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この穴からお前を見ている

作者: あるまじろう

 夜、空は暗くなり星々が散る。見上げるとそこには煌々と照らされる満月がある。 町あかりが少ない場所に行けば、空から照らされる月明かりが一層強くなり、その姿に自然と視線が奪われる。

 だからなのであるからだろうか、私は1つの事実に気がついてしまったのである。完全な満月の日、満月は月ではなく白い穴なのだということに気づいてから私は完全な満月が怖くなってしまった。誰かに教えられたというわけではない、何かで見たということではない。ただ私は分かってしまったのである。完全な満月とは白月の満月のことである。

 白い穴が空に空いている。なぜ皆気付かないのか、どうして誰も教えてくれなかったのか、私は紛糾したい気持ちに駆られた。皆が知っていたら誰かが教えてくれたら怖くはなかった。当たり前のことなら怖くないのである。ただその当たり前のような事実が1つ追加されるととたんにその事実が恐怖に変わる。

 もしもニュースや新聞、SNSなどで「今日から太陽は緑に変わります。」と突然告げられたら人々は恐れ戦くものの何日か、何年か経てばその緑の太陽に慣れてはくるだろう。しかしである。「今日から太陽が緑に変わる」ということを誰も教えてくれなかったらどうなるだろうか?気づいた人々から順に不安で夜も眠れない日が来ると思うだろうし、地球滅亡やなんらかの疫病の予兆を考える人も出てくるだろう。そうして動揺した人々によるなんらかの事件が起きたりすることだろう。どうして誰も気づかないのだろうか?今日は完全な満月でそれは月ではないということに。

 白い穴を私は見上げる。行き交う人たちは立って眺める私を見てつられるように空を見上げるが、なにも変化に気づくことなく過ぎ去っていった。

「そちらにいるおばさん。いやお姉さん。いや、お嬢さん」

 声が聞こえた。声の方角に視線を向けると、視線は空から下がり地面に向く。しかし、声の主は分からない。「こちらですよ。こちら。」もう一度声が聞こえるので視線を声のする方に向ける。私の瞳が捉えたのは四足の狸であった。

「こんばんは、そこの人。私の声が聞こえるんですね。それはいけません。ですが、聞こえてしまったからには仕方ありません。」

 私は狸が話していることに驚かない自分に驚いた。人が話す如く狸の声は自然と耳に入るのであった。声の調子から狸は少しくたびれた中年男性のようであった。初めて聞く声であったが特段違和感を覚えない、特徴のない人間らしい声だった。

「穴を見つめるのはあまり良くありません。もちろん、こうして私と話すこともよくありません。」

 狸は私の方を向いてその口を開けたり閉じたりして話しかけた。茶色い毛並みが月明かりに照らされて薄らと輝いている。

「あれはなんですか?」

 私は抱いていた疑問を口にする。

「あれはあなたが思うように、穴です。穴の向こうにはざらついた白い壁の部屋があり、そこで私たちを見ているのです。」

 私は自分の頭上に浮かぶあの白い穴のことを思い出す。そうか、あの穴の向こうには部屋があるのか、では誰がいるのだろう。

「見ているとはどういうことですか?」

「それを知る必要はありません。それは重要なことですが、知ることはあなたにとって悪い影響を及ぼします。私が伝えたいことがありますのでよく聞いてください。」

 私はたぬきの言葉をよく聞こうとしゃがみ込んだ。

「あなたがこのまま穴を見続けると、あなたは私のような四足になります。二本足が見るべきものではありません。よく心してください。」

そうして、狸は私に背を向けると塀の隙間をくぐり抜けさって行った。私は立ち上がり、チラリと頭上に浮かぶ穴を見て、視線を元に戻した。「四足になる」その言葉は結局私が余計に完全な満月を怖くなるだけであった。見てはいけないと意識すればするほど、反発して見たいという気持ちが強くなる。 反発する気持ちを抑えるように恐怖心が湧き上がる。私はなるべく視線を下げ、背を丸め家路へ歩いた。


 道を歩いていると一人の女性が暗闇に向かって何か話しているのが聞こえた。「あれはなんですか?」女性は暗闇に向かって問う。「あれはあなたが思うように穴です。」女性は先程の声とはまるで別人かのような男性のような声で自身の問いに答えた。あまり見てはいけない、そう思い男はその場を足早に去った。穴とはなんだろうか。

 背を丸めて一人で話すその姿はまるで四つ足のようであった。


 人々が通り過ぎていく頭上には煌々と照らされた月、いや白い穴が1つあった。その白い穴からは時折ナニかが覗き込む。しかしそれを知る二本足は誰もいない。

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