橋姫かく語りき
橋姫の言に拠れば、こんなゴミ捨て場の様相を呈したのは、以外な事にほんの二週間程前の事だと言う。
それも処理業者が次々と廃棄物を持ち込んだ訳でも無く、二十歳そこそこ位の男がたった一つの段ボール箱に入ったモノを持ち込んだだけだった。
中に入っていたのは、揃いのデザインの茶碗や急須、絵皿等数点の茶道具だったらしい。
その茶道具が古いだけの物で有れば、この様な事体には成らなかった筈だ、問題はそれらが古すぎた故の事で有った。
軽く百年以上の時を経たソレらは、既に意思を持つモノとしてその存在を確立していたのだ。
それは付喪神の中でも特に武芸に秀でていると語られる存在『瀬戸大将』と呼ばれるモノなのだと彼女は口にした。
「兎角、粗野で乱暴なのが件の妖かしでしてね。私ですら下手に踏み込めばズパッと殺られかねないのよねぇ……」
嫋やかな御婦人と言う風体の橋姫だが生前は武家の嫁、薙刀だけで無く短刀や鎖鎌、更には柔の術にまで精通した女丈夫として、彼女の逸話はこの地に幾つも残っている。
地元の小学校に併設された郷土資料館には、彼女が薙刀一本で仕留めたと言われている、熊の毛皮が展示されている程だ。
そんな彼女をして、身の危険を感じさせる程の腕前を持つ妖怪だと言うならば、確かに只人を近づけるのは無謀でしか無い。
だが彼女の話を聞けば橋が何故朽ちているのか、その理由がはっきりとしたのも事実で有る。
彼女は橋の魂その物なのだ。
その彼女が長い間本体に戻る事が出来なければ、彼女の魂もそしてその体で有る橋その物も、弱り衰えるのは当然の事と言えるだろう。
ならばやるべき事はたった一つ、原因の調査やら正体不明の妖怪の足取りを追ったりするのに比べれば随分と解りやすい。
瀬戸大将とやらを倒し、彼女が依代へと戻れる様にすれば良いだけだ。
「早速今夜にでも一当てしてみますか。御方よりも拙僧の方が腕が立つってな自信が有る訳じゃぁねぇですけどね……」
それでも何の得物も持たない彼女に対して、様々な事前準備が出来る分だけ有利だろう、そう考え軽い口調で元吉はそう言うが、
「それがね~ぇ……瀬戸大将だけなら、多分私だけでもなんとか成ったと思うのよ」
と困ったわ、と言いたげに小首を傾げつつ不穏な言葉をを口にする。
「……と言いますと?」
嫌な予感しかしないその言葉に、もう帰っても良いですか? と内心思いながらも聞き返した。
「此処に有る物の大半が付喪神に成りかけ物なのよねぇ……、そこまで古い物でも無いのに多少成りとも意思を持っているって事は、まぁ先ず間違いなく王様が居るわよ」
「付喪神の王様って……そりゃもしかして塵塚怪王って奴ですかい?」
塵塚怪王とは分かりやすく言えば、ゴミの付喪神……その王様で有る。
その出自のショボさのわりに、王の名を関するに相応しい強大な力を持つ妖怪の1体で有り、ソレが暴れる様な事が有れば地域に甚大な被害を及ぼし兼ねない大妖怪なのだ。
塵塚怪王はゴミを配下として支配し、その配下が増えれば増える程に力を増すと言う厄介な能力を持っている。
本吉が生まれるよりも前の話だが、東京湾のとある埋立地にコイツの同族が出現した事が有り、その時には数多くの退魔師や力を持った僧侶、闇の世界に通じて武芸者達が挑みかかり、そして命を落としたのだと伝え聞いていた。
その時は膨大な量のゴミを従えたソレを正攻法で倒し切る事は出来ず、配下のゴミ諸共に焼き払う事で決着をつけたらしいが、表向きは蝿の大量発生に対する対処として警察消防だけで無く、自衛隊までもが動員されたそうだ。
不幸中の幸いと言うべきか、らしく、此処に有る廃棄物だけが配下だと言うならば、早急に対処さえすれば何とか成る……筈である。
