恩を感じる必要はない」


「あっそ」


 それが俺と橘さんの最初の出会いだった。


   *   *   *


 この学校に転校してきてまもなく二週間が経とうとしている。俺はすっかりとこのクラスに馴染み、今ではカズトシ君を含む数人の男子とつるみ遊び時が増えていた。

 カズトシ君は優しい良い男だった。コミュニケーション能力に長けて、それでいて空気も読めて、どうやらこのクラスの人気者だったらしかった。そんな彼に最初に絡んでもらえたからこその現状であることは明白だった。なんとかこの学校では馴染めそうと思うと、嬉しかった。


 二週間もすると、結構このクラスのバランスというか、そういうものが見えてきていた。

 新参者ではあるが、幾度と味わった転校に俺はいつしかそういうものを見抜くことに長けるようなっていたのだ。


 どうやらこのクラスは、男子はカズトシ君を中心に。女子は及川さんを中心にコミュニテイーが形成されているようだった。

 そして、どうやら周囲に一目置かれている割には、橘さんは誰かと談笑している姿とか、楽しそうにしている姿を見かけない人だった。いつも外を物憂げな顔で見ているか、スマホをいじっているか、そういう人だった。

 

 数日彼女を観察して腑に落ちた表現は、一匹狼だった。彼女はとにかく、周囲との交友を滅多にしない人だった。

 俺よりも長い時間、橘さんと共同生活を送っているからか、クラスメイトが彼女に声をかける機会は滅多になかった。それこそ、一日に一回あるかどうか。珍しく会話をされる度、橘さんは言葉短くさっさと用件を済ませて会話を終わらせていた。


