21話【三日目のスタート】
夜中の襲撃から、数時間後かの昼過ぎ。
リュウゲン、ユキナ、メルルの三人は、ギルドにあるバーのカウンターにて、お昼の食事を取っていた。
ギルドの入り口は、いつのまにか何事もなかったかのように修復されており、昨日と同じく人が当たり前のように出入りしている。
昨夜の出来事が、まるで何もなかったかのような光景だ。
「あ~、腹一杯だ。どうだユキナは?まだお腹空いてるか?」
「大丈夫です。私も兄さんと同じく、お腹一杯です」
嘘を言ってるようには見えないので、おそらくちゃんと足りてたのだろう。
満足そうなユキナの顔を見て、同じく満足するリュウゲン。
「もし、足りてなかったら遠慮なく言えよ」
「わかってますよ、兄さん」
リュウゲンがポンポンと頭を撫でると、笑顔でユキナはそう言った。
「重度のブラコンとシスコンね…」
メルルが冷ややかな視線で、2人を見ながらそう言う。
「否定はしないが、あのやり取りだけでそう断言されるのは少しおかしくないか?」
「他から見たら、そう言われてもおかしくないわよ」
「そこまで言うなら……………少し改めるか。まあ、変わんないだろうけど………そういえば、昨日襲撃されてたぞこのギルド」
「…ブフーッ!」
飲んでいたコーヒーを思わずぶちまきそうになっていた。
そんな事があったとは知らなかったようだ。
「なっ、何があったの!?というか大丈夫だったの!?」
「おう、とりあえずはな。どっかの犯罪組織の奴だったらしいけど、何とか追っ払ったよ」
「そっ、そう……それは災難だったわね。どこの組織だろそれ……」
「んー…………確かレクイエムとか言う組織だったな」
「…ブフーッ!」
今度は飲んでいたコーヒーをぶちまけた。
それもリュウゲンの顔面に向けて。
「大犯罪組織じゃない!?犯罪組織の中でも一番やばい奴らよ?良く無事だったわね……」
「まあ、他にも助っ人で帝がいたしな………それより俺の顔面が酷い事になってるはずだけど……?」
「ごっ、ごめん………」
そう言ってメルルはハンカチをポケットから取り出すと、申し訳なさそうにそれをリュウゲンに渡した。
そのハンカチで顔を拭きながら、2人は話しを続ける。
「その帝って……あの人のこと?」
おそらくそれはルメオの事を言ってるのだと、リュウゲンは理解する。
「ちげぇよ。大剣持った金髪の美人さん。そういや名前聞いてなかったな……」
「あぁ、レイのことね。トリニティ・キングって呼ばれる三人の内の一人で、二つ名は《光王》。本名はレイテル・ベリツェルよ」
うぉーい。あっさり答えるなこの人。
いいのかこんなんで?
「知り合い……というか親しいのか?」
「違うわよ。そこまで親しいって訳じゃないんだけどね……まあ、同級生なのよ…」
メルルさんにしてはなんか珍しく真剣な顔だな。
なんか訳ありってのが分かりやすい。
面倒なので深くは突っ込まないでおこう。
「なるほど。こりゃあ、メルルさんが変だ。今日は雨が降るかな」
「ねぇ、それどういう意味?」
リュウゲンの言った意味が理解できたのだろう。
青筋を立てて、軽く睨まれる。
「なんか真剣なメルルさんなんて、あんまり想像できなかったもんでな」
「ひっどーい…私だって悩むことぐらいあるのよ?多分年に一度くらいは…?」
うん。普通に少ない気がするね。
冗談だろうけど…………多分。
「さて、無駄話は終わりにして、そろそろショッピングにでも行くか」
「あっ、それ私も付いていくから」
「えー、まじでー」
「まじでーす」
「どうせルメオさんに道案内でも頼まれたんだろ?」
「さすがリュウゲン君。鋭い!」
「なら、遠慮なく道案内頼みますメルルさん」
「お姉さんに任せなさい!」
意外とある胸を張りながら、自信満々のような態度で言う。
はっきり言って不安材料しかないんですけどね。
「よーし!そうと決まれば、私とユキナちゃんは着替えるわよ!」
「えっ…?私もですか?」
「ほら、行ってこいよユキナ。いつまでもそのボロいワンピースじゃ、せっかくの可愛い顔が台無しだろ」
「兄さんが………そう言うなら……」
リュウゲンが可愛いと言ったことを気にしてるのか、俯いて顔を赤くするユキナ。
「フム……顔を赤くするユキナちゃんは可愛いではないか……ニヤ」
「だろ?こう言えば赤くなるのはわかってたからな……ニヤ」
2人は顔をニヤニヤとさせながら、二人してユキナをからかい始める。
