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『骨拾い』と虚の森

作者: 青山羊

「『森』へ行きたい。誰か詳しい人を紹介してほしい。」


 年季の入った木造のカウンターに手をつき、私は初めて来た冒険者ギルドの受付員に頼み込んだ。

 普段出入りしているギルドとは違い、ここの職員はやる気が感じられないが、ここが『森』に最も近いギルドなのだからここに頼るのが一番だと自分に言い聞かせる。こちらの真剣な気持ちを分かっているのかいないのか、気怠そうにギルドランクを聞かれる。私はBランクであると答えるとさらにめんどくさそうに「無理」と断られた。


「どうしてだ!私は『森』へ入らなければならないんだ。詳しい人を紹介してくれ!」


 焦りから声に苛立ちが篭る。私にはどうしても『森』に入らなければならない理由があるのに無下にされて黙ってなどいられない。時間がないのに。


「はぁ…あなたが言う森って『虚の森』のことでしょう?あそこは最低でもAランクを、それもパーティを推奨しているの。…まあ誰かが出入りを管理しているわけじゃないけど。Bランク以下であそこに入って生還した人なんてまずいないわ。自殺志願じゃないならおとなしく依頼を出して、欲しいものを採ってきてもらいなさい。」

「…まずって言ったな?Bランク以下でも生還した人はいるんだな?私にはAランクのパーティに依頼をできるほどのお金がない。だが、一刻も早く持ち帰らなければいけないものがあるんだ。『森』に詳しい人を紹介してほしい。頼む。」

「…まず、『森』から生還できる冒険者の殆どが自分たちさえ良ければそれで良いって考えている者たちよ。そんな人たちが自分の仕事場のことを教えると思うかしら?それに何を探しているのかは知らないけれど…『森』の素材はまず出回ることが無いからあなたが必要としているものが手に入るのかもわからない。『森』に入ったところで…」


 どうにか教えてもらえないかと食い下がっていると周囲が騒がしくなっていることに気付いた。誰かがギルドに入ってきたみたいで、「骨拾い」やら「ハイエナ」といった言葉が囁かれている。二つ名持ちのようだが随分と嫌われているみたいだ。


「はぁ…丁度良かったわね。彼がさっき話していた冒険者の一人よ。…と言ってもとんでもなく例外のような存在だけれど。彼はソロで活動していて『森』から生還した者の中で、唯一Ⅾランクという低位の冒険者よ。一度も討伐依頼を受けたことが無くて、普段は採集依頼しかやらないけれど…何度か『森』に入ったきりの冒険者の遺体を持ち帰ったことがあるの。それで名指しで生存確認の依頼を出されるようになったのだけれど、全て遺体として持ち帰ってきたわ。依頼人としても必ず遺体として帰ってくるから、どうしようもなくなった最終手段として依頼するからあまり頻度は高くないけれど…全て遺体として持ち帰るから弱ったところを殺して…なんて考えているものも多くてね。ついたあだ名が『骨拾い』。」


 『骨拾い』…『森』を自由に出入りできる冒険者だがあまり良く思われていないみたいだ。どんな姿なのかと気になり観察してみるが、見れば見るほど『森』を自由に動き回れるとはとてもじゃないが思えない。

 背丈は私より頭一つほど高いから175から180くらいであろうか。茶色い髪は適当に短く切られているが、頭には防具のようなものは着けておらず口元を布で覆っているくらいだ。全身も危険な場所を出入りしているにしては特別なところが見当たらない革鎧で、腰にはポーチと小さな村で活動している冒険者のようだ。変わったところといえば正面に右肩から左わき腹までをはしる様に固定された大型ナイフと左腰に40~50cmほどのククリナイフ、右腰にはピストルクロスボウを下げている。あえて役割をつけるならば斥候といったところであろうか。どう見ても正面からモンスターとは戦えまい。

 それでも行動しなければ協力は得られないだろう。私は別のギルド職員と話をしているその男に話しかけることにした。


「『骨拾い』と言ったか?少し話がしたい。私に付き合ってくれないか?」


 職員とのやり取りが終わったらしいその男は警戒した様子でこちらを振り向いた。

 その視線は険しく思わず『杖』を構えそうになったが、ギルド内であることと、こちらに頼みがある状態であることを思い出して何とかこらえた。


「…何の用だ?」

「…はっ!失礼した。私はダリアと言う。其方に頼みがあって声を掛けさせてもらった。私は『森』に行きたいんだ。案内をしてもらいたい。」

「断る。」


 やはりそう簡単には頷いてはくれないか。しかしこちらも譲れない。話は終わったとばかりに出入り口に向かっていく彼の後を追いながら話を続ける。


「一つ探しているものがあるんだ。見つかればここを離れるし、ここでのことは誰にも言わない。だからお願いだ。協力してほしい。」

「断る。」

「そこを何とか…大切な人を助けたいんだ。話を聞いてほしい…」


 そう言うと彼は少しだけこちらを見て、何も言わずに進んでいく。断られなかったということは話を聞いてくれるのだろうか…私は離されないように後をついていった。


 


