プロローグ
船は漆黒の海面を裂いて、滑るように疾走する。
周囲はまだ闇に包まれているが、舳が生む白波だけは自身が発光しているかの如く、薄く白く輝いていた。
11月の海風が頬を叩く。
海水温は依然として夏の気配を残していたが、地上を走る風は峻厳な冬の到来を感じさせるに十分な温度だった。
左側には、果てしなく工場地帯が続いてる。
そこに立つ錆びた鉄塔は、白いライトを浴びながらこちらを静かに見下ろしていた。
船のエンジン音が低くなる。
前方に目を凝らすと、防波堤が見えてきた。
まだ周囲は薄暗いため詳しい様子までは伺えないが、とにかく長い。
川崎新堤。東扇島沖合に造られた、全長約3kmの長大な防波堤だ。
船は防波堤に沿って進んでいく。
黒い海に浮かぶ長い防波堤は、まるで城壁だ。
白い灯台が見えてきた。
さらに船はエンジン音を低くさせ、舳先を防波堤に押し付けた。
素早く荷物を取りまとめ、防波堤に飛び移る。
その防波堤に渡ったのは、私一人だった。
船が去り、防波堤に私だけが残された。
周囲には誰もいない。
少し周りに人がいない、という様な話ではない。
周囲約3kmに渡って、誰もいないのだ。
白い堤防のもとに荷物を置き、あたりを見渡した。
防波堤に渡ってから気づいたが、風が強い。
海面には若干の白波が立ち始めていた。
サオを出し、仕掛けを用意する。
それからアジを一匹釣り上げる頃には、すっかり日が昇っていた。
あまりに大きな海に一人。
太陽が私一人だけを照らす。
明るい陽射しが、私の心の中までも溶かすようだった。
この夏、人生は確かに変わった。
もしかすると、これを契機により悲惨なことになるかもしれなかった。
しかし、それでも。
2017年11月、私はこの瞬間、確かに生きていた。