「もう!やめて下さい、二人とも!」
からかわれてることを感じとったユキナは、さらに顔を赤くする。
「まあまあ、落ち着けよ。俺がユキナの可愛い姿が見たいのはほんとなんだからな?」
俺はユキナの頭を優しく撫でながら言う。
「兄さん……」
「はいはい、そこまで。放っとくと、すぐにシスコンとブラコンのスイッチが入っちゃうんだから……ほらさっさと行くわよユキナちゃん」
メルルはユキナの手を掴むと、二人で階段の方へと向かっていく。
「可愛く頼むぞー!」
「お姉さんに任せてー!」
「にっ、兄さーん!」
そして半強制的に連れていかれたユキナとその連れていったメルルは、階段を上って姿が見えなくなっていく。
それを見届けたリュウゲンは、とりあえずバーのカウンターでやる事なくひたすら待つことにした。
そうして1分もせずに待っていると、2人がいなくなったのを見計らったかのように、仕事から帰ってきたエイダがリュウゲンを見つけ、話し掛けてくる。
「おっ!リュウゲンじゃねぇか!なにやってんだ一人で?」
相変わらずのムキムキさだ。
服がピチピチなのが、またムキムキさを醸し出していた。
今日は服を着てるのな。
そしてまだ会って間もないのに失礼だけど、何故か暑苦しいんですけど。
「ユキナとメルルさんが着替え終わるのを待ってるんだよ。エイダさんこそ一人で何を?」
「遠征で何人かしくじった奴がいるから、ちょっとそいつらを救援しにな。どうだ?一緒に来るか?」
「いや、止めとくよ。これから3人で買い物に行く予定でな。また今度にしとく」
「そうだったのか!そりゃ残念だ。ならまた今度だな…………そう言えば、昨日の夜は大変だったらしいじゃねえか?レクイエムの奴らに、このギルドが襲われたんだろ?」
「エイダさん知ってたの?」
「今朝ルメオの旦那から聞いてな。大変だったな」
「まあな。ほとんど対処したの俺だけど……」
「というと、旦那がリュウゲンの力を試すために観戦してたってところか?」
「さすが良くお分かりで」
リュウゲンはそうため息まじりに言うと、それを見たエイダが豪快に笑う。
「ガッハッハッ!そりゃ、お疲れ様だな!んで、どんな奴に襲われたんだ?」
「フラン・クリケットとかいうアホ犬」
「ああ…あの戦闘凶か…」
「知ってるのか?」
「戦場で何度か戦ったことがあるだけさ。戦ってる最中かなりうるさかっただろ?」
「かなりな。よく喋ってたのは覚えてるよ」
「それにしてもやるじゃねえかリュウゲン。あれでもあの野郎は、少なくともSSランク以上の強さだぞ。さすがはルメオの旦那が連れてきただけあるな!このまま活躍を期待してるぜ!」
そういえば、有名な犯罪者とか言ってたな。SSランク以上とか………もしかしてあの犬、本気出す前に俺に負けたのか?
もしくは、ギルドランクの基準の強さが低いとしか考えられないんだけど……
というか、ルメオさんが俺を連れてきた事になってるのか。
それに………そういえば、エイダさんなら話しても大丈夫だろうって言ってたな。俺が異世界人だという事。
あの人が普通に信頼してるくらいだし、話しても大丈夫かな?
副ギルドマスターだし、話しとけば色々と融通を利かせてくれるかもしれない。
それに、ユキナ達もまだ時間掛かって遅そうだし暇だし喋ろう。
どうせバレるなら早めに………だな。
「まあ、やれるだけ頑張るよ。それとエイダさん、今って時間ある?少し話があるんだけど……」
「おう!なんでも話せ!俺に出来る事なら力になってやるぞ!」
エイダはそう言って、リュウゲンの隣の席を座る。
うん。裏表のない普通にいい人ですね。
「それで話したいことってのはなんだ?」
「とりあえず一通り俺が話すから、茶化さないで最後まで聞いてほしい。質問は、話しが終わってからでお願いしたい」
リュウゲンが少し真剣なのを感じたのか、エイダの顔つきが先程とは違い真剣になる。
まるで後輩の悩みを真面目に聞いてくれる先輩のような感じだな。
副ギルドマスターになったのも頷ける。
おそらく、ギルド内ではかなりの人望を集めてるんじゃないか。
そうなると、ルメオさんのギルドでの存在とはという疑問が浮かぶけど、考えないようにしよう。
「あと、今から話すことは他の奴には他言無用で頼む」
「任せろ。そこまで言われて、言いふらすような真似はしない。絶対にだ」
マジな真剣モードだ。
まいったな。
そこまで暗い話しじゃないんだけど………?