 村のはずれにある小さな家につくと彼は何も言わずに中に入っていく。どうすればよいのかと少し迷ったが、中に入ることにした。


「…お邪魔する。」

「…はぁ…適当に座れ。」


 彼は嫌そうな態度を隠そうともしないが追い出そうともしない。…Dランクというのが心もとないが協力して貰えるならありがたい。近くにあった椅子に腰掛けて話し始めた。


「…私の母が病に侵されている。医者に聞いたところ治療法が確立されていないもので、万能薬の効果があるという『エルドの涙』という物が必要らしい。」

「…?万能薬は『ユグドラシルの葉』じゃないのか?」

「私もそう思ったが…『ユグドラシルの葉』はまず人が出入りすることのできない場所にあるから偶然出回ることが無いと入手できないし、それこそ国家予算に匹敵するほどの莫大な金が必要になる。その点『エルドの涙』は人が出入りすることのできる場所にあるから自力で手に入れられると言われた。」


 私の言葉を聞いて彼は顔を顰め黙り込んだ。少しの間を置き彼が口を開く。


「…『ユグドラシルの葉』は俺でも聞いたことのあるような有名な代物だ。でもあんたの話でそれよりも入手がたやすいという『エルドの涙』という物は聞いたことが無い。…本当に万能薬だというのであれば聞いたことがあってもおかしくないだろう?本当に効果があるのか?」

「…医者が嘘をついているとでもいうのか?」

「その医者を知らないから断言できないが…ユグドラシルの葉よりも入手しやすい万能薬の話を聞いたことが無いのはおかしいとは思わないのか?それとも俺が暮らしてきた場所が田舎過ぎて情報が入らなかっただけなのか?…そもそも『エルドの涙』とかいう物が『森』で手に入ると誰から聞いた?俺は此処に長いこといるが聞いたことが無い。ただ俺がここにきてから誰も手に入れていないだけか?万能薬と呼ばれるほどの代物らしいのに?」

「それは…」


 確かに彼の言う通りかもしれない…ユグドラシルの葉よりも手に入りやすいならもっと広まってもおかしくないし、手に入れようとする冒険者がいてもいいはず。嘘をつかれた?でも何のために…


「そんな怪しい医者を信じてあるかもわからない代物を探すよりも、腕のいい信頼できる医者を探したほうがいいんじゃないか?そもそもどんな病気なんだ?」

「…『魔化病』というらしい。なんでも体がだんだん魔族に代わっていく病で、大抵は完全に魔族となる前に変化に耐えきれず死んでしまう…死ななくても魔族になってしまうと言われた。」

「ちぃっ!…その医者は何者なんだ?普通魔族になるものを前にしてそんなに落ち着いていられるものなのか?大抵は恐れをなして逃げるか殺そうとするんじゃないのか?」

「えっ!?今の話を信じるのか?魔族だぞ!?そんなおとぎ話のような生き物だぞ?」

「冗談で魔族なんて名前を使うやつがいてたまるかよ。魔族を肯定したら世界を亡ぼせるような『魔王』が実在すると認めることになるんだぞ?協会に自分を殺せと言っているようなもんだろ。」


 その考えはなかった。…いや、冷静に考えればその通りなんだが母を助けることにいっぱいいっぱいで頭が回らなかった。もし誰かに聞かれていたら…


「あんたからこのことが漏れる可能性を考えてでも魔族と言ったんならそうなんだろうな。それでもいったい何者なのかが気になるが…まあいい。俺のいうことをすべて聞くこと。『森』で見聞きしたことは誰にも口外しないこと。守れるか?」

「何を?」

「…今言ったことを守れるなら『森』に連れて行ってやるって言ってるんだよ。守れるか?」


 『森』に!?聞き間違いではないよな!?嬉しいが一体何故?


