5話【妹】
少女と話してから数時間が経ち、すでに日は沈み周りは暗くなっていた。
その少女はというと、竜玄の膝を枕にして安心しきった顔で寝ている。
少女がこの森を孤独に一人で歩いていたあたりまでの話しをしてる時は落ち着いて話せていたが、竜玄と出会って助けられたところまで話し始めると、突然泣き始めたのだ。
致し方なく少女を自分の胸に抱き、頭を優しく撫でながら数十分慰めることになった。
そして泣き病んだと思ったら、今度はぐっすりと寝てしまっていたという訳だ。
泣き疲れたというよりも、元々の疲労が大きかったのだろう。
このままゆっくり寝かせてやろう。
しかしあらかた予想はしてた竜玄だが、改めて本人の口から言われるのとでは、あまりにも感じるものが違った。
平和な日本で暮らしていた竜玄には、少しシリアス過ぎたのだ。
しかしどうするかなこれから。
街まで送り届けると言っても、その街までの道とか知らないし。無一文だし。少女も俺と一緒で行く宛がない。
途方に暮れながら空を見上げる竜玄。
空には二つの月?があり、一つは紅い月、もう一つは元の世界と同じ色をしている。
これを見た竜玄は、本当に異世界に来たんだな、と改めて実感したのである。
雲も出ておらず、多くの星々が綺麗に輝いている。
そのせいかはわらないが、森の中だというのに言うほど暗くはなく、むしろ明るいほうだった。
朝までは時間はある。とりあえず今までのことを整理して、今後どうするか決めよう。
まあ、ヒカルの野郎に巻き込まれて……というか道連れにされてこの世界に来た訳だが、あいつが一緒ではないということは、本来一緒に飛ばされる筈じゃなかった俺は弾き出され、本来召喚される場所とは別の場所に、つまりこの森に飛ばされたとみるか。
この場合、誰かが異世界召喚を行なったことが前提になるが、あのヒカルをピンポイントで狙うあたり、人為的に呼び出された可能性のが高い。
その場合考えられるのは、今頃ヒカルは正規の場所にきちんと召喚され、勇者様として良待遇を受けてる可能性もあるわけで………
おのれ!許さんぞヒカル!
これが格差社会というやつか…………
まあ、奴隷として呼び出されたり、俺よりももっと酷い状況で召喚されてたりする可能性もあるが、あの主人公補正マシマシ君がそんな状況になることはないだろう。
認めたくはないが、それなりにあいつとは長い付き合いになる。ラッキースケベから、謎の大量告白イベントまで、どんだけ主人公補正かかってるのこいつと言いたくなるほどの男だ。
きっと(絶対)今頃、お姫様からラッキースケベな接待でも受けて困ってる顔しか浮かばん。
控えめに見てもゆるせねぇな。今度会ったら、俺の必殺でも喰らわそう。
とりあえずテンプレート野郎は置いといて、一緒に持っていたはずの鞄もどうなったか気になる。
色々と便利道具が入っており、さらには学校の帰りに食べようと買った食料も入っていたため、今手元にないのはかなり痛手だ。
俺はともかく、この娘にはなるべく早く何か食べさせてあげたい。
この娘を普通に街まで届けるのは確定だ。でももしこの娘が……………いや、それ以上は俺にも責任は取れないかもしれない。
だがまあ、まずはこの娘と話そう。話しはそれからだ。
竜玄は思いついたとある考えをとりあえず引っ込むことにする。
それはとても重要なことで、またよく考えてから話さなければならないことだからだ。
フム……やはり明るくなったらこの森を抜けて、村か街を歩いて探すしかないか。
この少女と普通に話せるってことは、他の人とも普通に話せるはずだしな。
ここの言語は、脳がご都合主義よろしくというふうに勝手に翻訳し喋っているのか、もしくは普通に日本語が使える世界なのか。
この世界について謎が深まるばかりである。
とまあ、考えることもなくなりぼーっと数時間静かにしていると、俺の膝を枕にしている少女が自然と起きてしまった。
ゆっくりと寝れる環境ではないせいだろう。
それを考えると、一刻も早く暖かいベットで寝かせてやりたい。
「……ん………あな…た…は…」
「起きちまったみたいだな。まあ流石にゆっくり寝られるような環境じゃないから仕方ないか」
少女は自分が膝枕されてるのに気付いたのか、顔を真っ赤にして、ハッと勢い良く起き上がる。
「そっ、その…ご迷惑をおかけしました…!」
「構わねぇよ。むしろ役得と言っていいほどだから気にすんな」
そう言うが、どこか申し訳なさそうな顔をする少女。
兄弟から色々やられてたと言う話しは聞いているが、どうやら人の顔を伺うスキルもその時に手に入れているみたいだ。
竜玄の機嫌を損ねないようにとしているのを感じられる。
「ですが……」
「それよりもまだ自己紹介がまだだったな。おれは竜玄。君の名前は聞いても?」
名前を聞こうとすると、顔を背け始める少女。
何か言いにくそうにしている。
「…すみません……その………私に名前は…ないです……」
「なっ………本気で….言ってるのか………………!?」
それは竜玄にとってはあまりにも衝撃的だった。
いやそれどころではない。竜玄の中で、今までにないほどの怒りの感情が膨れ上がる。
今にも暴れだしたくなるほどに。
ふざけんじゃねぇ!!自分の子供に名前すら付けないだとッ!!
