幸福を呼ぶ少女
そこでは命に値段がつけられる。
彼は、それを酷く冷めた目で見つめていた。
友人に誘われて、一度は断ったもののお前もいずれ家を継ぐのだからと見るだけ見て来いと義父に言われ、やってきたのは地下競売。
違法なそれ。
庶民の間では読みモノのネタになっているという、それ。
会場の舞台の上には希少価値のある商品が次々と出品されていく。
中には異種族も商品として競売に掛けられていた。
エルフに、獣人族、人魚。
全員、外見は麗しい娘である。
彼は興味なさげにパンフレットを見た。
今日は主に、そんな生き物の競売がメインのようである。
友人が人魚を落札しているのを見て、吐き気が込み上げてきた。
これが、あんなにも憧れた外の世界、か。
彼は孤児だった。
孤児院にいたのだが、いまの義父の目に止まり養子となった。
義父は商人で、とても裕福な階層の人間だった。
子供はなく、そのため後継ぎのために彼を養子にしたらしい。
義父の目は確かだと言えるだろう、彼には物の真贋を見定めることのできる目を持っていた。
「次は、サプライズか」
友人の言葉に、彼はステージを見た。
そこには、背中まで伸びた艶やかな黒髪の少女が立っている。
司会が商品である彼女の紹介をする。
名前はルチル。
なんでも天使に愛された存在で、彼女を手に入れた者は莫大な富を得るのだと言う。
「売り文句にしては嘘臭いな」
彼――リッツの言葉に友人が苦笑する。
「それがあながち嘘でもないんだな、これが。
彼女の今までの所有者は、巨万の富を得ている」
「そうなのか。なら彼女は金を呼ぶ少女じゃないか。
どうしてずっと手元においておかない?」
「それはもちろん、ハイリスク、ハイリターンだ。
彼女が主人を想い続ければ、愛し続ければその恩恵に預かることができる。
でも、彼女が愛想を尽かせば途端にその幸せは失われる。
そんな噂があるんだ」
「なるほど、主人をとっかえひっかえとはとんだ尻軽女だな」
言いながら、もう一度リッツがルチルを見た。
そのペリドットグリーンの瞳と彼の目があった。
いま、気付いた。
他の商品達同様、彼女も泣きそうな不安そうな表情をしていることに、彼は気付いた。
ルチルの目が伏せられる。
この醜悪な儀式めいた競売が早く終われば良いのに、と言わんばかりだ。
どんどん、彼女に値段が付いていく。
もう一度、顔を上げてくれないだろうか。
もう一度、彼女の顔を見たい。
しかし、少女は顔を上げてくれない。
それどころか、つけられていく値段に体を震わせている。
笑っているわけじゃない。
彼女の伏せた顔から、滴が舞台に落ちるのを見た時、リッツ知らず声を上げていた。
今までで一番高い値段がついた。
彼女は、そこでまた顔を上げた。
リッツともう一度視線が交差する。
彼女は、リッツを認めると少し驚いたようだった。
それは、横に居た友人も同様で。
「お前、金はあるのか?」
そう訊かれた。
あるに決まっている。
義父の手伝いをして貰っていた賃金。
しかし仕事以外で使いどころが殆どなく、溜まっていたそれ。
「もちろん」
「それにしても、まさか参加して競り落とすとは。
惚れたか?」
からかい半分、本気半分の友人の言葉にリッツは少女を見つめたまま、返した。
「さぁ、どうだろう?」
はぐらかしたが、彼はそれが友人の言葉通りの感情だと気付いていた。
まさに一目ぼれである。
初めて出会った、商品である少女に彼は恋をしてしまった。
助けたい。
そして、自分を見てほしいと思ったのだ。
***
私は誰なんだろう?
