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黒衣退魔行 / 猫ま! 喫茶へようこそ!   作者: 鳳飛鳥
日常と非日常の狭間で生きる人々

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酒と狸とネタバレと……

 一階の大部分を占める緑の看板のディスカウントスーパーが閉店する時間に成っても、ビル内すべてのテナントが仕事仕舞いをしている訳では無い。


 中でも二階に有る探偵事務所や『喫茶猫庵』と同じ四階に有るゲーム制作会社辺りは、深夜を回ったこの時間でも明りが消えている方が稀な位だ。


 上階のテナントへ向かう者達への導線を店内に通しているのは『ついで客』の取り込みの為との事だが、24時間営業をしている訳では無いので閉店後に店内を通す訳には行かない。


 当然ながらそういう時に使う出入り口は有る、それはビル側面の路地を抜けた先に有る小さな空き地、そこに降りる非常用を兼ねた外階段だ。


 この空き地から見上げると、出入り口横に猫庵の飲食スペースの窓が有る。


 普段ならば当然この時間には明りが落ちている筈で、それを確認してから壁を駆け上るのだが、今日は未だに煌々と光が漏れていた。


 消し忘れかとも思ったが几帳面な彼奴が確認をしていない筈も無い。


 となれば考えられる事は一つ、彼奴はまだ店に居ると言う事だ、恐らくはまた手酌で酒を呑んでいるのだろう。


 とは言え、一杯しか呑まない様注意を払っている奴が、この時間まで呑み続けているのは珍しい事だ。


 大学を卒業し都内の公立中学校の教員に成った奴は、剣道有段者という事も有って剣道部の顧問を押し付けられ、生真面目な性分も有り休みらしい休みを取る事も無く激務に身を窶し続けたらしい。


 何事にも手を抜けず自身の事は二の次三の次とする癖が有り、しかもストレス発散が下手糞な彼奴は、本吉がこの町に戻って来た時には既に心身を患い家から殆ど出る事が出来ない様な状態だった。


 婆さんが老人ホームに入るのを決めたのは、多少なりとも体調が回復してきた奴に自分のペースで出来る仕事を与えようという、文字通りの老婆心だったというのは小松から聞いた話で有る。


 にも関わらず、婆さんが店をやっている頃から変わらずアルバイトは二人だけで、仕事の大半を自分で背負い込む様なやり方をしている辺り、不器用なのは相変わらずと言う事だろう。


 そんな彼がこんな時間まで呑んでいるのであれば、呑まずに居られない何かが有ったとしか考えられず心配するのは友人として当然の事だ。


 咥えた煙草を携帯灰皿に押し込んで煙を吐き出しながら、本吉はゆっくりと階段を登り始めた。




 ドアベルの涼やかな音を響かせガラス戸を開けると、ツンと鼻を突く熟柿の香り。


 見れば相当盃を重ねて居るらしく、何本もの一升瓶が床に転がっている。


 決して強い方ではない芝右衛門が一人で呑んだとしては少々可怪しい量だ。


 慌てて店内を見回せば、カウンターを背凭れにして床に座り酒を煽る芝右衛門の姿が有った。


「おーポン吉ぃ。お前も呑むかぁ?」


 へべれけ一歩手前の焦点の合わない目でも本吉の姿を認めたらしく、手にした陶製のグラスを乱暴に掲げ酒が溢れるのも構わず、そう言いながら笑い声を上げる。


 その笑みを注意深く観察した本吉は思わず安堵の溜息を吐く、その笑みには自嘲様な暗い物含まれておらず、何か良い事が有ったとしか思えない明るい物だったからだ。


「なんだ随分と楽しそうな酒じゃねぇか。だが悪ぃな、俺ぁ般若湯はやらねぇんだ……って摘みも豪勢だな、此方は少し貰うわ」


 全部、一階で買ってきた加工品だと言う事は一目で分かるが流石にそれは口には出さない。


 とは言え50本入りで千円少々の焼き鳥6種類に、1kgで千円弱のスモークチキンスライス、お徳用1kg入りの柿ピー……と幾ら安いとはいえ、一人で食べるのには少々所では無く多すぎる。