「本当か?『森』を案内してくれるのか?」

「俺はあんたを守らないし、約束を違えた時点で置いていく。それでもいいなら着いてこい。」

「私、ダリアの名に誓って約束を守ろう。だから案内してくれ。」


 慌てて立ち上がり、誓うと彼はそのまま別室に向かった。

 人が名に誓ったのにその態度は何なんだ!!そもそも未だに名前を聞いていない。いったいどういうつもりなんだ。彼の態度に憤りを感じていると部屋から戻ってきた。


「片道で三日ほど。途中で水を補給する場所がないこともないが、最終手段だと思って補給しなくてもいいくらいの準備を。『森』で火を使うことは許さない。見たところ大丈夫だとは思うが、金属鎧などの移動に音がするようなものは身に着けるな。どうしても戦闘を避けられないとき以外は戦うな。そして目的の物以外を手に入れようとするな。あとはその都度指示する。」

「ちょっ…ちょっと待ってくれ!詳しい説明をしてくれ。」


 いわれたことは今までの冒険の準備とは大きく異なっていて頭が追い付かない。水の補給ができるのにしなくていい準備?火を使うな?荷物を減らすために現地調達は基本だろう。目的のもの以外も手に入れることがいけないのか?冒険者だろうに。


「この森では火を使うと魔獣が寄ってくる。多分火のそばに冒険者がいることを知っているんだろう。だから森で調理はできない。水辺は魔獣が集まりやすいこともあるが、水に異常があってもわからないから出来るだけ使いたくないんだ。金属鎧は音で居場所がばれるし動きも遅くなる。そもそもその辺の鎧程度で防げるような攻撃をするようなのは見たことがない。一撃を防げるかどうかもわからない物に頼るよりも全力で遭遇を回避するべき。奴らは血の匂いにも敏感だから、戦えばほかのやつを呼ぶことになる。何より、欲が多いといざというときに命取りになる。それならば本当に必要なもの以外は持たないようにするべきだ。」

「…ギルドには金属鎧の者は殆どだと思ったが?」

「…今言ったことは全て俺の経験からの推測で正しいのかもわからないから誰にも伝えていない。」

「なんだと…?」


 ふざけるなよ!!そんなにも『森』について詳しいならその情報を共有するべきだろう。そうすれば死ぬものも減っただろうし、もっと『森』について判ったかも知れない。そんなに縄張りが大事なのか!?たった一人の欲望のために大勢が死んでいるんだぞ?頼る相手を間違えた。こいつは信用できない。


「邪魔をした。」

「出て行っても構わないが今俺が行ったことは誰にも言うなよ。」

「っふざけるな!!この情報で何人の冒険者が助かったと思っている!!そんなに縄張りが大事か!!」

「縄張りとかの問題じゃない。今のは全て俺の推測だと言っただろう。もしこれを広めて違っても責任なんて取れないんだよ。確証のないことを広めて責められてもどうしようもない。」

「それはただの言い訳だろうが。推測を確かめることが出来れば多くの人が助かるのに。お前は自分のために黙っているだけだ。」

「…あんたも俺の二つ名を知っているんだろう?行方不明になってから数か月たって依頼されたのに遺体を持ち帰れば俺が殺したと影で囁かれる。人は自分が不幸になった時に他人に責任を押し付けるんだよ。推測だろうとそれで人が死ねば俺のせいだと責められる。だが、他人の命に関して責任なんて取れないし、それで殺されたくもない。ならば確証がないことは黙っているべきだろう?そういうのは責任を取る覚悟を持ったやつがやるべきで、たかだかDランク程度の初級から上がることもできない底辺冒険者の仕事じゃない。それよりも何度も出入りできている高ランクパーティに言うべきだ。」

「だが…」

「それに自分のためで何が悪い。あんただって今自分のために俺の都合を押しのけて自分の目的を達成しようとしているじゃないか。あんたを案内することで俺は自分以外の者と一緒というリスクを負うことになるんだぞ。それで俺が死んでも責任がとれるのか?それとも俺が死んでも自分の母親を助けるために必要な犠牲だったとでもいうつもりか?」

「それとこれとは話が…」

「同じだよ。俺の行動もあんたの行動も自分のためで、他人のことは考えていない。俺の場合は見ず知らずの大勢が死ぬかもしれないが、もともと冒険者はそういう物だろう?自分の命は自分で守る。死んでも自分の責任だ。それに比べてあんたは直接俺の命も危険にさらしている。それでも自分はよくて俺は責められるべきなのか?」

「…私のことは守らないんだろう?」

「それでも一人で行動するのと『森』を知らない他人を連れて行動するのでは危険度が違うだろう?それに俺にとってはこの『森』が変わってしまってはいけないんだよ。冒険者が何人か入って活動する分には問題ないが、軍とかが介入して開拓されては困るんだよ。」


 そういうと彼は自身の口を覆っていた布を外した。その口はまるで魔獣のような鋭い歯が並んでいて同じ人種とは思えない。思わず目を逸らそうとして彼の右目と左目の色が異なることに気が付いた。


