11話:一件落着ですか?
今回のを書くにのあたって、家族とは何かを考えさせられました。
「お母様すごいですの!!やっぱり私のお母様ですわ!!」
ユーリさんの話を前のめりになって聞いていたルナさんが目を輝かせています。
私も、ルナさんと同じように聞き入ってしまいました。
レナードさん、アニメの主人公みたいにかっこいい人だったんですね。
そして最後の迎え方も……。
「今話したのは有名な話なんですが、ご両親から聞かされなかったんですか?」
ユーリさんがセドルフさんたちの話をすると、さっきまで明るい顔だったルナさんの顔が曇りました。
「そう、ですね。お母様は照れ屋さんだったんですの。褒められるといつも頬をほんのり赤くして『やめろよ恥ずかしい』と言っていました……」
「セドルフさんからは……?」
「––––お父様はっ!」
顔を歪めて、急にルナさんが大きな声を出しました。
リスさんもどきの襲撃を察知したように、私の猫耳は人よりも聴力が優れています。
そんな耳の近くで高くて大きい音が出たので、キーンと頭に響いてしまいました。
私が耳を押さえているのに気づいたユーリさんがそっと、頭を撫でてくれます。
「あ、ごめんなさいですの。急に声を荒げてしまって」
歪んだ顔を戻した後、そう言ってルナさんは私を気遣ってくれました。
「にゃん」
『大丈夫ですよ』と言うと、ルナさんはホッと一息吐き、落ち着いた様子でゆっくりと話し始めました。
「お父様はお母様が亡くなってから、私にお母様の話はしなくなりましたの。きっとお父様はお母様のことなんかさっさと忘れてしまっているんですの」
それは絶対に違います。セドルフさんは今でもレナードさんのことを忘れてなんかいませんでした。
あの時流れた涙がそれを語っています。
さぁ、ユーリさん、それを伝えてあげてください!
「どうしてあなたのお父さん、セドルフさんはレナードさんのことを忘れている、と思ったんですか?」
「それは、あなた方がお母様の部屋に泊まっている……というのが決定的でしたの。お母様の部屋を他人に貸し出すなんて、お母様のことを忘れていなければできないことではないですか?」
「……」
もしかして、私たちがあの部屋に泊まらなければこんなことにはならなかったんですか……?
そんな不安を感じ、ぺたりと耳と尻尾が下がります。
「ごめんなさい、少し、あなた方を責めるような言い方になってしまって」
そう言ってルナさんは眉根を寄せたまま、口許だけで笑いました。その顔にはやるせない気持ちが浮き出ています。
「……あの部屋は、とても綺麗でした」
「え?」
「?」
ユーリさんが突然、部屋の綺麗さの話を持ち出しました。
ルナさんも私も、はてなマークです。
「あの部屋は、この屋敷の中で、特別綺麗にされていたんです」
「それが、どうしたっていうんですの?」
「セドルフさんの葛藤の象徴だということです」
すっと、ルナさんの目が細められる。
笑っているのではなくて、次のユーリさんの出方を伺うように。
「そんな部屋は、誰が掃除しているんだと思いますか?」
「それはマリーに決まってますの」
「確認したんですか?その目で」
「してないですけど、この家の使用人であるマリーが掃除するのが普通ですの」
確かに、ルナさんの言う通りです。セドルフさんはこの家の主人ですから。
ですが、そう決めつけるのは良くありませんね。
そしてそれを聞いたユーリさんは、少し眉根を寄せました。
「自分の部屋に閉じこもって何も見ていないあなたが決めつけるのは良くない」
ユーリさんの言い方には少し棘が。
「……何が言いたいんですの?」
ユーリさんが発した棘に反応し、ルナさんの声も少し低くなる。
「あの部屋を掃除しているのはセドルフさんだ」
「なんでお父様が掃除なんかするですの?」
「それは、見ればわかる。昨日も、ちょうどこんな時間だった」
ユーリさんは少し、感情的になったようで、口調が荒くなっている。
いつものユーリさんじゃないです……。
「何を見るんですの?」
ユーリさんは何も言わず、立ち上がりました。
そしておもむろに入り口の戸に近づき、そっと開け、手振りで『これを見てみろ』と伝えた。
「……」
ルナさんはふぅーと息を吐き、ユーリさんの後に続きます。
少し隙を開けた戸から、上から順にユーリさん、ルナさん、私、と顔を覗かせる。
そこからは、階段と、この階にある他の部屋が見える。
「もう少ししたら来るはずだ」
ユーリさんは小さな声で、ルナさんにそう言った。
ルナさんは黙ってそれを聞き流す。
そして少し待つと、トン、トンと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
––––上がってきたのは箒を持ったマリーさんでした。
「お父様ではないですの。やっぱりお父様はお母様のことなんて忘れてるん…ふぐっ!」
ユーリさんが、ばっ!っとルナさんの口を塞ぎ「よく見ろ」とルナさんの耳に声を吹きかけた。
ルナさんが少し身震いをした気がします。
マリーさんは私たちが泊まっていた一番手前の部屋をスルーし、二番目の部屋に入っていった。
