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黒衣退魔行 / 猫ま! 喫茶へようこそ!   作者: 鳳飛鳥
日常と非日常の狭間で生きる人々
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御坊、惨状を目の当たりにする事

 腹拵えを終えた本吉は真っ直ぐに病院へと帰るのではなく、町の西側から東へと走る線路の北側に平行して流れる川へと足を向けた。


 禿川とくがわと呼ばれるその川は、今では護岸工事によってただの小さな溝川みぞがわと成り果てては居るが、その昔には山に大雨が降る度に増水氾濫し、その川縁には草木一本生えない暴れ川だったのがその名の由来である。


 そんな川へと彼が向かうのは、あの猫喫茶で受け取った一枚の紙切れ、それが原因だった。


 それはあの店にも置かれている地元のローカル新聞の切り抜きで、一つの記事だけを抜き出した物である為日付は解らないが、先週顔を出した時には何の話も出なかった事を考えるとここ一週間以内の物なのだろう。


 記事の内容を要約すれば、その川に架けられた橋の一つ、それもつい昨年架け替え工事が行われたばかりの橋が、ありえない速度で急速に劣化し、既に工事前よりも老朽化した風体を見せているのだと言う。


 文章の中では、公共工事に対する有り得ない手抜き、と関わった業者に対する非難めいた事が書かれているが、本吉には現市長とその与党に対するネガティブキャンペーンにしか読めなかった。


 彼が向かっているのは当然その橋なのだが、手抜き工事云々で有れば獣医、僧侶その何方の立場でも出る幕は無い。


 では何故その場へと赴くのか、それは化猫で有る小松がこの記事を彼に渡した事からも想像できる通り、超常の事体が其処で起こっていると言う判断からである。


 とは言っても、橋を老朽化させる妖怪等というモノが居座っている、等という事では無い。


 むしろそれならばこんな日の有る内に行くのでは無く、普段通り草木も眠る時間に出向いてズンバラリンとやってしまえば済む話なのだから、余程簡単に蹴りが付く。


 此処で鍵と成るのは紙片を受け取った際に小松が口にしていた『居なけりゃ成らん者の姿が見えない』と言う言葉だ。


 古来日本には付喪神と呼ばれる妖怪の一郡が存在する、それは歳経た道具に魂が宿り妖怪と化したモノで、器物百年とか九十九神等とも呼ばれている。


 昨年架け替えられたばかりの新しい橋にそれが宿ると言うのは到底考え辛い事の様に思えるが、本吉は新しい橋に『橋姫』と呼ばれる古い妖怪が憑いている事を知っていた。


 何せ架け替え工事の際にその橋姫を預かり、新しい橋に住み替えさせる為に地鎮祭や開通式で御経を上げた本人なのだから。


 件の橋姫を含めた付喪神全般に言える事なのだが、魂が宿るまで愛着を持って使われた物には善神が、粗末に扱われながらも頑丈で有るが故に魂が宿るまで古く成った物には祟り神が宿ると言われている。


 長い年月を経た物には自然に湧いた魂がその様な在り方で宿る、だがそれ程の時を掛けずに魂を宿す事が無い訳では無いのだ。


 人柱や贄を捧げる様な邪法がそれに当たるのだが、この橋に宿る橋姫とその逸話はそんな血生臭い話では無い。


 その場所に最初に橋が架けられたのはこの町が御旗本の知行地だった頃の話だ。


 この地を預かっていた代官の娘が病にかかり、代官の妻が病回復を祈る為、寺へとお百度参りに通っていたのだが、ある日増水した川を強引に渡ろうとして、彼女は川に飲まれる事となった。


 不幸中の幸いと言う事か娘は回復したが、愛妻家であった代官は悲嘆に暮れ、その代官を哀れんだ旗本の嫡男は自腹を切って、その妻が通っていた道に橋を架ける様指示を出したのだそうだ。


 草木も定着しない暴れ川に橋を架けた所で、直ぐに流されるだろうと誰もが思ったが、どういう訳かその橋は、護岸工事とそれに伴う近代化工事が行われるまで、幾度もの大水に晒されても流される事は無かった。


