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神本くんの忍者稼業  作者: 忍者の佐藤
お嬢様編
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9


 土曜日という事もあって、百貨店二階の婦人服売り場は多くの人で賑わっていた。私はこの中では大分若年だけれど、売っている服を買うお金は十分に与えられている。買いたい服が買えることは幸せなことだし、それは親に感謝するべきなんだろう。だけどそうやって欲しい服を買っても買っても最近ではすぐに飽きてしまうのだ。ぜいたくな悩みだということは分かっている。けれど親の決められた道を親の決めた相手、しかも好きでもない相手と歩まねばならないこの人生は私にとっては非常に窮屈なものだった。その窮屈さを紛らわせるためにまた物を買う。それに飽きて空しくなってまた買い物を……という完全な無限ループに陥っている。


 私が本当に欲しい物って何だろうと考えることがある。だけど私が人生の道を変えられるわけがないのだから、考えるだけ無駄だとその気持ちをずっと押し込んできた。そんな時、私は神本くんに出会った。私たちの平凡で退屈なお見合いをぐちゃぐちゃにぶち壊してくれた彼。高校生にもなって忍者になり切り、私の依頼を受ける彼。一目見た時彼こそが私の求めている「何か」なのだと本能的に分かっていたから、あの時追いかけたのだろうか……なんてね。




「そういえば幸枝、貴女神本くんに何を頼んだのかしら?」


 幸枝は私の隣に立ち、手のひらを組んでじっとしている。


「ハク(ヨウム)の餌とトイレに飾る観葉植物、そして単一電池を頼みました。お嬢様は何を頼まれたのですか?」


「久保さんに渡すプレゼントよ。一万円程度のものを適当に選んで、と書いておいたわ」


「ご自分ではお選びにならないんですね」


「だって面倒くさいんですもの」


 それを聞いた幸枝は少し微笑んだように見えた。




「私の事よりも貴女、お付き合いしている彼とは上手くいっているの?」


「ええ。まあ……」


 幸枝はバツが悪そうに顔を逸らす。


 お付き合いというのは、私の父が幸枝に勧めた縁談の事だ。相手は社長の息子で、顔も中々格好良く優しそうな雰囲気の男性である。一使用人のお見合い相手としては十分すぎるスペックでなのに、幸枝は中々結婚する気配が無いのだ。既に最初の縁談から三年が経っているというのに。やはり相手と上手くいっていないのだろうか。幸枝には幸せになってもらいたのだけれど。




「それはそうとあの子、鉄ちゃんはきちんとお使いをしてきてくれますかね」


 話題を変えたかったのか、幸枝はそう切り出した。


「鉄ちゃんって神本くんのこと? ……大丈夫でしょう。ちゃんと買うものを紙に書いて渡したのだから、小学生でも出来るわよ」


 自分で言っておきながら多少不安に苛まれた。そういえば彼は二十代前半の女性と間違えて、ヤクザの組長にパンツを被せた前科を持っている。


「もし鉄ちゃんがお使いを間違えたらどうします? お尻ぺんぺんしますか?」


 少し幸枝の鼻息が荒くなってきた。


「またそれ? 本当に貴女は変わった性癖を持っているわね」


「左側はお嬢様が叩いても良いですよ」


「叩かないわよ」




 こんな下品な会話をお父さんお母さんに聞かれたら死ぬほど怒られるだろうな、とふとエレベーターの方を見た時だった。木が登ってきているのが見えてギョッとした。私が何を言っているのか分からないかもしれないが、本当に木が斜めになってエスカレーターを登り切ろうとしているところだった。あれは何のための木だろう。街路樹くらいの大きさがある。考えられるのはクリスマスに飾る木だけど今は4月。クリスマスには気が早すぎる。木だけに。


 嫌な予感がしてきた。木のすぐ後ろから見えてきた人影を見つける。残念ながら、しかし予想通り登ってきていたのは神本くんだった。更に悪いことに彼は目ざとく私を見つけやがった。


「清花」


 フロア全体に聞こえそうな声で私の名前を呼ぶ。神様お願いします。今すぐ彼が風邪で喉をやられて一言もしゃべれなくなって、尚且つ転んで気絶して3日間くらい起きませんように。


 しかし私の願いも空しく神本くんは在りのままの「木」を持ったままこちらに向かってくる。そこで更に彼の異変に気付く。右手には上述の通り木を抱えている。(屈強な男でも片手で持てる太さでは無さそうだけど)左脇には四角い箱型の何かを抱え、首からは買い物袋を下げ、中にはニンジンとカボチャ丸ごとが山のように入っている。まだ終わらない。彼の背中にはリュックが背負われていて不自然に膨らんでいるのだ。何あれ、一人民族大移動?


「待たせたな」


 待ってない、待ってない! 神本くんは木の枝葉をワッシャワッシャ擦りながら堂々と歩いてきた。一気に私たちはフロア中の注目の的になる。


「……何それ」


 私は半ば放心状態で聞いてみた。


「杉の木だ。ヒノキ科の植物で世界中に分布しており」


「そんなアカデミックなこと聞いてないわ! なんで観葉植物を頼んだのにガチの木を買ってくるのかって聞いてるの!」


「注意書きに『出来るだけ大きめの物をお願いします』と書かれていたからな」


「観葉植物の範囲でしょ! これトイレに植えてどうするつもりなの! 森なの!?」


「いや杉の木一本で森にはならないぞ」


「うるさい! あとその首からさげている大量のニンジンとカボチャは何なのよ! 牧場でも始めるつもりなの?!」


「ヨウムの餌だぞ」


「……は?」


「紙に『ヨウムの餌』と書かれていたが、俺はヨウムが何を食べるのか知らなかった。それで調べたら連中はニンジンやカボチャを食べると」


「違うの! ペットフードを買ってきて欲しかったの! あとこの量は何! 始祖鳥でも飼育する気!?」


「いや始祖鳥は絶滅してて」


「物の例えよ馬鹿! 何で全てにおいてマジレスしてくるの!」


「まあまあお嬢様。これはこれでヨウムの健康にはいいかもしれませんよ」


「貴女は黙っていて!」


 私は突っ込みすぎで大分息切れしていたが、まだまだ神本くんは叩かなくても埃が出まくっている。


「それからそれは何!」


 私は神本くんが左手に持っている四角い箱状のものを指さした。


「これは電池だ」


「電池……?」


 私の知っている電池と違う。少なくとも絶対に幸枝の頼んだ単一電池ではない。


「あれは自動車のバッテリーのようですね」


 何故か幸枝は涼しそうな顔をしている。ばってりぃ……? 彼の頭の中でどんな思考の衝突があったら単一電池と間違えて車のバッテリーを買ってくるのだろうか。


「お使いの紙に『一番大きい電池です』と注意書きが」


「それ杉の木のくだりで聞いたわ! 何で全部最大値を求めようとするのよ、エクセルの関数かっ! あとそのリュックに背負ってるのは何?!」


 神本くんは持っていたものを一旦地面に置いてリュックを下した。中に入っていたのは大量のハンカチだ。最早新手のホラーである。


「えっ、なにこれ」


「紙に『適当な一万円くらいのハンカチ』と書かれていたから百円均一のハンカチを一万円分」


「今すぐ全部戻してきなさい!!!」

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