「ひっ…」

「あんたには『魔化病』って言ったほうがわかりやすいか?俺の村は昔魔族を名乗るものに魔族化の呪いをかけられた。生き残ったのは俺だけだがな。詳しいことは解らないがこの『森』で過ごしている間は進行が遅くなっている。『森』であったやつと契約とやらを交わしたからかもしれないが現状を変えるわけにはいかないんだ。少なくとも魔族化が完全に収まるまではな。それともあんたの母親を助けたらあとは用済みか?同じ病に苦しむものを無視してあんたの正義感とやらでここでのことを話して冒険者を救うのか?それが正しい情報なのかもわからないのに?」 


 同じ病気…母もこんなふうになるのか?未来の冒険者を救うためにここで病に苦しんでいるものを切り捨てるのが正しいことなのか?何が正しいんだ…

 私がどうするべきなのかを悩んでいる間に彼は再び口を布で覆い隠した。


「あんたが黙っていられないというならそれまでだ。本当ならば口止めとして殺したいところだが…さすがにBランクの魔術師さんに勝てるとは思わない。母親を助けたいなら黙っているか、他の冒険者を当たれ。」


 母を助けるためには黙らなければ…?母のため…他人よりも母…


「…わかった。黙っておくからお願い…っ!!ちょっと待て!!今なんといった?何故私が魔術師だとわかった?私が持っているのは剣であって杖ではないぞ!?」


 そうだ。私の『杖』は剣の柄に宝石を埋め込んだもの…戦いを見ていない者に魔術師だと見破れるはずがない。なんでわかったんだ?


「いくら速度を主体とするとしても急所の防御が弱い。まあ、俺が言えたことじゃないが。剣で戦うこともあるんだろうが、Bランクに上がるまでにこなさなければいけないクエストを考えてもその装備で正面から戦い続けれるとは思えない。現に金属鎧を禁じたら疑問を覚えたみたいだしな。その装備で剣を使っているとしたら金属鎧を身に着けるデメリットにすぐ思い当たるはずだろう。」


 まさか装備で見抜かれるとは思わなかった。それもDランクに。いや、この杖のことを知らないやつでよかったというべきか。気を付けなければ。


「話はこれで終わりか?ならさっさと宿にでも戻れ。明日、ギルドの掲示板が更新されたころに『森』に入る。それまでにギルドにいなければ置いていく。」

「ちょっと急すぎないか?もう少し考える時間を…」

「あんたの母親がどの程度進行しているのか知らないが、その時間のロスで助からなくても言い訳できないぞ。それとも母親とその他大勢の冒険者を天秤にかけてどちらを優先するか悩む気か?どうせ結論は一緒なのに。それこそただの自己満足だろう。まあ、あんたの母親が死んでも俺には関係ないがな。…ほらさっさと行け。」


 そういうと彼は私の襟をつかんで家の外に放りだした。

 …確かに悩んでいる暇はない。母の命のためにその他を見捨てるべきだ。…でも、母は喜ぶのか?…いや、母が喜ばなくてもいい。これは私のためにやっているんだ。だが…重たいな…


 


 早朝、ギルドへ向かうとそこにはすでに骨拾いが掲示板の近くに佇んでいた。装備は昨日見た時と何ら変わりなく、散々指図したくせにその装備で行くのかと僅かな苛立ちを覚えたが長年あれでやってきたのだろうと無理やり自分を納得させた。声をかけようとして名前を教わっていなかったことに今更ながら気づき、低ランク冒険者に呑まれていたと自分を恥じた。

 そんな私の思いに気付いたのかどうか、彼は目が合うと何も言わずにギルドを出ていく。慌てて彼の後を追うが、その最低限でさえも関わらないようにする姿勢に人前で声をかけないほうがよいかと思い直す。多分だが、私と関わることにしたのも同じ病に悩む人に同情したとかで不本意だったのだろう。昨日別れてからギルド職員や冒険者に話を伺ったが声を聴いたこともないのがほとんどで、あってもクエスト受注や商品の売買くらいなものだった。病を隠すためにできるだけ接触を避けているのだろう。

 やがて村を出て辺りが木々に覆われ始めたので、距離を詰め話しかけることにした。


「おはよう。今更なんだが名前を教えてくれないか?何と呼べばよいのか分からないんだ。」


 声を掛けたは良いが彼はこちらを向くこともなく返事をした。


「…必要か?数日しか関わらないのに。」

「むっ…これから森に入るのだろう?いざというときになんと呼ぶのか迷って対処が送れるとまずいだろうが。せっかく人前で声を掛けるのはまずいだろうとここまで待ったんだ、教えてくれてもよいのではないか?」

「ちっ…ディックでいい。あまり長いのはとっさに呼び辛いだろう。」

「そうかディックか。しばらくの間だがよろしく頼む。」


 まさか名前を聞いてあだ名が帰ってくるとは思わなかったが…そんなに名乗りたくないのか?