 と此処まで語れば解るであろうが、この橋に憑いて守っていた『橋姫』と言うのは、その代官の妻その人だったのだ。


 橋その物に問題が有るのであれば、橋その物と言っても過言ではない彼女が住み替える際に気付かぬ訳も無く、その後も彼女が静かに微笑んで橋に佇んでいるのを遠目ながら何度か見た覚えが有る。


 だが……


「言われてみりゃ、此処暫く姿を見てねぇなぁ……」


 己の不明に恥じ入り、短く刈り込んだ頭を掻きながら本吉は件の橋へと向かうのだった。




「おいおい、ひでぇなこりゃ……」


 橋から少し離れた場所の表法面に設けられた階段を下り、表小段を少し歩いて橋の下へと入る。


 そこは遊歩道の様に整備されては居らず、しかも大水が有れば川の流れの中に沈む場所であり、好き好んで今場場所を通る者は殆ど無い、そんな場所の筈だった。


 だが其処には数えるのも馬鹿らしい程のテレビや自転車、洗濯機に冷蔵庫……その残骸が堆く積み上げられ、まるで投棄場の様な有様である。


 しかもどうやら此処に捨てられているのは、粗大ゴミの類だけで無く、生ゴミまでも少なからず混ざっている様で、耐え難い汚臭が辺りに漂っていた。


「新聞にゃぁ書かれてねぇが……こりゃあからさまに不法投棄の現場って奴じゃねぇか……」


 彼が此処に下りたのはこの現状を知っての事では無い、下から橋桁に安置された橋姫の『本体』の様子を確認しようと考えたのである。


 だが橋のほぼ中心部に設置された神棚とも仏壇とも付かない構造物は、今居る位置からでは見えず、見える所まで踏み込もうにも乱雑に積み上げられたゴミの山は何時崩れても可怪しく無い状態で、臭いも相まって入り込むのを躊躇わせるには十分な状態だった。


「取り敢えず通報……だよなぁ。先ずこのゴミを片さねぇ事にゃぁ何にも出来ねぇわ……」


 誰に言うでも無くそう呟き、階段へと振り返ったその時だった。


「少々待っておくんなまし。只人を呼んで片すのは無理な話で御座いますよ……。何せ私すらも近づく事が出来ぬ有様で御座いますから……」


 消え入りそうな声で本吉の背にそんな言葉を掛けるモノが居た。


 彼が振り返るまで其処に居なかったのは間違い無い。


「……脅かしっこ無しでお願いしますよ、橋姫様」


 口ではそう言っては居るが、全く動じた素振りも無く声の主に改めて向き直る。


 其処には上品な黒留袖に身を包んだ、本吉と同年代の三十路半ば位の御婦人が、困った様に眉を潜めた表情で立って……いや浮かんで(・・・・)居た。


 古典的な幽霊の表現を踏襲して……と言う事では無いだろうが、彼女は膝から下が透けて見えない状態なのだ。


 いや足だけでは無い、比較的はっきりと見える顔から胸に掛けても常人の目には映らず、その手のモノを見慣れている本吉の目ですらも気を抜けば、その姿が消えて無くなり兼ねない程に、彼女は存在感とでも言うべきものが欠如していた。


 幾ら実体を持たぬ、幽体とでも表現される存在とは言えども、本吉の様な修行を積んだ『視える目』の持ち主で有れば、本人がその姿を隠そうとした所で、目に映らぬと言う事は無い。


 飽く迄も本体は橋桁に安置されている物で有り、それから切り離された状態の彼女はその存在を維持するのも難しい程に弱っているのだ。


 あの惨状ではこの御婦人が立ち入るのを嫌がるのも当然……と言う感じだが、当然ながら不潔が原因で消滅の危機を迎える程、酔狂な存在では無い。


「完全に消え去る前に御坊殿がお見えに成られて安心いたしましたわ。とは言え、毎日少しずつ身が削られていく程度の事、我が子が苦しむ姿を見るのに比べれば、断然ましですけれどもね」


 弱々しいながらも袂で口を隠しながら笑うその姿は、生気を失って尚も陰らぬ美しさを湛えた物に見える。


「……んで、何が有ったんで?」


 その姿に一瞬見惚れ頬を赤らめた本吉は、視線を反らしながらそう言葉を返すのだった。

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