「王様の配下に大将たぁ……頓知が聞いてるねぇ……」
少々所では無い厄介事を知り、本吉は深々と溜息を吐きながらそう一人ごちる。
流石に何の手立ても立てずに厄介な妖怪に喧嘩を売る程、彼は無鉄砲では無い。
そもそも彼が夜な夜な妖怪退治に邁進するのは、少しでも功徳を積む事で極楽浄土へと至る為なのだ。
彼が帰依を示す阿弥陀仏――阿弥陀如来は『南無阿弥陀仏』と唱える者の生前に積むべき功徳を代行しそれら全てを極楽浄土へと導くと言われている。
だがそれは飽く迄も実家で有る寺の宗派の考え方で有り、彼自身はその教えを信じて居ないとまでは言わずとも、己の死後を御仏とは言え他者に委ねる事を良しとは思っていない。
百歩譲って俗人で有ればそれを信じて仏の慈悲に縋るのも良いだろう。
だが退魔僧としての才を持って生まれた以上、少しでも自ら功徳を積んで、阿弥陀様に掛ける苦労を少しでも減らすべき、だと言うのが彼の心情なのだ。
もっとも俗界の欲を捨て去り悟りを開く、と言う事をとうの昔に諦めた、彼はその教えで言う所の『悪人』その物なのでは有るが……
「取り敢えず、まぁ色々と伝手を頼んで何とかしてみますわ。橋姫様ももう暫く耐えて下さいな」
腰に吊るした巾着から紙巻き煙草とライターを取り出し、紫煙を燻らせながらそう言うのだった。
鬼や妖かしを相手にする際どうにも成らぬ程に相手が強力な場合、最後の手段と言えるのは炎で有る。
炎で浄化出来ぬ物は無いとされており、例え相手がどれ程の大軍を率いた王で有ろうとも、大火の計略を持ってすれば倒せぬ超常の存在は居ないのだ。
だが今回はその手は使えない、コンクリートに囲まれた川辺りなので周辺への延焼の恐れは無いが、橋桁に設置された橋姫の祠は木製で有り、その中に安置された依代事体も火に焚べて残る物では無いからである。
炎で何とかする事が出来ないならば、他の手立てを考えねば成らないだろう。
幸い地元で長く寺をやって居れば、様々な伝手やコネは幾らでも有る。
未だ大手斎場の様な物が進出して居ないこの町では、彼の実家で有る寺か町外れに有る小さな教会くらいしか葬儀を営む場所は無い。
流石に電車や車で近隣の市まで移動すれば選択肢は大きく増えるが、この町に古くから住む者の殆どが彼の実家の檀家で有る為然程問題には成らないのだ。
人間誰もが一生に一度も葬式に参列した事が無い、という事は無いだろう。
当然ながら政治家だろうと警察官だろうとある種の自由業だろうと、死は誰にでも訪れるのだから。
打てる手立てを考えながら本吉は自分の城とも言えるムジナ動物病院へと帰り着く。
「おかえりなさい先生、随分とゆっくりでしたね」
本吉が食事休憩を取っている間も、急患に備えて二人の看護師は病院内で待機である。
入院中の患畜も居らず、幸い今日は平和と言うか何と言うか、病院は開店休業と言う言葉がしっくり来るほどに、閑古鳥が鳴いていた様で二人は受付で事務仕事をしていた様で、本吉の顔を見るなりそう声を掛けてきた。
当然ながら彼女達も昼休憩はちゃんと取って居るが、二人とも弁当を持参しており病院外へ食事を取りに出る事は無い。
とは言え、彼がこうして長く病院を空けるのは、毎週金曜のカレーの日くらいで、普段は直ぐ裏手に有る実家の寺で、母の作る昼食を手早く食べてくるだけだ。
「ちょっくら親父と話をしてくるから、お客さん来る様なら電話してくれや」
自分だけで手に余る事体が目の前に有るのであれば、経験豊富な者に相談すれば良いのだ。
退魔僧として名を残す様な活躍はして来なかった父では有るが、亀の甲より年の功、何らかの良い知恵を借りる事が出来るかも知れない。
そう考え、彼は墓場に繋がる裏口の戸を開くのだった。