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身代わりと報告




 寮の自室に戻った。扉が閉まる。

 ソファーにたどり着くと、落ちるように座った。

 深い、深い、ため息が出た。


「……ばれた……」


 ばれた。ばれた。ばれた。

 戻ってきて、その事実がのし掛かってくる。

 湊ではないと再度指摘されて、いきなり双子の姉だと言い当てられ、そこから挽回はなかった。

 言い訳させてもらいたいが、あの状態で挽回など出来ただろうか。双子の姉だ、と普通知っているはずのないことを言われて……。これは、そんなことを明かしていた弟のせいではないだろうか。


 などと下らないことを考えても、実際に「湊ではない」と見破られたのはわたしだ。

 これもまた、本家から見た目、声、とお墨付きは得ていたのに、とか言えるが……。


「ばれた」


 あるのは、その一つの事実。

 この学園生活で最もタブーとされていた事項。


「……謙弥、ごめん」

「それは、何への、謝罪ですか?」

「全部。湊じゃないってばれたことも、それをとっさに取り繕えなかったことも、全部、謙弥が何も言われないといいんだけど。全部、わたしのせいには間違いないから──」


 月城聡士の前では、どうにかひどく動揺はせずに済んだ。

 少し、平気なふりをして。

 でも、平気なはずはなかった。ばれてはいけないことがばれたのだ。


「志乃様、落ち着いてください」


 肩に手を置かれた。

 顔を上げると、謙弥が曇った顔をしていた。


「俺も、謝らなければなりません」

「……?」

「俺は、湊様が月城聡士様と手を組むとお決めになったことを、知っていました」


 え?

 耳を疑うことは、今日で何度目だろうか。わたしはとっさには理解できず、固まって、謙弥を凝視する。


「いま、なんて?」

「先程月城様が仰られていた、湊様と手を組むという事項を、俺は知っていました」


 申し訳ありません、と謙弥は頭を下げた。

 わたしは、またプチパニックだ。


「ど、どういう、こと?」

「はい。まず、元々湊様は、他の上位貴族の子息の中では一番月城様と波長が合うようでした。……他の方が白羽家の子息であったりしたこともありますが、それを抜きにしても、湊様は月城様を友人と思っておられるようでした」

「……友人」

「はい。──そして、三ヶ月ほど前、月城様と手を組むことに決めたとお聞きしていました」


 何だって?


「湊様に、他の誰にも言わないようにと言われましたが、今回それを志乃様にお伝えしておくべきか迷いました。結果、言えないまま、こういったことになってしまいました」


 また彼は申し訳ありません、と頭を下げた。


「……わたしのことを、湊が言っていたことは?」

「それは、聞いていませんでした」

「そっか。……まあ、謙弥が知っていたことはばれた原因ではないし……。ばれた、ことが問題だから」


 謙弥は律儀だな。

 手を組むことは、知っておけば何らかの態度の変化への対応に繋がっていたかもしれないが、その程度だ。


「明確な指摘は、彼に関しては時間の問題だったかと思います。……出来る限り接触は遠ざけるつもりでいましたが、あの状況で登場されると……」

「あぁ、そういえば、あれもあったね」


 襲われた、という出来事が。

 薄まるにしては大きな出来事だったはずだが、あれに関しては何だか現実味が薄い。


「あれに関しては、報告しておきます。正体が割れるかは定かではありませんが」

「そっか……」


 それなら、そのことに関しては再度頭の隅だ。

 とてつもなく疲れた頭で考える事項が減るが、まだ考えなければならないことはある。


「謙弥は、月城聡士をどう思ってるの」


 唐突に問うと、彼は首を傾げた。


「今日の、交換条件。もう信用するしかないけど、月城聡士は信用できると謙弥は思う?」

「俺自身は……どれほど月城様が信用出来るのか判断しかねます」

「うん」


 だから、謙弥は湊の話を続けることを制止しようとしたのだろう。


「ですが、湊様は月城様を信用していました」

「うん」


 湊は、月城聡士を信用していた。

 その事実を信じれば……多少はこの状況に安心できる気がした。


「……とりあえず、一回京介さんに、電話してくる」


 ポケットから携帯端末を取り出し、電話をかける。

 コール一回で、相手は出てくれた。


『どうした』


 声を聞いて、緊張という緊張が溶けていく心地になった。

 やはり、部屋に戻っても緊張は残っていたのだ。

 けれどそんな心地に浸っているわけにはいかなくて、わたしは、用件を話すべく口を開く。

 何から話すべきか、と迷って、月城聡士にばれたことを話した。

 黙っておいてくれることにはなったとは話したが、湊が手を組むと交わした約束のことは話さなかった。月城聡士との約束を信用するのなら、わたしも話さないべきだろう。


『……ひとまず、本家には黙っておけ』

「でも」

『謙弥に代われ』


 言われるままに謙弥に電話を渡し、京介さんがどう言ったのかは分からない。

 けれど、結果的に最も反応が怖かった本家への報告は様子見となった。


「……でも、いいの?」

『月城の次男が言わないって言ったんだろ? ならばれてないも同然だ。もちろん約束を破られる可能性はある。そのときも心配するな、どうとでもしてやる』

「どうとでも?」

『どうとでも』

「そっか」

『そうだ』


 そっか、とわたしはもう一度呟いた。

 京介さんがそう言うのなら、そうなのだろう。わたしにとって、最も信じることができると確信できるのは、この人の言葉だった。


『他、心配事があれば何でも言え』

「あ」


 一旦安堵したわたしは、次に白羽悠とのことを思い起こした。

 彼に呼び出され、話したことを伝える。


「戸籍をいじっているって指摘されて、それから……、イジ?」

『イジ?』


 その問いが、後になっても不思議と頭の中に残っていた。


『……遺児、か?』

「どういう意味のイジ?」


 わたしには漢字が分からない。


のこされた

「?」


 それを聞いた京介さんはしばらく黙って、戸籍関係の話はそういう痕跡があっても、双子が生まれた事実には辿り着かないようになっているから大丈夫だと言った。

 思えば、白羽悠には、月城聡士のように別人だと指摘はされなかったのではないだろうか。

 今いる湊が本物でなく、違う人物が成り代わっていると指摘したのではなく、単に戸籍の不自然さを指摘し、それが弱みになると思ったのか。あの言い方は、脅しだったのだろうか。

 ばれた、と瞬間的に最も恐れた事項を思って、途中からよく話題が追えなくなったことからも、今細かく思い出せそうにない。一度、思考を止めてしまいたいくらいなのだ。


 あとはよく分からない襲撃者についても報告すると、「それが最初に言うべきことだろう」と言われた。それについては報告をして調べておくと言われ、電話は終了。


 これで、とりあえず、いいだろう。

 あとは、なるようになれ。


 明日からの学園生活に思いを馳せながら、わたしはようやく思考を放棄する。疲れた一日だった。








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