4話【白髪の少女】
視点変わります。
私は今、森の中にいる。
おそらくここは『深淵の森』と呼ばれるところだろう。
本で読んだことがある。確かAランクにも指定されるほどの危険な森。その理由として、ほとんどの魔物がBランクを超える魔物が多く、Sランク指定の魔物も多数存在するからだ。
この世界にはダンジョンや森がランク付けされており、下から、E、D、C、B、A、S、特Sと決まっている。Bまでなら一般人でも魔物さえ避ければ何とかなるが、Aランクならば入ることさえ困難だろう。
それほどの危険な森だ。
何故こんな場所いるかというと、簡単に言えば自分が住んでいた場所から逃げてきた。
元々私は大貴族の家の厄介者だった。
何せ私には一切の魔力がない。
何故か生まれた時からなく、それを私が5歳になった晩に知った父親は、私を世間に知らせないために家族総出で私を隠した。
つまり、産まれていなかったことにしたのだ。
そして、物心ついた頃から、暗い地下室に昨日まで閉じ込められていたため、いつも一人だった。
いや、一人だけ私を優しくしてくれた人がいるけど、その人はもう…………
とにかく、そんな牢獄みたいな場所で私は暮らしていた。
さらに閉じ込められるだけでは飽きたらず、私の姉や妹と弟に、魔法の練習と言って試し打ちにされたり、食料もかろうじてしか貰えなかったのだ。
私は身も心も限界を超え、ある日の出来事を界に遂にここを出ようと決心する。
この館に隣接する危険な森を抜けないといけないが、このままこんな暗い場所で果てるなら、外で死んだ方がマシだった。
昨日は丁度貴族たちのパーティーで館の警備が少ないのを狙い、自分を縛っていた家からようやく抜け出せたのだ。
外に出た時はとても気持ちがよかった。今までにない気持ちでいっぱいだった。
そのあとは、この先これからどうするかわからなかったが、何だが安心しきってしまった私は、とりあえず魔物に見つからなければ大丈夫だろうと考え、近くの街を目指して歩き出す。
しかしその安心も長くは続かない。
道らしき場所をずっと歩いているが、周りは森だらけで向かってる場所がわからなく、不安と恐怖が徐々に心を蝕んでいく。
初めての外界の夜と、初めての朝と昼。
ずっと歩き続けて夕方になった頃、水が流れる音が聞こえた。
小川が近くにあるらしく、空腹は満たせないが喉は潤せると思った私は、すかさず森の中へと入っていく。
しかし、道に逸れてこの森に入ったのが行けなかった。
空腹と乾き、不安と恐怖でいっぱいだったため、この森の危険度を忘れるのも仕方なかったのだ。
小川を見つけ、たらふく水を飲むのはいいが、何も考えずに森に入ってしまったため、戻り道がわからなくなってしまう。
すると近くの木々が突如倒れだす。驚いた私はすぐに離れようとするが遅かった。目の前にある木が横に倒され、それは現れた。
"トロルイーター"
緑色の肌をしており、太った巨体はまるで巨人。一般人の三倍の身長はあり。右手にはとても大きな金棒を持っている。
Aランクに位置する魔物だ。無力な自分では到底敵わない相手。
どうやらたまたま近くにいた私を匂いで感知したらしく、私を食料にする気なのだろう。本で見たことがある。
トロルは人を食うと……………
私はすぐに駆け出した。
しかし夜通し歩いたため体力はなく、地下室でずっと暮らしていたひ弱な体ではすぐに追い付かれそうになる。
さらに、慣れない 森で走っているためつまずきやすい。
そしてついには枝に足を引っ掛けてしまい、転んでしまった。
起き上がろうとしても、腰が抜けて動けない。
あるのは恐怖と絶望のみ。今にも泣きだしたい気持ちでいっぱいだ。
ここで死ぬんだ………私は………結局………ごめんなさい……ミランダさんとの約束を果たせそうにないよ……
目の前にはトロル。どうあがいても逃げられない。
そしてついにトロルは、動けない私に金棒を振るう。
死を覚悟した私は、せめて痛みなく楽に死ねることを祈って目を瞑った。
泣きたくても、意味がない。
どうせ死ぬのだから………………
走馬灯というやつだろうか。死を直前として時間がゆっくり進むような感覚。
色々なことが思い出される。
いつも孤独だった。唯一優しくしてくれる人も、私のせいで目の前で死んでしまった。
楽しい事なんてなかった。父親にはゴミのように扱われ、兄弟にさえ奴隷のように扱われる日々。
あぁーあ……不幸な人生だったなぁ…………………
………………………………痛…くない……?