私には名前がない。
私を所有する主人たち。
いろんな主人の下を渡り歩いてきた。
いつからそうしているのか、もう覚えていない。
物心がついた頃には、私は買われては売られ、売られては買われた。
私を所有する人間はどうやら幸せになるらしい。
たくさんのお金を手に出来る。
そうして満足すると私は捨てられ、売られるのだ。
傷ものである私は、しかし、その幸せを呼ぶ希少動物として値段が高額になっていく。
それは、売られる度に主達が手にする富が増えていくからだ。
私にはそんな摩訶不思議な能力などない。
そう説明しても聞いてくれない。
私は、もう、本当に何度目になるか分からない舞台にたった。
いったい、いつまでこんな事が続くのだろう。
売られては犯され、飽きられては売られ。
たしかに、愛された時もあった。
でも、そんなのは一瞬。儚い夢だ。
充分過ぎるほどの財を手にいれると、私はお払い箱になる。
もう少し美しければ、ちゃんと愛されたのだろうか?
わからない。
心が冷えていく。
この舞台に立つのも、もう嫌だ。
最初は必要とされる。
だんだん、興味が薄れていく。
それは、とても苦しかった。
だって、私は愛されようと必死だったから。
ずっと、愛していたから。
主が変わるたび、前の主を引き摺って。それでも新しい主を愛して。
それなのに、最後まで尽くしたいのに、私は愛されない。
玩具だから。
お金を呼ぶ、ただの玩具だから。
今までを思い出し、これからを考えて、視界が歪んだ。
どんどん値段がついていく。
私に価値がついていく。
一際大きい、まだ幼さの残る少年の声が会場に響いた。
私は顔をあげた。
あぁ、あの子が次のご主人様、か。
いや、違うかも。従者かなにかで仕える主の代わりに私を落札したのかもしれない。
新しい主を馬鹿で愚かな私は、今までと同じように愛するのだろう。
懲りずに、きっと。
愛してほしいから。
この心の冷たさを温めるために、また私は愛するのだろう。
それが不毛だと知っているのに。
私を引き取りにきた少年に私は今までの経験を生かし、恭しく礼をした。
「この度はお買い上げありがとうございました」
私の言葉に、少年は不快そうに顔を歪める。
「あぁ、そういうの良いから。それより、ルチル」
「?」
きょとんとした表情をしたのが不思議だったのか、少年は首を傾げた。
「ルチル、だろ?」
「?」
「君の名前、だろ?」
あぁ、そうか。今度の名前はルチルなのか。
「なるほど、これから私はルチルなのですね」
「え?」
「いえ、私は主が変わるたびに名前が変わるんです。
おそらくそれは、商品登録の際前の主がつけ直したのだと思います。理由は不明ですが」
「それは――」
「それで、私の飼い主となる方はどこでしょうか?」
少年の言葉を遮り、私は訊ねる。
すると、少年は自分が私の主である、と名乗った。
「これは失礼しました。ご主人様」
私が作りモノの笑顔で頭を下げると、彼の顔は何故か悔しそうに歪んだ。
「リッツだ」
「リッツさま。ですね」
彼は私の手を握ると、そのまま会場の外まで引っ張る。
外には馬車が用意されていて、どういうわけか貴族の女性達がされるような扱いを受けつつ、私はその馬車に乗せられた。
馬車には新しい主リッツ様の友人がいて、面白そうに私とリッツ様を交互に見ると、
「へぇ、お前結構趣味良いんだな」
会場だと遠目だったからよくわからなかったけど、可愛いね、なんて言われてしまう。
でも、こんなのはいつもの事だった。
最初のうちだけ。
私はやはり、いつも通りの作り笑顔を浮かべると、礼だけ述べた。
「でも、親父さんびっくりするんじゃないか?」
「平気。むしろこれでお見合いしろっていわれなくなる」
「買った娘を嫁にすると?」
「だから、お前に協力してもらいたい」
よくわからない話を新しい主とその友人はしている。
馬車が動きだした。
話しが少しまとまる頃、私は新しい主に言われた。
「そういうわけで、今日からお前は俺の婚約者だ」
私は、あぁまたかと思うだけだった。
過去に、そういう主人も何人かいた。
そう、最初のうちはおそらく本気なのだろう。
でも、それは時が経てば薄れる感情だ。
私は、もう何度。その言葉を信じてきたのだろう。
でも、私は知っている。
今だけなのだ。
私はやっぱり、作った表情で曖昧に笑うことしかできなかった。