「これからもう一人くるからな」
また、ユーリさんが声を吹きかける。
その度にルナさんが少しだけ悶えるのがわかりました。
まぁ、イケメンに抱き着かれている状態ですからね。
私も最初はこんな感じだったなぁ、と思っていると、また階段から足音が。
それはさっきよりも少し重い音でした。
やって来たのはセドルフさん。
セドルフさんは箒や雑巾などを持って、一番手前の––––レナードさんの部屋に入って行きました。
「ふがっ。お父様が、本当に、お母様の部屋の掃除を?」
ようやくユーリさんの手から解放されたルナさんが、信じられない、といった様子でそう呟きました。
「本当に、あの部屋を掃除しているんですよ。今、あの扉を開ければそれがわかるはずです」
ようやくユーリさんの言葉からは、角が取れて、元の喋り方に戻っていました。
そして、ユーリさん言葉を聞いたルナさんは扉を開けようと、レナードさんの部屋に向かって行きました。
その足取りは、そろり、そろりと忍び寄るわけではないけれど、ゆっくりとしたものでした。
廊下を渡り終えるのに、何分も時間をかけ、ようやくレナードさんの部屋に辿り着きます。
ルナさんは、ゴクリと生唾を飲み込んだ後、その扉を開けました。
「ルナ!?」
「お父様。どうしてこの部屋を掃除しているんですの?」
私たちは近づいてはダメだと思い、ルナさんの部屋の戸に耳をそばだて、聞こえてくる声だけで状況を判断することにしました。
セドルフさんはルナさんが質問してからしばらくすると、そっと口を開きました。
「私は、ルナ。お前にはレナードのことを忘れて欲しいと思っていたんだ。だから私はルナと悲しみを分かち合うことをあまりしなかった。
だが、私は誰とも悲しみを分かち合わなかったせいで、いつまでもこの部屋に閉じこもってしまった。そしてその中で、レナードの面影を探す為に、掃除を始めたんだ。ただただ虚しくなるだけだったよ、それは……」
「……それから?」
「そんなレナードの部屋に閉じこもって掃除して寝て、掃除して寝ての生活をしばらく続けていたら、そこにマリーがやって来たんだ。私は最初、マリーを邪険に扱っていたが、諦めないマリーに根負けし、マリーに悲しみをぶつけた。私が悲しみを分かち合う相手を見つけた瞬間だった。
そして私は、ルナを置いて一人、元の生活が送れるほどに立ち直ったんだ」
「……私を置いて」
「……あぁそうだ。言い訳にしかならないが、あの時の私は深い悲しみの下で判断を誤った。すまなかった」
「……お父様。私も、一人で自分の部屋に閉じこもっていました。今も、そんなものですの。お母様を失った悲しみは、私よりお父様の方が大きいかもしれませんから、そこでお父様は責められませんの」
「……ルナ」
「それより、お父様。お父様はお母様のことを忘れたわけではないのですね?」
「もちろんだ。レナードのことはこの先一生忘れない。忘れられない」
「そうでしたか、そうでしたか……」
「ルナ?」
「ごめんなさいですの。お父様。私、お父様はさっさとお母様のことを忘れてしまおうとしているものだと勘違いしていました」
「いや、私こそお前を一人にしてすまなかった」
「いえお父様。私こそ」
「いやルナ。私こそ」
その後、私こその件りが何度か続いた結果、聞き耳を立てていたんでしょう、マリーさんが痺れを切らして参入しました。
「お二人共、今からでも間に合います。セドルフ様も、まだ心の傷は癒えきってないのですから、これから二人で悲しみを分かち合い、乗り越えてください」
「……さ、三人で、ですの」
「「え?」」
セドルフさんとマリーさんの声が重なる。
「ですから、これからは三人で乗り越えるんですの」
「……三人目はお二人と、誰ですか?」
「あなたですの!皆まで言わせないでください!」
「私が、中に加わってもよろしいのですか?」
「もちろんですの。あなたはお父様を救ってくださったようですし、何より、心からお父様を愛してくださっていますから。
今まで、酷いことを言ってごめんなさいですの!!」
「そんな!頭を上げて下さいルナ様!」
「許してくれるんですの?」
「もちろんです、認めて下さるなら」
「本当は拒む理由なんてないですの」
「ありがとうございます!ルナ様!」
「マリー、あなたは私の義母様になるんですから、これからは『ルナ』でいいですの」
「ルナ様!!」
「ほら、変わってないですの」
そう言ってくすくす笑うルナさんの声と、マリーさんの嗚咽が聞こえてくる。
「ルナ、ありがとう」
最後に、セドルフさんの声が聞こえて、静かになりました。
戸の隙間からちらりと伺うと、そこには三人、抱きしめ合っている『家族』の姿がありました。
そして、上を見上げるとユーリさんが幸せそうな安堵の表情を浮かべています。
そんなユーリさんの裾をちょいちょいと引っ張り、抱っこを求める私がいました。
読んで下さり、ありがとうございます。
人って、血が繋がっていなくても、気持ちが繋がれば家族になれるんですよね。
この話に出た家族には昔の幸せを取り戻し、より幸せになって欲しいです。




