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神本くんの忍者稼業  作者: 忍者の佐藤
引きこもり少女編
34/39

8

「うぁあああ、もう無理。歩けないよぉ」

 人気のない深夜の住宅街で私は立ち止った。歩いていただけだというのに、私の心臓は馬鹿みたいに早く脈打っている。このまま走りでもしたら心肺停止を起こしそうだ。

「3分だけ休む。3分経ったら再開するぞ」

 隣を歩いていた神本くんは極めて機械的な声で言った。

「えええええええ。3分なんて休んだうちに入らないよぉ」

 ちょっと甘えた声を出してみたが神本くんの表情は一切動かない。ちっ、この鉄仮面め。

「今のうちに少し水分を補給しておけ」

 と思っていると今度は飲料水を差し出してくれた。優しいんだかスパルタなんだかよくわからない。

 事の発端は半年ぶりに外に出て山頂から景色を眺めたところまで遡る。あの事件以来私の頭の中は寝ても覚めてもゲームをしていても、大楠山の展望台から見た朝日に染まる美しい景色が幅を利かせ続けていた。なんせ半年間家の中のほの暗い光景と、PCの人工的で有害な明るい画面しか見ていなかったのだ。それにはショック療法的な衝撃があった。それに輪をかけて神本くんが毎日やってきては

「一緒に登ろう」

 と私を誘惑してくるのだ。もはや慣れたもので、私は鍵を掛けるのを放棄してしまった(どうせ侵入される)し、親は神本くんが来るとニコニコしながらジュースとお菓子を運んでくる。そうして彼は出されたお菓子を食べこぼしながら、登りやすい山や景色の奇麗なハイキングコースの話を無表情でするのだった。最初は登り切れる自信が無くて、恐怖心から彼の誘いを断っていたのだけれど、でも徐々に私の心は動かされていった。そして大楠山に登ってから一週間経った日、ついに私の方が折れた。

「分かったよ! 行くから!」

 私の言葉を聞いた神本くんはお菓子を咀嚼していた口を急に止めた。時間が止まったのかと疑うレベルで止まった。かと思うと口の中にあったものを一気に飲み込んで私の目を見つめ、言った。

「その言葉を待っていた。山に登るためにはトレーニングが必要だ。トレッキングシューズも必要だし他にも必要なものがたくさんある。とりあえず今日からトレーニングを開始するぞ」


 そして現在に至るというわけだ。最初は家の外を100歩歩くだけでも凄まじい息切れと筋肉痛に襲われていた。本当は一日目でギブアップしたかったんだけど、そうは問屋が卸、いや忍者が許してくれなかった。

どうやっているのか分からないけど、毎晩毎晩我が家の屋根に登っては部屋の窓をトントン、トントンと叩くのだ。もう恐怖以外の何物でもない。もしかして彼は忍者ではなくて忍者の形をしたゾンビなんじゃないだろうか。……忍者ゾンビって何かB級ホラー映画みたいだな。まあそんなこんなで毎日無理やり外に引っ張り出されて運動していた私だけど、三週間経った頃には何とか1㎞は連続で歩けるように、そしてスクワットを連続で10回出来るまでには筋力が回復していた。きつかった。毎晩寝る時「今日は神本くんが足首をぐねって私の家に来ませんように」と呪いを掛けるくらい彼を嫌いになったけど今は感謝している。いや今でも突き指くらいはすればいいのに、とは思っているけども。



「今日から新しいトレーニングを取り入れるぞ」

「ええっ、まだやるのぉ」

 1㎞を歩き終えて座り込んでいた私は非難の声を上げた。

「今は平地で歩いているに過ぎない。だが山は坂道を登らなければならないし、登った後は降りなければならない。少しでも坂道に慣れる必要がある」

「はいはい。要するに坂道を歩くのね」

「違うぞ」

「違うんかい」

 神本くんは背負っていた四角いリュックからボクシンググローブを取り出して私に手渡した。

「これからお前に空手を教える」

「ねえ山は!? 坂道は!?」

 あと君は空手家じゃなくて忍者ではないのかい?

「もし野生のイノシシに襲われた時にだな」

「どっちにしろ素手じゃ勝てないわよ!」

「あと野生の空手家が飛び出して来たら」

「どこの山よ!」


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