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黒衣退魔行 / 猫ま! 喫茶へようこそ!   作者: 鳳飛鳥
日常と非日常の狭間で生きる人々

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男と女のエトセトラ

 いったい何があったのだ、と口には出さぬものの新規の客を連れてきた親友に、訝しげな視線を向ける事を芝右衛門は抑える事が出来なかった。


 信楽焼の狸を彷彿とさせ実年齢よりも余程老いて見える友と、並んでカレーを食べるのは年若い女性……ぱっと見る限りでは助平爺が金に飽かせて愛人を囲っている、そんな風に見えなくも無い。


 だがそんな不純な関係ならば、こんな場末の猫喫茶でカレーなぞ食わず、熱海や箱根、石和温泉辺りでしっぽりと……と、そこまで行かずとも、一寸足を伸ばせばモット値の張る上等なランチを出す店等幾らでも有る。


 にも関わらず、ホームグラウンドと言っても良いこの店にわざわざ連れてきたと言う事は、常連客として……と言うよりは、親友として紹介しておくべき相手、とそう言う事なのだろう。


 そう察し、グラスを磨く手を止めず不躾に成らぬ様目端で彼女を観察する。


 年の頃は恐らく二十代半ばから、行っても三十路を回るか回らないかと言った所だろうか?


 短く切り揃えられた髪型や、シンプルなブラウスにデニムのジャケットを羽織っただけで、目立つ装飾品を纏わぬその装いは、彼女がかなり活動的な女性なのだろうと推測出来る物に見える。


 服の上からでも無駄な肉が殆ど無く、スレンダーながらスタイルが良い事が解る程で、身長も比較的高め――160cmそこそこの本吉と並ぶと少し高く見えるが、それはヒールを履いているからだろう――で、凛とした顔立ちはモデルの類かと思わせる。


 店内に入って来てから席に着くまでの短い距離では有るが、歩く姿を見た限り軸がしっかりと立っており舞か武か……何らかの芸事に深く通じている事は先ず間違い無い、と芝右衛門の目にはそう映って居た。


 だがそれと同時に、何故こんな女性が? と言う疑問が浮かぶのも事実で有る。


 少なくとも芝右衛門が知る本吉の女性の好みは、自分より大きな女性では無くもっと小さな……本人言えば全力で否定するだろうが、彼が時折購入するPCゲームのラインナップを見る限りロリコンの類である事を疑わざるを得なかった。


 しかしそんな親友が連れてきたのは、あからさまに方向の違う少々ボーイッシュな雰囲気を漂わせる大人の女性、何か事情がある事は間違い無いだろう。


 まぁ、彼の職業的に『喪服未亡人』やら『人妻』なんかがツボ属性だと洒落に成らないのは事実だし、見た目の年齢差さえ気にしなければ穏当な範疇と言える。


 と、二人を目を伏せて観察していると、


「父に聞いた通り美味しいですね、このカレー。わざわざ連れてきて貰った甲斐が有りました」


 カレーを食べ終わり、最後に残して有ったソルトラッシーを口に運びながらそんな言葉を口にした。


「……御父様が御来店為さった事がお有りで?」


 それを聞き思わず、そう問いかけたのは仕方が無い事だろう。


 知らなければこんな場所に店が有るとは思えず、知っていたとしても一般女性ならばエスカレーターを登った所に掲示されている肌色を強調したポスターや立て看板を見れば二の足を踏む、そんな立地なのだ。


 しかも金曜日限定のカレーに付いては別段告知の様な物を張り出している訳でも無く、このビルに勤めている者の大半が食べに来るが、昔からの常連客でも偶然金曜日に来店しなければ知らない者とて居るやも知れない。


