表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣退魔行 / 猫ま! 喫茶へようこそ!   作者: 鳳飛鳥
日常と非日常の狭間で生きる人々
5/28

宵闇に跳ぶ黒衣の影と白衣の狸

 夜尚眩き摩天楼……と呼ぶには幾分、いや大分足りぬ、それでも無数の窓から零れ出る明りや街灯の輝きは星の瞬きを霞ませるには十分な物と言える。


「人は闇を恐れるが故に、灯火で闇を削る……か」


 だが灯火によって範囲を狭めた闇は、より深く深く煮詰まる事はあれども、決して消え去る事は無く、 深まった闇は更なる闇を孕み、新たなる恐怖を生むだけなのだ。


 とは言え闇そのものは決して恐れるべき物では無い。


 人は闇無くして安息を得る事は出来ず、光と闇それら双方が有って初めて人の営みは回るのだから。


 故に真に恐れるべきは、深い深い深淵の闇に潜む悪しき悪鬼羅刹共なのだ……。


 そしてそれは21世紀を迎え少なくない時が過ぎ、平成の世も終わろうとしている、今日に至っても変わる事は無い。


 眼下に広がる街並みは所詮は地方都市、4階5階建てのビルが幾つか有る以外は軒並み背は低く、彼が足場としている場所からは遮る物無く全てを見渡す事が出来た。


「……見つけた」


 都市を一望出来る展望タワー、その屋根の上に立った彼は一言そう呟くと、手にした錫杖を鳴らしながら漆黒の着物を翻し、丑三つの空へとその身を躍らせる。


 垂直に伸びた壁面を駆け下りその勢いを殺す事無く跳躍し、一つ、二つ、三つとビルの屋上を蹴り、更なる飛躍を続け跳んで行く。


 そうして彼が向かうのは一際明りの集まった一角、夜の店が軒を連ねる繁華街……から一本外れた暗い暗い路地だった。


 だが街灯一つ無いとは言え其処余りにも暗く深い闇に包まれている、その場所に面した窓がない訳では無い、近くの街灯の光が届かぬ程に奥まった場所という訳でも無い。


 丸で空間を切り取ったかの様な闇の中へと、その闇に負けぬ程の玄を纏った彼は足音も無く静かに降り立った。


「随分と派手にヤッてるじゃねぇか……」


 盛り場から然程離れて居らず、客引きの声や雑踏の音それらが聞こえぬ筈も無い距離だと言うのに、その場には男の発した言葉と何者かが咀嚼する汚らしい音のみ響き渡る。


 影の中に蹲り何かを食って居たそれは、日本人ならば誰もが一度は絵本か何かで見たことの有る『鬼』そのものだった。


「ンダァ? オデノ飯邪魔スッド、オメェモッチマウゾ」


 身の丈10メートルは有ろう血の様に真っ赤な肌のその鬼は、丸で人参でも齧るかの様に手にした人の腕らしき物を頬張りながらそう言った。


「ひのふのみの……。一晩で5人も食い散らかすたぁ意地汚ねぇ鬼畜生だな……。てめぇ誰に断って俺の縄張り(シマ)で人間に手ぇ出してんだ? ぁ゛あ゛!」


 その身に纏う漆黒の和装に金襴の袈裟手にした錫杖は、それがコスプレの類で無ければ彼が僧職に有る事を指し示している。


 だが目深に被った網代笠から零れ出たその鋭い眼光は、仏の慈悲を体現する僧侶の物では無く、完全に堅気では無い者のソレだった。


「不味ソウナ坊主ダナァ……オメ生臭ダロ。オメガニグラウノト、オデガヒド食ラウノト、ドウ違ウンダァ?」


 しかし鬼は坊主の眼光に怯む事は無く、嘲りの笑みを浮かべそう言い放つ。


「俺ぁよぅ……修行が足りてねぇんだ……お釈迦様みてぇにお前ぇさんに説法一つで柘榴を食って生きろなんてなぁ事ぁ言えねぇ」


 けれども彼は鬼の言葉に答える事は無く、ただ静かに祈る様にそう呟き……


「ア……レ?」


 錫杖に仕込まれた刃を一閃。


 人の目には映らぬ速さで鬼の後方へと彼が抜けたその時には、既に鬼の首は高々と刎ね飛ばされていた。


「南無阿弥陀仏……俺に出来るのは、お前ぇと食われた者達が極楽浄土へ行ける様に祈るだけさね。向こうへ付いたら阿弥陀様に宜しくな……」


 刃を収め眼前で片合掌し、祈りの言葉を口にする。


 笠を返り血に染めた彼の瞳は先程とは打って変わって、無残に失われた者達の冥福を祈る慈悲深き僧侶その物だった。




「次の方どうぞ」


 作務衣の上に白衣を羽織った狸の焼き物に良く似た福々しい顔立ちの医者らしき男がそう言葉を放つ。


