家
小さな木が一本だけ、西側寄りに植えてある土地だった。あまり、樹木に詳しくないので何の木か分からなかったが、木がなんであるかは関係なくすぐにその土地が気に入ってしまった。
定年が間近に迫り社宅を出る期限が一年になっていた。帰宅するいつもの道をなぜか、その日は通らなかった。気がつくと、いつもの見慣れた家並みがなく、小さな道が真っ直ぐに20メートルほど続き、赤い屋根の家が窓からヒラヒラとレースのカーテンを揺らし、こっちこっちと私を誘った。
「不思議だな」と思いつつ歩いて行った先に、その土地があった。30坪くらいで少し小さいとも思ったが、買うことを迷わなかった。
「家を建てるぞ」家内と娘は、驚いた顔をしたがなぜか反対せず、家族会議はすんなりと終了した。土地の契約を済まし大手のハウスメーカーに依頼し半年で家は完成した。希望した白い小端積のレンガ風の家が完成した。
土地に植えてあった小さな木は大きくなり私の腰のあたりまで成長していた。ハウスメーカーに頼んだわけでないのだが、抜かずにそこでスクスクと育っていた。ちょうど、リビングの西側に大きく取ったまどから見える位置にちょこんとこちらを見つめているようだった。
「かあさん、ハウスメーカーが抜かなかったあの木は、なんて言う木だろうね、風に葉っぱがそよいで、灰色と緑色が交互に見えて可愛いね」
「私が残してって、ハウスメーカーさんに頼んだのよ」家内は、料理をする手を休めて、その木を優しい眼差しで見つめた。
「その木はね、オリーブの木よ。古くから『幸せを運ぶ木』と言いわれてるのよ、でもね、オリーブの木は2本の木があわさってはじめ成長してオリーブの実をつけるんですって。だから『夫婦の木』とも言われているんだって」
家内は、キッチンからリビングの窓に近づき、そう言った。
「それなら、もう一本植えようかね」私は家内の少し小さくなった背中をみつめた。
オリーブの木は、私たちの話がわかったのかのように、ブルブルと嬉しそうに、灰緑色の葉を揺らした。
終わり