 暫く無言で歩き続けていると森の方へ伸びる道が見えてきた。気を引き締めないとと思っていたらディックはその道には見向きもせず、通り過ぎた。


「ちょっと待て。この道じゃないのか?」

「こんな誰もが通るような道から入って入手できるもんなら少なくとも一度は聞いたことがあるだろうが。それに…いやなんでもない。」

「なんでもないわけないだろう?また何か経験でのことか?黙っていると決めたのだから話してくれ。出ないとそちらにも迷惑がかかるだろう?」

「…頭のいい魔獣や強力な魔獣の中には人の通る道に縄張りを持つものもいる…気がする。今まで見た死体の数は道以外より道の方が多かったと思う。」

「…ふつうは道に近づかないものじゃないのか?道を通るよりもダンジョンや森での戦闘の方が多かった気がするぞ?」

「じゃあそうなんだろうな。だが俺は、道はよほどのことが無い限り通らないようにしているんだ。…っとこの辺りから入るぞ。」


 そういうとディックはさっさと木々が生い茂る間を縫うように森の奥へと進んでいく。私も慌てて後に続いた。




 彼の進む速度はかなり速い。私も森の中は得意な方だと自負していたが、数日分の食料を持ったままこの速度で薄暗く足場の悪い森を進むのは辛い。単にこの辺りになれているのだとしても、同じような景色が続く森の中をこうも迷いなく進む姿を見せられると本当にDランクなのかと疑いが出てくる。

 そろそろ置いて行かれそうだと声を掛けようとしたら急に立ち止まり、仕草だけで口を開かないように指示を出し近くの樹に登りだした。いきなりのことで呆気にとられたが、さすがに意味が解り同じように樹に登り息を潜める。

 少しして頭の位置が私の胸くらいにある二つ首の魔犬が姿を現した。直接姿を見るのは初めてだが、その姿からAランクの魔獣であると判断する。彼が気付かなければ今頃鉢合わせしていただろう。疲れていたのは言い訳にならない。危険な場所だというのは解っていたはずなのに注意を怠っていた…

 魔獣はこちらに気付いた様子はなく、通り過ぎていく。ほっと一息つくと彼に声を掛ける。


「すまない。助かった。」

「このまま少し休む。今のうちに喉でも潤しておけ。」


 気を使われたのだろう。言葉に甘えて水を口に含んだ。


「随分森を歩くのに慣れているんだな。これでも森の中は得意だと思っていたのだが、ついていくので精一杯だった。注意も怠ってしまっていたし不甲斐ないよ。」

「…そうか。」

「あー…何処か心当たりでもあるのか?随分と足取りに迷いがなさそうだが。」

「…一応目的地はある。」

「そうか…聞いたことが無いと言っていたが…」


 どうにか話題を探そうとするがあまり反応が良くない…

 暫く休憩をして再び進み始めたが、気を使われたようで先ほどよりも速度は遅くなり周囲に気を配る余裕ができた。途中何度か魔獣と出会いそうになったが約束通りできるだけやり過ごした。遭遇する魔獣はCランクが多かったが時々BやAランクもいて、こちらが気付かれないか冷や冷やしたが何とか去ってくれた。

 やがて少し開けたところに到着し、彼はそこに佇む大きな樹に登り始めた。取り合えず後に続いて樹に登る。


「今日は此処で夜を明かす。落ちないように気を付けろ。」

「ここって樹の上でか?」

「この種の樹は理由がわからないが魔獣がめったに寄り付かない。ほかの場所よりは安全なはずだ。」

「…途中魔獣をやり過ごした場所は?あそこでは駄目なのか?」

「…あれは途中やり過ごした魔獣たちを狩るような魔獣の縄張りで、その気配を魔獣たちは避けたんだろう。長く留まると気配の元に出くわすぞ。」


 ぞっとした…やり過ごした魔獣にはどうやっても勝つ姿を想像できなかったものもいた。それらを狩る魔獣…遭遇しなくて良かったが、大分危ない橋を渡っていたことに今更ながら気づいて彼がいて助かったと改めて思う。せめて教えて欲しかったが。


