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黒衣退魔行 / 猫ま! 喫茶へようこそ!   作者: 鳳飛鳥
日常と非日常の狭間で生きる人々
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癖の有る店員と常連達

 なーおぅ、にゃーん、ごろなーご……ふにゃぁー


 生猫の声とは少々違う、だが明らかに猫を意識したと思われる声が丁度4回鳴り響く。


 店内に置かれた猫をモチーフにした大きな仕掛け時計が午後四時を知らせる為に鳴いたのだ。


 とは言え人の耳にはそう聞こえるだけで、電子的に合成されたその声は猫達の耳には仲間の物とは受け取られては居ないらしく、それに応える者は誰一()居ない。


「あら、もうこんな時間なのね。そろそろお店を開く準備しなくっちゃ。お支払お願いするわ」


 占い師はそう言いながら席を立つ、口とは裏腹にしっかりと時間を確認していたらしく、皿もマグカップも綺麗に空に成っていた。


「何時も有難う御座います。あ、山田くん粘着ローラー持ってきて上げて」


 差し出されたお代を受け取りながら、アルバイトの青年に指示を出す。


 基本的に営業時間中、店主はカウンターとその奥に有る厨房から出る事は無い。


 調理と言うほどの事をしている訳では無いが、それでも人の口に入る物に猫の毛や汚物等が混入してしまわぬ様、営業中は猫に触れる訳には行かないからだ。


 飲食はカウンターで取って貰う様にしているので、フロアーでの仕事は基本的に猫に関するトラブルやこまめな清掃作業と言った所で、アルバイトに掛かる負担は然程大きな物では無いとは思う。


 お客さんが居ない時には猫達と遊んで居ても構わないし、賄いと言うほどの物では無いが、賞味期限が切れそうな在庫の品が有れば、廃棄するよりは食べたり飲んだりしてもらったりもしているので、時給よりは待遇面でも良い仕事に成っていると信じている。


 アルバイトが出勤してこなければ開店すら儘ならない営業形態なのだから、良い職場作りを心掛ける様、先代から口酸っぱく言われて居るのだ。


 しかし過重労働で心身を害し、暫くの療養生活を強いられた事の有る彼は、ブラックにだけは絶対に成らないと誰に言われるまでも無く肝に命じていた。


 そんな店で働くアルバイトの一人で有る山田と呼ばれた青年は、店主が店を引き継ぐ前から勤めて来れている古株で、一昨年大学を卒業して以来は開店から夕方までこの店で働いている兼業バンドマンだ。


 リードギター兼ボーカルを務める彼は、普段ならば声を掛ければ『はい! 只今!』と元気よく返事を返し即座に動き出すのだが、今日は何故かその声が聴こえない。


 訝しみながら店内を見回して見れば、猫達に囲まれ幸せそうに微笑む二十歳半ばの女性を、鼻の下が伸びた様な表情で見つめる勤労青年の姿が有った。


 此処での収入有りきとは言え、親や他人ひとの援助を受けずにバンド活動をメインに自活出来て居るのだから、彼の所属するバンドはそこそこ人気を博して居る。


 だが、だがしかし! モテ男の代名詞とも言えるバンドマンだと言うのに、彼は年齢=彼女いない歴を未だ更新しているのだ。


 店主が一度誘われたライブを見る限りでは、彼が率いるそのバンドは演奏や歌唱力と言った技術的な部分は、下手なメジャーバンドより余程優れている様にすら思えるレベルだった。


 なのに何故、彼はモテないのか……。


 演奏する楽曲はロックで有る事は間違い無いのだが、彼らは恋を謡わず、愛を唄わず、主義主張を謳う訳でも無い、彼らが歌うのはただ『笑い』だけ……。


 彼らはコミックバンドで有り、その道を選んだ最大の理由は、メンバー全員が非常にユニークなルックスの持ち主だと言う事で有る。


 モテる男に成る為に高校時代にバンド活動を始めた彼らだったが、珍妙極まりない彼らの見目で真面目に歌えば歌う程に笑いを誘い、ライブハウスでは自分達より下手なけれども見目の良い後輩ビジュアル系に前座扱いされる始末だったのだそうだ。


 ならばいっその事と開き直って笑いを主軸とした活動に切り替えた結果、加速度的に人気を得る様に成り、今ではこの町の小さなライブハウスでは無く、都内の会場でも彼らを目当てに来場するファンが少なく無いと言う所まで来ていた。