 優し気なその瞳の彼は丸で別人の様にすら見えるが、黒衣を纏い鬼を斬っていたあの僧侶本人で有った。


「先程の方でお待ちの患畜は最後ですよ、先生もお昼食べて来たらどうですか? いつものお店、行くんでしょう?」


 そんな言葉を返したのは、三十路を回ったかどうかと言った年頃の、絶世の美女……とまでは言わずとも愛嬌の有る顔立ちの看護師の女性だ。


「そうか、紺野君すまんね。じゃぁ私ゃちょいと遅いランチと洒落込むか。ああ急患が有れば携帯鳴らしてね」


 時計の針は頂点を通り過ぎ既に二時を指している、人より早い時間に朝飯を口にする彼の胃袋はとっくの昔に空っ穴を訴えていた。


「そう言うんだったら、ちゃんと携帯電話持っていって下さいよー。先生何時も置きっぱなしなんですからー」


 言いながら古めかしい携帯電話を彼に差し出したのはもう一人の看護師、此方は未だ幼さの残る成人するかしないかと言った年回りの娘だった。


 幾つもの小動物の骨格標本と並んで充電器に差し込まれていた携帯電話スマートフォンを受け取り、付けられた長いストラップで首から下げる。


「すまんね、衣笠君。どーも私はこの携帯電話って奴に慣れなくてねぇ……」


 そんな事を曰う彼では有ったが精々三十代の半ば頃と言った年回りで、青春期にはとっくに普及していた筈だ。


 にも関わらず彼が携帯電話に不慣れなのは、彼の手に有る型遅れの携帯電話を形見として手にするまで携帯電話を持っていなかったからである。


 とは言え、彼の家が携帯電話を持つことが出来ぬ程に困窮していた訳では無い、むしろ経済的な面では世間一般的には富裕層と呼んで差し支えの無い家の生まれだ。


 なにせ奨学金を使う事無く二つの大学――それも片方は六年制で、トータル十年間大学生をしており、その間学費や生活費に困る事は無かったのだから。


 では何故、彼は携帯電話を持つ事が無かったのか?


 高校までは単純に親の教育方針、そしてソレを手にした事で堕落したとしか言いようの無い程に成績を落としていった友人を目の当たりにしていたからだ。


 折角地元でも一、二を争う難関進学校へと奴ともう一人の友人と共に揃って合格したと言うのに、それを活かす事無く名前を出すだけでも眉を潜められる様な……とまでは言わずとも、あの高校からの進学先としてはあからさまに格の落ちる大学にしか行けなかった。


 流石にそのまま腐り切る事は無く、改めて努力を重ね無事就職し、順調に出世を重ねて居たと言うのに、奴は不慮の事故でこの世を去り、その形見として親御さんからこの携帯電話を受け取ったのを切っ掛けに自分でも使う様に成ったのだ。


 住職を父に持つ彼は、幼い頃から人の死と言う物に良く触れ、死出の旅路に付く者達が極楽浄土へと迷わず逝ける様、阿弥陀如来に祈るのは息をするのと同じ位、当たり前の事で有る。


 寺の跡継ぎとしてその道を歩む為、仏教学部へ進学した事にも迷い等無く、当然の事と受け入れ僧侶として生きる事に何ら疑問を抱く事は無かったのだが、卒業を目前にし父から住職だけでは食って行けぬ、何らかの副業を見つけその為の金は出すと言われたのだ。


 それで選んだのは遥か北の大地に有る大学の獣医学部、地元から遥かに遠い北海道へと行ったのは僧侶としての修行と、獣医としての学問を両立するのに都合の良い立地だったからだ。


 獣医学部に通う六年間、彼は大学から然程遠くない場所に有る僧房を住処として、朝は日が登るよりも早くから修行に励み、昼間は授業や実習に全力を尽くし、夕方からは又修行と言う日々を送った。


 卒業後は四年間、獣医の修行として僧房から然程離れていない場所の商店街に有った動物病院に勤め、その後実家の寺に隣接した場所に親の金で自分の病院を建てて貰い開業獣医と成ったのである。


 合わせて寺の様々な事に付いても父の引退も視野に入れ引き継ぎを始め、法事や葬儀等も任せてもらえる様に成ったのが、今から二年前。


 真逆こんなにも早く友の葬儀を取り仕切る事に成るとは夢にも思ってはいなかった。


「先生? あまり遅くなると、お昼ゆっくり食べれなく成りますよ?」


 携帯電話を手に今は亡き友の事を思い返して居いる内に、時計の針は大分進んでおり、紺野の言葉を聞いて、彼は慌てて動物病院を飛び出すのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