「…一体これほどの知識や技術をどうやって身に着けたんだ?今日の様子だとそんなものを身に着ける前にほとんどの冒険者は命を落とすだろう。Bランクである私でも一人では余程の運がない限り生きて出られない…それ程の腕ならば特例としてでも高ランクを与えられてもよいものだが…」

「…さすがに討伐をしていない人間がいくら森から生還できたとしても運が良かったとしか思われないんじゃないのか。森での過ごし方についてはもともとが森で囲われた村生まれだからそこで学んだ。」

「私も森で育ったがディックほどじゃない。いったいどう教わったんだ?」

「?どうも何も…普通だぞ。あんたに話したようなことの大半は父からの教えだ。」

「…大分一般常識から外れたようなものだったぞ。そもそもこの樹もあれほどの魔獣も見たことが無い。ディックの故郷はどんな魔境なんだ?」

「俺も此処の生植物は初めて見たよ。いたのは普通のやつだ。…あえて違うとすれば場所のせいで他と交流がないから怪我も病気も治せないことぐらいだろう。だから必然と怪我を負わないようにしなければならなかっただけだ。」

「…なんというか…すまない。だが、その特殊な環境がこうして生存し続ける結果に繋がったのだからよかったのではないか。」


 その結果が他の冒険者に非難される結果になるとは…まるでエルフや獣人のようだな。…こうなると戦闘の方はどのようなものかと気になってくる。


「魔獣を狩ることはないのか?」

「確実に勝てる相手で、どうしても狩る必要がある場合くらいだな。」

「あまり戦闘経験はなさそうだな。ではどうやって勝てるか見極めているんだ?」

「…なんでそんなに俺のことを聞きたがるんだ?ここ二日ほどで、あの村に住んでからの会話量と同等以上話している気がするぞ?」

「命を預ける者のことを詳しく知りたいと思うのはおかしいことか?それにだ、ディックの実力は少なくともこの森では私以上なんだ。少しでも情報を手に入れたいと思うのは普通のことだろう?」

「この森について話さなければならないことはもう無い。さっさと休め。」

「見張りはどうする?」

「各自で警戒してればいいだろう。」


 …そうか、ずっと一人だったから交代で見張りをするという考えがないのか。この様子だと交代で見張ることを提案しても警戒し続けるだろう。私もこの森で熟睡できる気がしないし、おとなしく従おう。

 彼はもう話は終わりだというように顔を背け、食事を始める。口元の布は外さないようで、布の下に運んでいるのは干し肉や固焼きパンのような冒険者が良く選ぶような保存食ではなかった。気になって注視するとそれは冒険者が食料の尽きた時に最後の手段として口にする栄養を補うためだけを目的としたものだった。一粒で数日を生きながらえるための栄養を詰め込んだそれはとんでもなく不味い。とある英雄譚には毒肉を食べたほうが動けると記されていたほどで、あまりの不味さにのたうち回ることで有名である。それを当たり前のように口に運ぶ様を見て自分の頭がおかしくなったかと思った。

 …そうか…疲れているんだな…

 私は意識を手放した。




「…おい、起きろ。」


 急に体を揺さぶられ、私は意識を覚醒させる。その際思わず杖に手を掛けたのは仕方のないことだろう。周囲に気をやっていたはずなのに触れられるまでわからなかった。これが敵ならば私は今頃生きていないだろう。…全く気配を消すのが上手過ぎる。同時に周囲にも気を配るが魔獣の気配はない。何かあったのかと問いかけることにしよう。


「何かあったのか?敵の気配はないが…」

「まさかこのタイミングでアタリを引くとは思わなかった。唯一この樹に近づく魔獣が来る。振り落とされないように樹につかまりつつ、最悪樹が折れた時に飛び降りる心構えをしておけ。」

「何が…」


 詳しく聞こうと口を開いたが何かが樹にぶつかる衝撃にさえぎられる。と身体が動かなくなる。何か強大な獣の口の中に入れられた感覚とでもいうべきか、あまりにも強い気配に本能的に死を悟る。現状を把握しようと無理やり視線を動かすと樹の根本に一体の獣がいた。大きさや形は一般的な軍馬に近しいがその全身には白い鱗でおおわれており、月明かりを反射しているのか輝いている。額には縦に二本のやや湾曲した鋭い角が生えている。『竜』だ。初めて見る獣であるのになぜかそう確信していた。その獣は樹の幹に向かって何度も突進を繰り返している。私たちが樹の上にいるのをわかっていて振り落とそうとしているのだろうか。