どうなってるんだッ!クソッ…!!!
「…ひ……ごめんなさい……!」
どうやら自分でもわからぬうちに怒りが顔や雰囲気に出ていたようで、少女は自分が何か怒らせたと考え、竜玄に謝ったようだ。
突如謝られたことに、不味い!と思った竜玄は、すぐに心を落ち着かせ、少女に謝る。
「いや、悪いのは俺だ。ごめんな、突然怖がらせて…ただ君の親が許せなくて…」
(私のためにこんなに怒ってくれるなんて…………)
竜玄のその発言は、少女にとってはとても嬉しいものだった。
「あなたにもいつか、自分ために怒ってくれる人や、優しくしてくれる人、そして大切だと思える人ができる。だからそれまで頑張って生きるのよ」と、少女に唯一優しくしてくれた人が言った言葉でもあったからだ。
「私は……あなたに出会えて幸運です………きっとあなたがいなければ私は……死んでいました……だから……本当にありがとうございます……!」
そう言いながら、少女は丁寧にお辞儀をする。
「あぁ、どういたしまして。これぐらいはお安い御用さ。それよりもこれからどうするか君に聞きたい。どこも行く宛が無いんだろう?ま、俺も行く宛なんて無いんだけどな!ハハハッ」
ぶっちゃけ笑い話じゃないのは竜玄の本音だ。
「まだ……決めていません……ですが…!(この人と一緒に……行きたい……!)その……もし……あなたさえ「ストップ」….えっ……?」
竜玄には少女の言いたいことが分かっていた。
だからこそ、最後まで言わせずにその言葉を遮った。
だがこれは大事な事なのだ。きっとこの少女との出会いは偶然では無いような気がして、何かしらの縁が強く結ばれているんじゃないか、そう竜玄は感じていた。
だからこそ先ほど思いついた考えを、少女からではなく竜玄自身から言うべき事なのだ。
これから少女の保護者となる、その重大な責任を持つということに、竜玄は気合を入れ覚悟をする。
「悪いな途中で遮って。でも先に俺から言いたいことがあるんだ。さっきも言った通り俺は無一文だし、旅をしてたから家もないし、ここら辺になにか行く宛があるわけでもない。これからどうなるかわからないそんな俺だけど、君さえ良ければ俺と一緒に来ないか?…その………なんだ………良かったら俺の妹ということで「行きます!!」って、うお…!」
竜玄が言い終わる前に少女の方から抱きつかれ、突然のことに驚いてしまう。
ん?いま行きますって………
「一緒に行かせてください!……私なんかでいいなら、妹になります…!」
え?まじ?本当にいいの?本気で?
…………………………ま・じ・で?
流石に即答されるとは思わなかったため、軽く放心をしてしまう。
「いや、そんなにあっさり決めちゃっていいの?てか無一文のくだり聞いてた?」
「その…やっぱり…嫌………でしたか…?」
やめろぉぉぉ!そんな上目遣いで俺を見るんじゃない!
卑怯だぞ!なにも言えないじゃないか!(可愛すぎて)
「嫌じゃないぞ!君がそれでいいって言うんなら俺はいいんだ。だから、よろしくな雪菜」
「ッ…!!それってもしかして………」
「あぁ、お前の名前だよ。雪はその綺麗な髪の色から、菜は雪の中でも強く育つ菜のようにって、結構簡単な感じなんだけどな。悪い雪菜」
名前を突然付けて貰えたことに驚くものの、それよりも嬉しさが雪菜の中でいっぱいになる。
こんなに良いことがあっていいのか、そう感じてしまうほどに。
「……そんな……!……嬉しいです…!ユキ…ナ………私の名前…」
雪菜は何度も自分の名前を、まるで大事なものを仕舞うかのようにして繰り返しユキナと言う。
どうやら雪菜と名付けたのは正解だったようだ。
「その……私の方こそよろしくお願いします……お兄…ちゃん……」
なん……だと……!?
今までにない衝撃が竜玄を襲う。
それもそのはず、兄弟がおらずだが欲しいと思っていた竜玄にとって、さらには中でも一番欲しいと思っていた妹からの爆発力の高い呼びかけ。
上目遣いからのお兄ちゃんは、竜玄の精神を壊すには容易いものだった(歓喜)。
今ならあのイケメン幼馴染さえ、一瞬だけ許せてしまえそうな気がする。そう一瞬だけだが。
よし、冷静になれオレ。妹が見てるんだぞ!
「あっ、あぁ…改めてよろしくな雪菜(そのままお兄ちゃんと呼んでくれますように)。とりあえずこれからの事についてだが、まずは夜が明けたらこの森を出て街か村を探す。あとはどこか働ける場所を探そう。ある程度金を工面できたら、また旅に今度は雪菜も一緒に行こうと、今のところはそう考えてる。どうだ?」
「はい…!もちろんユキナも一緒に行きます!」
今日雪菜と出会って、初めての笑顔だった。
そんな雪菜を見て竜玄は決意する、その笑顔をたくさん見れるように頑張ろうと、もうこれ以上雪菜を不幸な目には合わせないと、そう心に誓うのだった。