 だがそれでもモテないのは、やはり彼らが※(ryでは無いからなのだろうか。


 閑話休題それはともかくいくら右手が恋人歴=年齢の彼で、その視線の先に居るのがこんな田舎町には似つかわしく無い、都内の繁華街を歩けば数秒待たずにスカウトが飛んでくるレベルの美少女系美女とは言え、仕事中に惚ける様な事は無い筈で有る。


「山田くぅ~ん、粘着ローラー持ってきて!」


「あ! は、はい! 只今!」


 幸せそうに見惚れて居る彼には気の毒だが仕事中で有る、そう割り切って店主は改めてそう声を上げるのだった。




「松葉ちゃん、何時もより随分と良い顔をしてるけれど、何か良い事でも有ったのかい?」


 猫達とのふれあいに一区切り付け、カウンターに付いた女性――二十六と言う歳の割りに幼さの残る顔立ちでは有るが――に飲み物を差し出しながら、店主がそう問いかける。


 彼女は子供の頃は母に連れられて、高校へ上がれば自分のアルバイト代で、月に一度はこの店に顔を出している。


 学生バイトの多くない収入から決して安いとは言い難いこの店の代金を捻出するのは、中々に苦しいらしく来店頻度は決して多くは無いが、常連と呼んで差し支えの無い客の一人だろう。


 幼い頃に両親が離婚し母子家庭で育った彼女は母子揃って大の猫好きながら、ペット禁止の住宅に住む都合上猫を飼う事が出来ず、それを埋め合わせる為にこの店へと通っているのだと、以前聞いた事が有った。


 そんな彼女だから、この店に顔を出す時は何時も良い顔をしているのだが、男達の目には普段よりも三割増しに輝いて見える。


「相変わらずお前さんは観察力ちゅう~奴が足らんのう。ほれ、お嬢ちゃんの左手を見てみぃ、随分と大振りのダイヤじゃの」


 と、店主の問いに答えたのは松葉と呼ばれた女性では無く、コーヒーを片手に羊羹を突付居ていたこのビルのオーナーだった。


 彼女はその言葉に頬を染めはにかんだ笑みを浮かべながら、ただ無言で首肯する。


「へぇ! それはおめでとう! そうかぁ……あの小さかった松葉ちゃんも、そんな歳に成るんだ!」


 幼い頃から見知った彼女が幸せを掴んだ事を自らの事に様に喜び、店主は思わずそう叫び声を上げた。


 店主にとって彼女は、妹の様な……と言えば少々言い過ぎかも知れないが、それでも身内に近いレベルで親愛の情を持っている相手だ。


「して……お嬢ちゃんの様なべっぴんさんを射止めたのは、どんな男なんじゃ?」


 手放しで喜びを露わにする店主と、その言葉を聞いて絶望にも似た表情を浮かべる山田、二人の落差に吹き出しそうに成るのを堪えつつ、オーナーがそう問えば、


「……会社の先輩で、凄く優しい人なんです」


 自分の口から婚約者を語る事に照れくささが有るのか、言葉を選ぶ様に一瞬視線を宙にやり、それから彼女は切り出した。


 その言葉に拠れば、相手は彼女よりも十歳程歳上と店主と同年代の男で、彼女の勤め先の親会社社長を父に持ち、行く行くはその跡を継ぐ事が決まっているにも関わらず、その事を一切鼻に掛ける事の無い好青年なのだと言う。


 現在勤めている会社は貿易を主な生業としており海外への出張も多いが、その忙しさにかまける事無く彼女を熱心に口説き続けたのだそうだ。


 携帯の待受に設定されていた写真を見る限りは、すごぶるイケメンと言う訳では無いが、彼女と並んで大きく見劣りすると言うほどでも無い。


 勤め先は兎も角、その親会社の方は店主でも聞いた事の有る様な大企業なのだから、玉の輿と言っても間違いでは無いだろう。


 そんな好条件の男にも関わらず、他の女の影がチラつく事は無く、2年の交際期間を経て、つい先日とうとう求婚プロポーズとして指輪を渡されたのだそうだ。


「新居はちょっと遠い所に成る予定だから、このお店には中々顔を出せなく成りそうだけど、彼の持ち家だから気兼ね無く猫ちゃんを迎えられそうなんです」


 そう締めくくる言葉を口にした彼女の表情は、嬉しさの中に寂しさを同居させた様な中々に複雑な物に、店主にはそう見えたのだった。

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