 生きた心地がせず、必死に樹にしがみついていると彼が口を開いた。


「あれはこちらには興味を持っていないはず。まれにこの種の樹に一晩中突進を仕掛けてくるが今まで樹が折れたことは見たことが無い。力試しか爪とぎみたいなものか…もしかしたら縄張りの臭い付けかもしれない。一度だけ正面から出くわしたことがあるが見逃してもらえたから、積極的にほかの生き物を狩ろうとはしないのかもしれない。大人しく居なくなるのを待つ。」

 

 こいつ莫迦なのか?あんなのがすぐ近くにいて動き回っているのに何でそんなに普通に動けるんだよ。あれは天災とかと一緒だ。ほんの気まぐれ程度でこちらを簡単に殺してしまえるほどの力を持っているんだぞ。亜竜と相対したときもこんなふうにはならなかった。あの時も体が震えはしたが杖を構えることが出来た。それがどうだ…姿を一方的に見ただけで指一本動かすことが出来ない。Sランクには竜を倒したものがいると聞いたことがあったが、亜竜か幼体を勘違いしただけじゃないのか?あれは戦えるものじゃない。

 恐怖で動けないだけかもしれないが、その姿から目を離すことが出来ずにいた。やがて夜が明けてきたころにその獣はこの場を去っていった。その後も放心したかのようにしばらくは動くことが出来なかったが彼に促されて樹から降りる。足元を見ると先ほどの獣のであろう一枚の鱗が落ちていた。私は思わずそれを拾い、彼に問いかける。


「この鱗…私が貰ってもいいか?」

「…多分人に見られたら死ぬぞ。気配を探られても終わりだろうな。」

「これでも魔術師だ。容量は小さいが収納できる。それなら探られないだろう?」

「好きにしろ。」

「ありがとう。」


 私が魔法で収納するのを確認した後、彼が進みだす。私も遅れないように後に続いた。

 余程彼の探知能力が高いのか、それとも先ほど手に入れた鱗のおかげかあれから一度も魔獣に出くわすことなく二日が過ぎた。知らないと言っていたエルドの涙を探すそぶりも見せずに迷いなく進む姿に疑問を抱いたが、ここまで来てこの森では彼に従うのが一番生存率が高いことを思い知らされているために下手に口を開けない。余程この森を熟知していて何処で何がとれるかがわかり、行ったことのない場所を目指しているのであろうか。それとも知らないという言葉が嘘であったのか。どちらにしても私は母を助けることを優先すると決めた。母の身に危険が迫らない限りここでのことは他言しないし、終わるまでは彼を信じることにしたんだ。

 会話もなく森の中を進んでくと急に視界が明るくなり、やや開けた場所に出た。その場の中心には古く朽ち果てた神殿があった。辺りはそれでもなお神聖な場であるかのように空気がピンと張りつめており、少し息苦しい。神殿には私が全力で力を籠めようとも形成することのできないほど強固な結界が張られているが、直接目で見ない限りわからないほどに隠蔽されている。多分、魔力を探知してもここにはたどり着けないだろう。

 そんな結界が張られている神殿に、彼はまるで家に帰るかのように緊張した様子もなく足を踏み入れていく。人が出入りしていても結界が壊れた様子がないので、拒むようなものではないと思いながらも足を踏み入れるのには躊躇してしまう。それでも彼が出てくる様子を見せないので、ここが目的の場所であるのだろう。母を助けるため。私は自らの命を捨てる覚悟で神殿に足を踏み入れた。

 神殿の中を奥に進んでいくと、祭壇であったと思わしきところに彼と見知らぬ女性の姿があった。私はその女性の姿が現実であると受け入れることが出来ずに体が固まった。悲鳴を上げようとしたのであろう、私の口は無意識に開閉するが息の漏れる音しかしない。 

 その女性は背丈こそ私とそう変わらないようであるが、姿が似ているからこそ私と明確に異なる部位が気持ち悪く恐ろしい。腰まである銀髪は緩くウェーブを描いており女の私から見てもとても美しくうらやましい。また白く透けるような大きく形の整った胸はささやかである私からすれば羨望と嫉妬の対象である。しかし、その四肢は赤黒く禍々しい。まるで手足自体がそういう形をした武器であるかのように大きく鋭い。『魔族』その言葉が思わず頭に浮かんでしまうほどその存在は大きく強烈であった。彼女は一糸まとわぬ姿をしてその手足を鎖で張り付けられたような格好でそこにいた。

 こちらに気付いた彼女は口を大きく歪め、距離のある私にもわかるほど鋭い歯を開いた。


「こちらに。」


 多分呼ばれたのだろう。だが私の体は動いてくれない。命を捨てつ覚悟をしたつもりであったが、そんなものは早々にして砕かれた。情けない。母のためと決めたはずじゃないのか!そんな私の様子を見かねたのか彼がこちらに歩いてくる。…ほんとになんでこいつはこんなにも普通なんだ。戦えば百戦百勝できそうなほど頼りなさそうなのに私よりも意志が強いとでもいうのか。それとも実力がなさすぎで強大さが理解できていないだけなのか。

