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神本くんの忍者稼業  作者: 忍者の佐藤
引きこもり少女編
36/39

10

 山から帰った次の日、私は未だかつてないほどの筋肉痛に襲われていた。最早立ち上がるのも寝返りを打つのさえ苦痛で、四六時中呻き声を上げ続けるその姿はアンデッドそのものだったに違いない。そんな悶絶地獄体験中に神本くんがやって来た。

「次は別の山に登るぞ」

「鬼畜か」

「違う、忍者だ」

「はいはい忍者忍者」

「何も今すぐ登ろうというわけではない。お前の筋肉痛が引いてからにしようと思っている」

「うーん、どうしようかなぁ。山に登ったらまた筋肉痛になりそうだしなぁ」

 しかしこんな筋肉痛になるくらいならもう山なんて登らなくてもいいかと思う反面、もっと登ってみたい、またあの達成感を味わいたいと思う欲求が生まれていたことも事実だった。

「登るって、どこに登るの?」

 結果、また次も登りたいと思っているかのような口ぶりになってしまっていた。

「吾妻山にしようと思っている。標高も低いし、山の中にある公園は桜が植えてある。もう咲いているかもしれない」

「ふーん」

 私は素っ気なく返したけど内心はワクワクしていた。やばい、桜超見たい。引きこもりなのに登山にハマってしまうかもしれない。


 それから三日経ち、筋肉痛も徐々に引いてきたところで私はトレーニングを再開した。登山をする前より大幅に歩く距離を伸ばし、スクワットの回数も増やした。山に登ることも楽しいけど、こういうトレーニングの中で出来なかったことがどんどん出来るようになることもすごく楽しい。その日のトレーニングが終わり、神本くんと別れて家に帰った時だった。

「茜」

 お母さんに呼び止められた。少し怒ったような表情で眉間にしわを寄せている。

「どうしたの?」

「茜、あなた外に出歩けるようになったんだから、そろそろ学校に戻ったらどう?」

 私は閉口した。

「そのうち行くよ」

「そのうちっていつなの?」

「そのうちはそのうちだって」

「来月から二年生になるでしょ? 新学期から通えばまた友達も出来るわよ」

「んー」

「何なの、その気の抜けた返事は。新学期から学校に復帰するの? しないの?」

「もううるさいなあ! そのうち行くってば!」

 私は逃げるように自分の部屋に引き上げた。あー、お母さん本当にうるさい。せっかくまともに外に出られるようになったんだから、文句じゃなくて少しは褒めてくれても良いじゃんか。それに私だって学校のことは頭にある。私は私でちゃんと考えているのに叱られるのは本当に心外だ。でも今はまだ、学校に行って席に座っている自分を想像するだけで憂鬱で重たい気持ちになってしまう。一度そうなると何も手につかなくなってしまうんだ。でも確かにお母さんが言うみたいに4月から復帰出来れば人間関係を構築しやすいだろうし、授業にだって慣れやすい。今は少しは無理をしてでも、心を殺してでも学校に復帰した方が後々良いのかもしれない。

「学校、か……」

 私は押入れの前に立って呟いた。この中に学校用のカバンを入れたのは引きこもってしばらくした時のことだ。視界に入ると嫌な思い出がフラッシュバックしてしまうので、学校で使うものはカバンを含め大きかろうが小さかろうが無差別に放り込んでしまった。……久しぶりに出してみよう。目が慣れれば少しは学校へ行くのが楽になるかもしれない。私はおもむろに扉を開いた。体育座りをした忍者がいた。

「ぎにゃああああああああああああああ!!!」

「おい夜だぞ。静かにしろ」

「黙れぇ!」

 神本くんはまるで夜に大声を出すなんて常識が無いみたいな言い方をしているが、無断で人の家に侵入しつつ潜伏している方が断トツで非常識だ。

「っていうか何でそんなところにいるの!! ダニなの!!」

「いやダニではないぞ」

 冷静に否定するな。まるで私がボケてるみたいじゃないか!

「実はお前の部屋に忘れ物をしてな」

「普通に入って来なさいよ! 何で毎日毎日一人でミッション◯ンポッシブルしてるのよ!」

「何を言ってるんだ」

「だー、もう! よく分からないのはあんたの奇行でしょ!」

「最初は普通に入ろうとした。だが喧嘩する声が聞こえたから俺なりに気を使ったんだ」

 気を使った結果天井から侵入するという斜め上の行動に出たのか。まあ神本くんらしいといえば神本くんらしいけど。

「お母さんと喧嘩したのか」

 神本くんは押入れから出て来てベッドの上に腰掛けた。時間帯も時間帯なのでちょっとドキッとする。

「四月から学校に復帰しろって言われたの」

「するのか」

「……しようと思ってる」

 私は右手で左の肘をギュッと掴んだ。

「出来るのか」

「苦しいけど、やるしかないじゃん。私もまだ学校に通える状態じゃないと思うけど、このチャンスを逃したら一生を棒に振っちゃうかもしれない」

 神本くんは頷きもせず黙って私の話を聞いている。

「それに、もうこれ以上親にも迷惑は掛けられない。半年も引きこもって散々心配させたし、辛い思いもさせたと思う」

「俺はまだ早いと思うとぞ」

 神本くんは立ち上がる。

「私だって本当はまだ学校に行ける状態じゃないって分かってる。だけどしょうがないじゃん。多分世の中には割り切らないといけないことがたくさんあるんだよ」

「一つだけ言わせてくれ」

 おや、一発ギャグか? それは冗談だけど神本くんなら本当にこのタイミングでかまして来そうだ。

「お前の人生はお前のものだ。他の誰かに従って心を殺す必要はない。いや、心を殺しては駄目だ。例えそれが親の意見だとしてもな」

「頭打ったの?」

 神本くんが急にまともな事を言い出したので真面目に心配してしまった。しかし神本くんは構わず続ける。

「実は俺も、お前のお母さんから学校に復帰するよう説得してくれと頼まれている」

 そうだったんだ。でも今まで神本くんから外に出ようと(強制的に)促されたことはあっても学校に行こうと説得された事はない。神本くんがその気になれば私を縛ってでも学校に持って行く事は可能なはずだ。というか実体験済みである。

「俺は茜がまだ学校で友達と会う準備ができていないように見える。今お前はお前の心を大切にすることを一番考えないといけない。それこそお前にしか出来ないことだ」

「だからそれは自分でも分かってるよ。だけどこのまま呑気に山に登り続けたって……」

「山には人を癒す力がある。だからお前を連れて行った。そしてお前は歩けるようになった」

 うん、確かに。そうか。だからこの人は私を山に連れ回して精神と体調が回復するのを待っていたんだ。一見何も考えず強引に私を引っ張り出したようにも見えたけど、実は私のことを親身に考えてくれていたんだ。それが分かってとても嬉しい気持ちになった。

「そっか、ありがとう、神本くん」

「だからせめてお前が一人でイノシシを殺せるようになるまで」

「ならないわよ!」

「どうした、別にヒグマを殺せるようになれとは言っていないぞ」

「あんた私をキリングマシーンにするつもりなの!?」

 やっぱりどこかズレている神本くんだった。


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