 なんだか勿体ないことをしているなあと思った。

 交友関係の重要性は、度々転校に直面する俺からすればどんなことよりも重視されることなのに、それをあっさりと捨てる彼女にはついついそう思ってしまうのだった。


 ただまあ、それを彼女にとやかく言う気は俺にはなかった。


「ねえ、橘さん」


 しかし、興味はあった。

 どうして彼女は、そこまで他人との関わりを拒むのか。


 だから俺は、素直にそれを聞くことにしたのだった。


「橘さんは、どうして他人と関わらないの?」


 橘さんと俺の家の方向は一緒だった。だから帰る時間が重なると、時たま同じ車両で俺達は帰路に着いていたのだ。

 俺はそこで、気になっていた質問を彼女にぶつけた。


 橘さんは返答をしなかった。スマホに目を落として、よく見れば赤色のイヤホンを耳にしていた。


 こちらに気付いていないことを悟り、わざと彼女の顔の前で手を振った。


「何?」


 面白くなさそうに、橘さんが言った。


「質問、いい?」


「何?」


「橘さんは、どうして他人と関わらないの?」


「興味がないから」


「なるほど」


 納得すると、俺は彼女にお礼を言ってその場を去った。

 興味がないか。たった数週間の付き合いだが、実に彼女らしい回答だと思えて、腑に落ちた。


 もっと他人に興味を持った方が良い。

 そんなことを言うつもりは更々なかった。何故なら他人に自分の価値観を押し付けることは、ただのエゴだからだ。そういう人が、以前転校する前の学校の教師にいた。

 持論として。間違ったことを正すのはいいが、価値観を押し付けることは良くない。多種多様な個性を持っているのが、人間なのである。


 とは言え、それで納得してちゃんちゃんとなる俺ではなかった。

 何故なら、俺は一層橘さんへの興味が湧いていたからだった。


 他人と関わらないのは、興味がないから。

 中々に達観したことを言うものだ。俄然、興味が湧いていた。


 そんなある日、事件が起きた。


 その日は大雨が降り続き、電車も一時止まるようなそんな学校に向かうだけで一苦労するような、そんな日だった。

 人。人。人。


 駅前。

 ホーム。

 そして電車の中も。


 たくさんの人で溢れていた。

 そんな中、おしくらまんじゅうされながら俺は学校最寄り駅までの電車に揺られていた。


 そんな時、俺が乗った次の駅に乗ってきた人の顔に、見覚えがあったのだ。


 それは橘さんだった。


 女性専用車両に乗ればいいのに。それすら困難なほど混みあっているということなのだろうか。だとしたら雨と人の多さで滅入っていた気持ちが一層滅入りそうだ。


 つり革を掴み、必死に耐えていた。


 一つ。

 また一つと駅に滑り込んでは過ぎて行って。


 学校最寄りの駅まであと二つに迫った時だった。


 ふと、橘さんの方に視線を寄越して、俺は気付いた。


 橘さんは、俯いていた。

 それは別に、たった数週間の付き合いである俺から見ても珍しくない彼女の姿だった。落ち着いた彼女は物憂げな顔が良く似合うから、脳裏に既にこびり付いていたのだ。


 しかし、今の彼女は違って見えた。


 何かに耐えているように見えたのだ。

 苦痛から、耐えているように見えたのだ。


 視線を落とし、彼女の短いスカートの下に伸ばされた手を見つけて……。


「おはよう、橘さん」


 気付けば珍しく、俺は自主的に行動に出ていた。人混みを掻き分けて、橘さんに近寄って声をかけた。


 俺に気付いた橘さんは、目尻に涙を蓄えていた。大人びた彼女には珍しい顔に、心臓が大きく高鳴った。


「……おはよう」


 ふと、視線を落として。手が無くなっていたことに気が付いた。

 安堵して、こういう時何を話したら良いのかと空回っている思考に気が付いた。


「……あーと」


 深い深い思案に入った時、電車が学校最寄りの一つ前の駅に滑り込んだ。

 なんとなくあの車両に乗り続けるのも嫌だろうと思うと、勝手に体は動いていた。橘さんの手を引いて、俺達は電車を降りていた。


 電車を降りて、扉が閉まり発車した電車を見送って。


「あ、ごめん」


 我ながら勝手なことをしたなと思った。俺は謝罪していた。


「あの、その……あの電車に乗っているのは嫌かなって」


 橘さんは、目を丸めていた。多分、驚いていたのだろう。

 いつも大人びた彼女の、辛そうな顔。驚いた顔。……年相応なそんな顔に、俺の思考は更に空回った。


「次の電車、乗ろうか」


「次の電車も多分、混んでるよ」


 確かに。

 勝手な真似したなー。


「ごめん。別に文句を言っているわけじゃないの」


 居た堪れない俺に気付いたのか、珍しく言葉多く橘さんは続けた。


「あの……あたしも混乱してたから」


「そう?」


「……ありがと」


 お礼を言われるようなことはしていない。だけど不思議と嬉しかったから、俺は曖昧に微笑んだ。

 しかし、この居た堪れない空気は解消されていなかった。

 だから、何とか解消したいと思って、至った。


「こっから学校は歩いてどれくらい?」


 俺は聞いた。


「え?」


「歩いて行こうよ。電車も混んでて嫌だしさ」


 俺は微笑み、続けた。


「どうせだから歩きながら、色々教えてよ。橘さんのこと」


 この居た堪れない空気を解消したい。

 なら、彼女ともっと仲良くなればいいのだ。


 そうすれば、こんな空気へっちゃらになるだろう。色々な意味で。


「……勝手にすれば」


「うん。じゃあ行こう」


「……あんたって、この前の時といい結構変人だよね」


「へ?」


 この前とは、いつのことだろう。


「そういうとこだよ、変人」


 そう言って彼女は、少しだけ微笑んで俺の隣を歩きだした。


 ……彼女は。

 ツンデレな彼女は、転校生である俺にだけ冷たい。


 それは、他の人が知らない彼女の素顔を、俺が知っているから。


 普通の人よりも主張がはっきりしていて。

 普通の人くらいに、実は年相応で。

 

 そんな彼女の素顔を、他の人はそれを知らないから、彼女のことを畏怖し避ける。


 


 だから彼女が冷たく当たれる。

 冷たく当たってくれるくらい、心を許してくれているのは。




 彼女の素顔を知っている、俺だけなんだ。

冷たく当たるということは、それだけその人に素が見せられるということなのである。

微笑むことよりも冷たく当たる方が大変なもんや。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうのが読みたかった! [気になる点] オフィスラブ・・・ではないような・・・
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