プロローグ
鳥が、高い声で鳴く。
静かな土地によく響く声を聞きながら、志乃はガーデニングに勤しんでいた。
季節は、冬と春の間の頃。
早くも暖かい気候となりつつあり、すでに、庭の他の花壇では花が開花を迎えつつある。
「出来た」
志乃は、花壇での作業を終え、立ち上がった。
その拍子に後ろから流れ落ちてきた黒髪を払って、元の通り後ろに戻し、一緒に庭に出てきている姿を探す。
探した姿は、前方にあった。
きっちりとしたスーツ姿に、整えられた髪。整った顔立ちをした男性を見つけた。彼は服装に似合わない軍手をして、土に手を染め、黙々と作業していた。
「修さん、手伝う?」
「──おや、志乃様、もうお出来になったのですか? お早いですね。では、手をお借りしてもよろしいですか?」
爽やかな笑顔の隣にいき、花の種を分けてもらう。
「志乃様はもう庭師顔負けの腕を持っていらっしゃいますから、今年一年もまた、美しい花が咲くでしょうね」
「褒めても何も出ないよ?」
「照れる顔が出ましたね」
「……修さん、確信犯なの、罪だと思う」
綺麗な顔でにっこり笑って、スマートに人を褒めるのだから。
志乃が土をポスポスと叩くと、「土が固くなりすぎますよ」と、これまたすっと言われた。
「次の機会には、京介様も一緒に出来るといいですね」
「うん」
今日、ここに姿を連ねるはずだった『父』は、急用で外出している。
予定をずらすこともできたけれど、次の機会もあるし、去年も何回もした。これからも機会はあるから、気にしていない。
そのときだった。家の方から、何やら声が聞こえた。内容までは聞こえない。
「京介さんが帰って来たのかな?」
「……いえ、お帰りになる時間にしては早すぎます」
それに、少し、様子がおかしい──『父』の側近は呟き、軍手から土を払い、おもむろに立ち上がった。
志乃も、微かな違和感を抱えはじめる。
騒がしい。使用人たちのものと思われる声の様子が、いつもの、ゆったりとしたものではない。
「お待ち下さい!!」
緊張を孕む、制止の声が、はっきりと聞こえた。
声と同時だった。庭に、立ち入ることを許可されていない姿が現れた。
「志乃様、お下がりを」
いつもある笑顔を消した『父』の側近が、土に汚れた手袋を外し、志乃を後ろに庇う。
志乃は、立ち上がれないまま、突然現れた者たちを見る。
黒いスーツ姿。全員がそうで、人数によって、揃った服装は無機質な印象を受ける。
全員、知らない人だ。
少なくとも、この家の者ではない。しかし、スーツの襟に光るものを見て、何者かを悟った。
彼らは──
「『本家』の方々が、何のご用でしょうか。私の記憶が正しければ、事前の通達も予約もなかったようですが?」
「通達など無用」
集団の先頭に立つ男性が、確かに志乃に視線を移した。
「その子どもを、連れて来るようにとの命を受けています」
「──当主様の、命でしょうか?」
「そうです。速やかに、渡して頂きたい」
本家、当主、と聞いた瞬間、嫌だ、と志乃は思った。
誰が行くものか。
大体、なぜ、今さら。
「……それは、おかしいですね」
『父』の側近は呟いた。
志乃も心の中で呟いた。そうだ、おかしい。
──だって、わたしという存在をないものとしてきたのは、あなたたちだ。どうして今さら、わたしの存在を認識する。