「とりあえず、俺が話すのは自分の事情についてだ。今から話すことの内容を知ってるのは、ルメオさんとメルルさんと俺の妹だけ。おそらく驚くような内容だと思うから、心して聞いてくれよエイダさん」
「ほう。俺を驚かすような話しなのか……面白いじゃねえか。心して聞いてやるよ」
不適な笑みをしながらそう言うエイダを、普通の子供が見たら十中八九泣くだろうという考えを隅に置き、リュウゲンは自分の事について話し始める。
先にリュウゲンが異世界から来た人間だという事を言うと、目を開かせて驚愕はしたが、最後まで話しを聞くという約束を守るために、そのあとは一度も茶化さずに真面目に話しを聞くエイダ。
自分が異世界からヒカルと一緒に飛ばされたこと、この世界に来てからまだ二日なこと、自分の属性と魔力量、これから学園に行って邪の属性の書物を手に入れに行くこと、とりあえずリュウゲンの事情を知ってる他の三人が知ってるだろうことを全て話した。
エイダさんは一頻り「うんっ」と頷くと、目を開けてこちらを見る。
「そうか……大変だったんだなリュウゲン。だが大丈夫だ。ここの連中は結構面倒見のいい奴らばかりだからよ。安心してこのギルドにいればいい」
「俺の話を信じるのか?」
「当たり前だろ?まず、ルメオの旦那が絡んでる時点で、俺はもうお前を信じてるんだよ。それぐらいすごい人なんだよ、あの人はな……」
そのあとエイダさんは人懐っこい笑みを浮かべる。
ここまでエイダさんに言わせるのもルメオさんもすげぇな。
きっと、俺には想像もつかない事が過去にあったのだろう。
「それに、俺にとってこのギルドにいる奴らは全員が家族みたいなものなんだよ。それは新しく入ったお前等二人も同じさ。だから、信じられる」
この人いい人過ぎるよ!もはやリーダーの器だろ!
俺はもう感動でお腹いっぱい過ぎる!
と、何事にも冷静に達観しやすいリュウゲンにしては、珍しい心の反応だった。
「ありがとうエイダさん。ルメオさんの言った通り、あんたに話して正解だったよ」
「ガハハッ!改めてこれからよろしくなリュウゲン!」
「あぁ、こちらこそよろしくな。エイダさん」
そのあとはエイダに合わせて、リュウゲンも一緒に豪快に笑った。
「それじゃあ、俺は行くぜ。なんかあったらなんでも言えよ。俺が出来ることなら力を貸してやるからよ」
「あぁ、そん時は遠慮なく頼むよ」
「ガッハッハッ!さて、俺はとっとと任務を終わらしてくるかぁ!んじゃあ、行ってくるぞリュウゲン!」
「行ってらっしゃい、エイダさん」
エイダは最後まで豪快に笑いながら、その場を去っていった。
そして、エイダが去ってから数分待つと、メルルとユキナの2人が戻ってくる。
「お待たせ~!ごめんね~少し遅くなっちゃった」
「いや、大丈夫だけど……それよりメルルさん…………」
「ん?」
リュウゲンは内心意外とお洒落だったメルルに驚いていた。
メルルの格好はというと、インナーは白色のタンクトップで綺麗な肌を見せており、その上に緑色のワークシャツをさらっと軽く羽織るようにして着ている。下はデニムパンツと普通にお洒落に着こなしている。
元からかなり美人なためか何着ても似合いそうだが、これはメルルらしさが出ているような服装だとリュウゲンは思った。
「意外だ…………」
「ねぇ、喧嘩売ってる?」
てか、普通に元の世界とファッション変わらないような気がするな!