いつまでも来ない衝撃におかしいと思い、ゆっくり目を開けると驚いた。
なんと私の目の前には、知らない黒髪の青年が金棒を素手で受け止めていたのだ。
さらに今度は片手だけで金棒を掴み、右手で金棒を殴るだけで破壊してしまう。しかもその衝撃でトロルも後ろに後ずさっていくほど。
すごい…………この人は一体………?
それに私を助けてくれるなんて…………
生きていた事に、そして私なんかを助けてくれる人がいる事に、今までの暗い感情が吹き飛んでいく。
もし、私がまだ生き残ることが許されるのであれば何でもしよう。
まだあの人との約束を果たせるのなら、頑張って生きよう。
そう思わせるほどにこの青年の登場は、私の中で大きかった。
―――――――――――――――――
さて相手の武器を壊したのはいいもののどう倒すかなこいつ。
「大丈夫か?君…」
とりあえずまずは女の子の無事を確認する事にする。見た感じは特に目立った傷は見当たらないようだ。
我ながら良く他人の心配が出来たものだよ。
「あなたは……?」
この子普通に見て、かなりかわいいっす。
いや、完璧に異世界ものの美少女っすね。
身長は150ないぐらいで、白い髪が可憐さを目立たせているが、来ている服が汚い布一枚なのと、身体が土や砂だらけのためプラマイゼロになっている。
俺の予想じゃ、捨てられたのだろうか?
その場合だと、貴族の家に生まれ、魔力がなくて捨てられたパターンか?
まあ、なんでもいい。まずはこのデカ物を倒さないとどのみち2人揃って人生エンド………
「まずはこいつを倒す。ちょっと待っててくれや」
竜玄は女の子の頭にポンッと手を置いて、再度魔物の目の前に立つ。
いやしかしかわいいなー…あの子。頭に手を置いた時の、俺を不思議そうに見る顔は特に保護欲を唆る…………と、今は集中だ。
死んだらそこで試合終了だと偉い人も言ってた気がしなくもないし。
対峙する魔物と竜玄。
さて、殺りますか……………
「おい…デカ物。とりあえず……いくぞ?」
そしてその言葉が合図かのように、竜玄にとっては初めての魔物との闘いが始まった。
先に動いたのは魔物の方だ。魔物は両腕を大きくあげると、そのまま竜玄へと降り下ろす。
が、その攻撃は竜玄が右に体を動かし避けたので当たらず、魔物はそのまま地面を砕いただけだ。その後相手を攪乱するために、竜玄は魔物の周りを素早く移動していく。
おやおや?動きがなんだが遅いぜよ…まるでスローモーションだな。もしかして、視力もかなり上がってるってか?
時々魔物は殴りかかってくるが、あまりの遅さに一発も擦る事さえなかった。
「余裕だな!!どうしたデカ物!?そんなもんかぁ!?」
やべぇ、もしかして俺って戦闘狂?と思ってしまうほどに気分は高揚していた。
しかし数秒間動き周ったことに飽きた竜玄は、そろそろとどめを刺しに動き始める。
やる事は単純だ。武器がない今の状況でできるのはそう………ただ素手で殴るのみである。
「終わりにする…」
と、クールに決めると、一瞬で魔物の懐に入る。今の身体能力なら容易いことだ。
そして両手を後ろにやり勢いをつけて魔物の腹に思い切り掌底を食らわせる。
一応かっこいい技名でもいれようか。
「掌覇・二対!!」
すると魔物は物凄い音とともに、20メートル先まで吹っ飛んでいく。もちろん木々を凪ぎ払いながら。
「……は?」
いやいやいや、確かに思いっきりやったけどこれは流石に俺がおかしいだろ!