 しかし孫娘ならば兎も角、彼女位の歳頃の娘が居る金曜常連には心当たりが無かったのだ。


「……この間、家の親父と一緒に寸原先生が来たろ? 此方はあの先生の娘さんだ」


 同じくカレーを食べ終え、何時も通りに合鴨スモークを摘みながら、本吉がぼやく様にそう口にする。


「つまりあの日、和尚さんと先生が家に来たのは見合いの算段をする為だったと……」


 ニヤリと意味有りげな笑みを浮かべそう言った芝右衛門に対して、本吉は図星を突かれたと言わんばかりの苦り切った表情で、合鴨スモークを一枚頬張るのだった。




 ランチタイムも終わり、一通り客が捌けた時だ。


「若和尚さんって確かマスターと同い年でしたよね?」


 唐突に沢子がそんな事を言い出した。


「そうは中々見られないけどね」


 グラスを磨きながら首肯し返事を返す。


 普段から和装を好む本吉は実年齢より大分年嵩に見られやすい様で、比較的若く見られやすい芝右衛門とは、偶に連れ立て出掛けると下手をすると年の近い親子、と勘違いされる事すら有る程だ。


「マスターはお見合いとか、彼女とかそういう話無いんですか? 二人ともそろそろ焦らなきゃ行けない歳頃ですよね?」


 私はまだ若いから良いけれど……と、悪戯を思い付いた猫の様な笑みを浮かべそんな事を言い放つ。


「残念ながらそういう話は全く無いんだよね。休みの日も猫達の世話が有るし、この店は若い女性客なんて殆ど来ないし、出会いが無いんだよ、出会いが……」


 深い溜息を吐きそう言葉を返す、山田くんの長期休暇の話を思い出してから此方、結婚云々(この手の話)を直々聞いている気がする。


 自分では別段まだ焦る年齢では無いと思っていたが当年取って三十七、今年中に結婚出来たとしても十分晩婚と言っても差し支えない。


 出会いが無いとは言っているが、それだって言い訳の類で有る事は間違い無いだろう。


 事実、寺と動物病院の二足草鞋で自分よりもずっと忙しい生活を送っている本吉だって、ああして見合い相手とデートをしているのだから。


「そういう沢子ちゃんは、どうなの彼氏とか……」


 話を逸らすという訳では無いが、取り敢えずそれ以上突っ込まれるのを避ける為、そう水を向けてみる。


「んー、偶にイベントとかで声を掛けられる事も有るけど、見るからに下半身で話し掛けてきてるのが丸わかりな人ばっかりなんですよねぇ……」


 本吉が連れてきた女性と比べれば十人中七、八人は先程の彼女の方が美人だと答えるだろう。


 だが愛嬌の有る猫のような顔立ちの沢子は、美人と言うよりは可愛いと形容されるタイプである。


 そして漫画家志望と言うインドア派の代表とも言える彼女では有るが、小柄で出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる、少々古い表現だがトランジスタグラマーと言う表現がしっくりと来るだろう。


 そんな彼女が同人誌即売会イベントで少々露出度の高い衣装に身を包み売り子に立てば、作品も見ずに彼女を狙っているとしか思えない様な不埒な男から誘いの言葉を掛けられる事は決して少なく無いのだそうだ。


「食べてもお腹に付かないで胸に付く体質なんですよねぇ……」


 両手で自分の肘を掴む様にして腕を組み、双丘を持ち上げる様にして無邪気ながら悪意の有る子供の様に笑顔を深めそう口にする。


 仕事様のエプロンで普段は分かり辛い豊満な膨らみを強調したそのポーズに、思わず視線が其処に向かってしまうのは、悲しい男のさがと言う物だろう。


「やだーマスター、目付きが嫌らしー」


 無事悪戯が成功した、と言わんばかりに笑いながらそう言う沢子。


「ちょ……お、おじさんを誂うと痛い目見るぞ! 今、思いっきり二人っきりなんだし……」


 慌てて視線を逸しつつ、脅しを込めた声色でそんな事を言ってみるが、


「無理しても駄目ですよマスター。私に下手な事したらお婆さんに怒られますよー」


 芝右衛門に取って絶対に逆らう事の出来ない身内と顔見知で有る彼女には、完全に見透かされそう言い返される。


 ぐうの音も出ず、言葉に詰まったその時だった。


 ドアベルの涼やかな音が鳴り響き、来客を告げる。


「いらっしゃいませ~。あら、橘先輩お久しぶりです」


 即座に営業スマイルを作り、そう言って沢子が出迎えたその客は、この店では珍しい若い女性の常連――橘松葉だった。

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