「いや、普通に綺麗なお姉さんしてて驚いたよ」
「ふふん…!どうよ?まいったか!」
「はいはい、まいったまいった。んでユキナは?」
「あそこ」
そう言ってメルルが指を指した所は、このギルドを支える柱だ。
その柱に隠れるようにしてもじもじとしながら、ユキナがこちらを見ている。
恥ずかしいのか、まったく柱から離れる気配がない。
「ユキナ。隠れてないでおいで」
リュウゲンがそう言うと、ユキナは柱から離れてこちらへと静かに歩いてくる。
さらに、頬を少し紅くしながら恥じらうようにして顔を少し横に向けていた。
「にっ、似合わないですよね………」
そう言うユキナだが、そんなことは誰が見ても賛同しないだろう。
ユキナの服装は、半袖付きの腰のまわりにベージュ色のベルトのようなものが付いた、白めの桜色のワンピースだ。
靴は、桜色のお花のコサージュが付いている白いサンダルを履いている。
その姿は、なんとも保護欲を駆り立てる可愛さだ。
「まさか、そんなことはないユキナ。やっぱりユキナはワンピースが似合うな。てか、似合いすぎる……」
するとさっきとはとって変わって、不安そうな顔から一瞬で嬉しそうな笑顔に変わる。
「良かった……………兄さんに褒められた……」
「いやー、妹のワンピースなんだけど、ユキナちゃんにサイズ合ってて良かったよ。元が良すぎるから、なに着せようか迷ったんだけどねー。やっぱワンピースかなー?って思ってね」
「ナイスだメルルさん。つか、メルルさんに妹いたんだな。その場合だと、妹が優秀キャラ的な感じか?姉妹揃ってアホでバカだとは考えにくいし……」
「アホでバカって、少し酷くない?」
「アホでバカなんですか?」
どうやらユキナには、今のがジョーク的な話しだとは気付いてないようだ。
素で聞くのか、アホなのかと。しかも臆せずに。
まあ、予想はしてたけどね………
「さっき一緒にお着替えしてる時に思ったんだけど…………ユキナちゃんってちょっと天然入ってるわよね?」
リュウゲンの言いたいことを言ってくれたメルル。
だが、天然って?、って言いたそうな顔をユキナはしていた。
「しっ、知らないならいいのよ」
「着替えてる時って……なんかあったのか?」
「いや、あのね……うん…………」
困ったような顔で、あんまり言いたくない様子のメルル。
というか、なんか少し落ち込んでいるように見える。
それを察したリュウゲンは、これ以上は聞かないでおこうと思った。
「まあ、今度こそ出発しようぜ。やっぱ、最初は服とかだな。そんじゃ案内頼むよメルルさん」
「任せなさい!それじゃあこの街の案内も兼ねて、軽く散歩しながらいくわね」
「そこらへんはメルルさんにお任せで。俺よりユキナ優先で服とか探してくれればおっけー」
そう言うと、メルルがリュウゲンの全身を突然じっと見つめ出す。
「そう言えばリュウゲン君のその格好って私服?」
「あぁー、違う違う。元いた世界でおれが通ってた学校の制服」
そう言えばおれ、ずっと学生服のままだったな。
「ふーん……確かに言われてみればちょっとこっちの学生服と少し似てるわね」
「へぇー。こっちはどんな感じなんだ?」
「色は明るいものがほとんどね。例えば白をアレンジしたものとか、青とか黄色っぽいのとか。黒とか暗いイメージのある色はほとんど使わないわよ」
「俺の世界とは真逆だな。こっちじゃ、黒とか紺とかが普通だな」
異世界っていっても、学生服はあるんだな。
日本の学校みたいに、ピアス禁止、髪長いの禁止、染めるの禁止みたいなめんどそうな校則ないといいけど。
まあ、おれは染める気はないけどな。ピアスもしてないし。
え?不良じゃなかったのかって?
そう見えるだけです。はい。
実は、とても真面目な子なんです……………と冗談はさておき。
「なんだか少し親近感が湧くな」
「さて、ここでお喋りしててもしょうがないから、続きは歩きながらにしましょ」
「それもそうだな」
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
そしてリュウゲンとユキナは、メルルのあとを付いていくように歩いていく。
ギルドを出て最初に向かったのは、女性用の服が売っているお店だ。
そこまで行くのに歩いて10分くらいだったが、そこに着くまでに商売が盛んで賑やかな大通りを通りながら、いろいろとメルルにこの街のことを教えてもらっていた。
これぞ異世界の街!、とそんな光景がリュウゲンの目の前に広がっていた。