 彼に手を引かれると驚くほどあっさりと身体が動いてくれた。そのまま彼女の前に立つ。


「ふむ…森人の気配がするが…人族か。ならば母とやらが森人か…娘よ私はエルド族が一人シャズラ。何を望み、またそのために何を差し出す。」

「わ…私はダリアという。母を助ける為に『エルドの涙』が欲しい。私に差し出せるものなら何でも差し出そう。どうか望みをかなえてくれ。」


 体が震える。怖くてたまらない。彼女は暫し考えるようなそぶりを見せると再び口を開く。


「ならばその命を…といいたいところだが…私の涙が助けになるなど聞いたこともなかった。そんな不確かなものの代償が命というのもおかしな話か。…そうだな、その腰にある魔石とではどうだ?」


 腰にある魔石…杖の宝石のことか。これがないと戦えないのだが…いや、この森では戦うことが無い。ならばなくても…でも母のもとまでは…

 魔術師が杖を失うこと…それは死を意味すると同義である。命を懸ける覚悟といっても母が助からなければ意味がない。私は決断することにした。


「わかった。受け取ってくれ。」 


 杖から魔石を外し彼女に渡す。その様子を見て、彼女は楽しそうに笑った。


「確かに。手を前に出せ、泣いてやろう。」


 震える手で皿を作り彼女の顔の前に持っていく。彼女の右目から一筋の雫がこぼれたかと思えばそれは真珠のような結晶となり手のひらに落ちた。これがエルドの涙。これで助かる。震える声でお礼を言うと一刻も早く帰ろうと急かす。早く早く。そんな私の様子を見て彼も動き出す。こうして、私は求めていたものを手に入れ森を後にした。




 やっとのことで森を抜けると来た場所とは違うところに出た。この辺りは初めて来たので土地勘がわからず、どこに来た町があるのか分からない。歩みを止めた彼に不安を感じながら、問いただす。


「町へはどう…」

「ここを道なりに行くとこの辺りの領主の屋敷がある。そこで母のところまでの道でも聞け。あのギルドには二度と足を踏み入れるな。」


 もともとぶっきらぼうで感情が読みにくかったが、私の声を遮って告げた言葉からは何の感情も窺えない。何かしてしまったんだろうか。確かに帰りを急かしたが…こんなにも嫌われるようなことなのか。


「何か気に障るようなことでも?」

「…あんたの探し物が見つかったと知られたくない。森が荒らされるかもしれないからな。だからこのまま姿を消してくれ。」


 そういえば…彼も魔化病に罹っているって言っていたな。じゃあ彼もエルドの涙が必要なのか。でも彼はあのエルド族と知り合いのようだった。ならもっと早くこれを手に入れてもおかしくないんじゃ…


「それの効果は知らない。俺はあんたとは別の取引をした。その代償が森の維持だといっただろう。」


 そういうと彼は小さな瓶を取り出して私に差し出す。中身は…エルドの涙じゃ!?なんで持っているんだ?そしてなぜ私に?


「なぜ…」

「杖に宝石がないからな。そのせいであんたの母親が助かる前にあんたに死なれるのも気分がよくない。使えるかわからんがないよりはましだろう。」

「…そうじゃない!…いやそれもあるんだが…知らないと言っていただろう?なぜ持っているんだ。」

「…涙は両目から出るものだろう?これは左目から出たもので、あの時初めて手に入れたんだよ。」


 …そういえば彼の目は色が違ったな…あまり気にしていなかったが彼女の目の色も似たようなものだったような…目を欲しがったということなのか?そんなことが出来るともしようとも思わなかったが…彼も誰かに…いや、あの医者に何か言われたんだろうか。それでこの森とエルド族のことを知ったのか。…止そう。彼はこの森を守っている。私は此処に近づかない。もう関わることのない人の事情を詮索しても意味がない。私の一番は母。それでいい。


「…はあ。わかった。ありがとう、助かった。」

「…気まぐれだ。」


 私は先ほど言われた道を歩き出す。後ろは振り向かない。ただただ道が交差しただけの人だ。みんな自分が大事で他の人はどうでもいい。たまたまその場所に拘る偏屈な人間がいただけ。それだけでいい、母のもとへ。…だが、これは借りだ。もし、彼に頼られることが万が一あれば借りを返すことにしようか。

 来るかもわからないその時のために一層強くなることを望んだ。

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