「……んで、何が有ったんだよ? ってお前、猫達にこんな塩っ辛い物食わすなよ!」


 その中からスモークチキンを摘み上げ、そう問いかけながら店内を見回せば、猫達が肴を掠め取ったらしく、それぞれがそれぞれ好みの物を口にしている姿が有った。


 唯一手を出していないらしいのは、意地汚いたちだった筈のまさる位だ。


 まぁ、彼奴は肉類じゃなく魚……特に鰹に目が無い上に、ついこの間結石を取ったばかりで多少は懲りて居るのかも知れない。


「ああ、ごめんごめん……まぁ、偶には良いだろ。身体に悪い物が美味いってのは人間でも猫でも変わりゃしないんだし……」


 乱暴に鶏皮串を三本纏めて掴み取り齧り付く。


 酔っぱらいに何を言っても無駄だと判断し、取り敢えず黙ってつくねを一本掴み取る。


「わざわざタレと塩で別けて焼いてるのかよ……にしたってこの量全部纏めて焼いてどうすんだ。一人じゃ食い切れねぇだろうがよ……」


 厨房にはガス式の大きな焼台が有るのは知ってるが、芝右衛門が店を継いでからは一切使っていなかった筈だ。


「厨房仕事任せれる子、雇うことにしたからさ……ちょっと試すつもりで使ってみたら楽しくなっちゃってさ」


 コイツ笑い上戸だったのか、見た事の無い親友の姿に少々驚きながら手にしたつくねを齧る。


「あ……思ったより美味い。お前料理出来ないって嘘だろ、焼き加減とかちゃんとしてるじゃねぇか」


 表面はカリッと中はジューシーで、スーパーの惣菜コーナーで売られている物よりも余程美味いと思える仕上がりだ。


 この時間に更に食えば太るし、身体にも良くない事は分かっているが、思わずもう一本と手が伸びる。


 此奴が言った通り、美味い物は身体に悪いと言うのは、まぁ真理なのだろう。


「で?」


 ぐいっと手にしたグラスを呷り、ただ一言そう問いかける。


「あ?」


 意図が掴めず、そう問い返す。


「俺じゃ無くて彼奴等……いや、小松かな? 兎に角、猫に用事が有って来たんだろ? 俺に構わず話して来いよ……」


 床に並べられた一升瓶の一本を持ち上げ床に置いた盃に注ぐ、かなり酔っている様で危うい手つきで溢れた酒がカーペットに染み込んで居るのにも構う事無く酒瓶を乱暴に置いた。


 しかしそんな芝右衛門の様子に本吉が注意を促す事は無い、その口から出た言葉が意味する事を理解するのに暫し時間が掛かったからだ。


「え……? おま……ちょ……」


 店の猫達が化け物の類だと言う事は芝右衛門は知らない筈だ、少なくとも猫達も婆さんもそれを隠していた筈である。


 驚きを隠せなかったのは本吉だけで無く、猫達も同様だったらしく咀嚼する動きが止まった。


「何驚いてんだよ、猫の寿命って確かギネス記録でも四十年行ってないだろ? 小松は俺達が生まれる前から婆さんが飼ってたって話しだし、それを考えりゃ普通じゃない事ぁ馬鹿じゃなけりゃ分かる話しだろ」


 泥酔している……にしては理路整然とした芝右衛門の言葉、その言の通り猫の平均寿命は十五年程度、ギネス記録も38年と3日と言う物だ。


 当然獣医で有る本吉は概算程度には、診察した動物の年齢を理解する事が出来る。


 その診断に依るならば、小松の肉体年齢はせいぜい3歳から4歳、人間に換算するなら20代後半から30代半ばの成猫と言って良い状態だ。


 化け猫の類は妖気を孕んだ時点で肉体的な成長や老化は止まる、余程不摂生をしない限りは病気に成る事も無い。


 小松の実年齢は本吉も知らないが、少なくとも37年以上生きており、その実年齢に対して元気が過ぎるのは事実で有る。


「二十年生きりゃ猫又に成るなんて昔から言われてんだ、四十年も生きりゃ当然化け猫の類だろうよ」


 自分で言った事がツボに入ったのか、それとも絶句した本吉の顔が滑稽だったのか、ケラケラと笑い語を上げながらそう言い放つ。


「確かに余程の阿呆じゃなけりゃ、気付いて当然だわね……ただ私等は猫又じゃぁ無いよ、猫又に成るにゃぁ猫の御山で修行しなけりゃ成らん。この世界に御山はもう無いからね、私等は修行の足りない『猫ま』さね」


 落ち着き払った様子で、立ち上がりそう言い放つ小松、その足元には食べかけのスモークチキンが落ちているのは、見なかった事にしてやるのが優しさかも知れない……。

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