一体どんだけなんだこの身体は……………
手は全然平気だし、多少ヒリヒリするくらいで済んでいる。
あまりに自分の身体の非常識さに驚くばかりだ。
まさかここまでとはねー…………うん!我ながらさすがだと思う。そうしておこう。
いくら身体能力高くても、絶対魔王とか倒しに行かないからな?
魔物はどうやら俺の技が効いたらしく、さっきから動く様子がない。おそらく気絶したか死んだのだろう。
もう襲ってこないならどっちでもいいが。
「あー、そういえば君。大丈夫か?」
俺はぼけーっと、口をあんぐり開けて方針している少女にそう話し掛けるが、一向に応答しない。
「おーい、大丈夫かー?正気に戻らないとセクハラするぞ」
と、少し?冗談を加えながら言うと、ハッ!と言って正気に戻ってくれた。
(何の武器もなしに、こんなアッサリとトロルを………この人本当に人間…?)
それもそのはず、通常トロルを素手で倒せる者の方が少数なのだ。
少女の驚きは最もなものだ。
「とりあえず立てるか?」
少女に向かって竜玄は、手をなるべく優しく指し伸ばした。それを見た少女はまたポカーンとするが、今度はすぐに意識を戻し、その手を掴んでその場を立つ。
「あっ……ありがとう……ございます……(こんなに優しくされるのなんて……)」
少女にとって優しくされたことなど、1人を除いておらず。
手を差し伸べられることなどなかった少女にとってその手は、とても新鮮なものだった。
「まあ、大丈夫そうだな。つかなんでこんなところに?」
「えっと……それは……………」
どうやら見た感じ訳ありらしい。
まあ、多分さっきのおれの予想と同じか似たような訳があるのだろう。
念のため俺は、この場から離れよう、と提案し、倒したトロルとはそれなりに離れた場所で話しをすることにした。
仲間が来たり、実はピンピンしてたりしたら困るからな。念には念をだ。
竜玄は手頃な場所を見つけると、少女を座らせて話しをを聞く事にした。
「大丈夫か?」
「はい……あの……助けてくれてありがとう…ございます……そのどこかのギルドの方…でしょうか…?」
ギルド……言わば冒険者みたいな者の寄り合い所みたいな所だろうな。
さて、なんて答えるべきか。知識ゼロの状態で下手なこと言ってもばれるだけだし、多少は正直に答えといて、俺が異世界から来たということだけはとりあえず隠しておこう。
「いやギルドの人間じゃないんだ。ちょっと遠くから旅をしてる途中でな、ここを通ったのは偶然みたいなもんだ」
「そう……だったんですね」
「ま、つい何時間か前に荷物纏めて全部無くしちゃって今無一文になっちまってね。それでしょんぼりしながら歩いてたら、君の悲鳴が聞こえたんだよ。まあ、なにわともあれ無事で良かった」
嘘だが、無一文なのは本当だしな。
そういえば俺の鞄の事を忘れてたな。目覚めた時になかったから、一緒に飛ばされなかったのか?
まあ、とりあえず鞄のことは後にしよう。
「とりあえず、君の事情を聞かせて欲しい……けど、嫌なら別に構わない。どこか近くの街までは責任持って送るよ。無一文の俺に出来るのはこれくらいだから許してくれ。悪いな…ハハッ」
「そんな!私を助けてくれただけでも充分過ぎます…!私は……その……実は……」
少女は自分の事情を話そうとするが、話して嫌われないか、どこから話せばいいかわからないでいる。
竜玄もそれを感じたのか、少女の前に立つと優しく頭を撫で始める。
「無理はしなくていい。ゆっくりでいいんだ」
今にも泣きそうな、消えてしまいそうな声で少女は言う
「私の事を聞いたら……嫌いに……なるかも……知れない…です……」
「それは聞いて見ないとわからないさ。ただ、今の君を見て嫌いになる理由が思いつかないんだよな。ま、このお兄さんにどんと任せなさい!受け止めてみせよう!」
竜玄は笑顔でそう言うと、少女はその言葉に少し驚きを感じながらも、安心したような顔を見せ始める。
(なんて優しい人なんだろう……この人になら……)
少女は竜玄に自分の事情を説明し始める。
今までどこにいて、どういった事をされ、どういった事をしたのか。
それを竜玄は静かに聞いているのだった。




