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黒衣退魔行 / 猫ま! 喫茶へようこそ!   作者: 鳳飛鳥
日常と非日常の狭間で生きる人々
13/28

有閑化け猫と、野郎達の昼飯

「で、良い茶器を手に入れた食堂は、食後に美味い茶を出す様に成って万々歳。馬鹿たれは身内の事とはいえ盗みがバレて大目玉。ついでにリサイクル料金を取って置きながら、不法投棄を繰り返してた悪徳業者がとっ捕まった……と」


 猫喫茶が定休日の今日は店に業者清掃が入る為、猫達は皆揃って店主の自宅で寛いでいた。


 縁側の一室に面した庭には店の8匹だけで無く、彼らと顔見知りの野良や、周辺の顔役で有る半野良の猫達が何匹も集まり、町で起こる様々な事柄に付いて情報交換を行っているのである。


 基本的に店とこの家以外へと出る事の無い店の猫達にとって、この猫集会は外の事情を知る手段では有るが、店のテレビや新聞や雑誌等を読む智慧を持つ化け猫には数ある内の一つに過ぎない。


 むしろ猫達の方が年嵩の化け猫に様々な相談を持ち込む為に集まっていると言う方が正しいのだ。


 とは言え人が生きて居る場所ならば大概猫は居るもので、また自由気ままに何処へでも入り込む猫達の情報網ネットワークは時に人のソレを超える事も有る。


 地元の情報で有ればマスコミよりもオバちゃん達の井戸端会議の方が、詳細な事実を知っている事も有る、程度の話だが……。


 兎角、つい数日前に討伐されたばかりの塵塚怪王の一件、その顛末は既に猫達の間に広まっており、そこから派生した情報を適切に流した結果、先程口にした内容と相成った訳だ。


 だが話題に飢えた猫達に提供されたそんな話も、


「なんともまぁ、何処にでも有るつまんない話だねぇ。もうちょっとドロドロとした因縁めいた話に発展しなかったのかい」


 人の浮世とは無縁の猫達はこの言い草である。


「そして早速、生臭とアホボン連れ立って件の飯屋でランチちゅ~訳でっか。そこでどっちも女の子を誘わんかったんを、沢っちが知ったら楽しい事に成りそうでんなー」


 そしてそこから話題が若い衆の色恋沙汰に向かうのは、やはりオバちゃん達の井戸端会議と変わらない。


「三人揃って昔から色めいた話が無いのは心配だったけど、一人が抜け落ちて衆道しゅどう一直線じゃぁ本当洒落に成らないよ……」


 冗談めかした物言いの三毛猫――戎丸えびすまるに対して、同じ日本猫でハチワレの小松は心底心配した様子で深い溜め息を付く。


「今度こそ邪魔も入らず懇ろに成ってくれると思って見てりゃ、真逆あの子にゃ別のいい男……此方の坊やは坊主と逢引……勘弁しておくれよ」


 思い詰めた様子でそう続ける小松だったが、


「いやいや、あのボンクラが衆道の徒って事ぁ無いだろうさ。ほれ、あの子の寝床の下からこんなん出てきたよ」


 それに待ったを掛けたのは、アメリカンショートヘアのあおいで有る。


 ソファーやベットマットの隙間を好む彼女は、家主で有る芝右衛門の寝床に潜り込み、そこで見つけた物を引っ張り出してきたらしい。


 それは誌面の八割り近くが肌色の比較的上質な紙をで作られた出版物、もっとストレートな言い方をすればただのエロ本だ。


 そこに写ったものには何の興味も湧かないが、この国の人間達が交尾を秘め事とし、この手の物は隠す物で有る事くらいは理解している。


 同時に隠し持った物を確認すれば、その性癖を見抜く事は比較的容易な事だと言うのも間違いない。


 よほど偏った倒錯性癖が有る者ならば、それをカモフラージュする為に自分の好む物以外を、見つかりやすい場所に隠す事も有るかもしれないが、少なくとも幼い頃から見知った店主は、曲がった感性の持ち主では無い様だ。


 とは言え葵が発掘してきた物の殆どが共通のモチーフで撮影された物ばかりなので、偏っているには偏っているのだろう。


 ソレら写真集その全て、キャビンアテンダントや看護師と言った制服を纏った女性達の痴態を撮影した物だったのだ。


「……それ坊やが帰って来る前に片しときなよ。曲がり間違ってもお袋さんに見られる様な事の無い様にね」


 だが運命という奴は何処までも残酷に出来ているらしい、噂をすれば影と言う訳では無かろうが、玄関の鍵を開きビニール袋の音を響かせて、誰かが家の中へと入ってきたのだ。


 この時間、家に戻る可能性が有るのは、店が休みな店主かパート仕事を終えた彼の母親位で有る。


 無論ほじくり返した本をもう一度元に戻す時間など無い。


 猫達は皆自分にゃぁ関係ないと言わんばかりに、顔を洗い、香箱を組み、それぞれが思い思いの姿勢で寛ぐのだった。




「いやぁ……食った食った……あの量であの値段なら、味は値段相応以下に成り兼ねないのに、最後まで飽きさせる事の無い良い塩梅だったんな」


「うむ、最後に頂いた茶、アレと茶請けだけでも十分に商売に成るんじゃないか?」


 芝右衛門が食べたのはカツ丼と蕎麦のセット、本吉は衣笠丼とうどんのセットだ。


 別段本吉の宗派では肉食を禁じている訳では無いが、この町の中であれば、坊主で有る事は誰でも知っている事実で、肉を喰う姿を見られた事で余計な騒動に発展した事も一度や二度ではない。


 坊主=菜食主義者と言う図式が皆の頭には出来上がっているらしく、時折無記名の投書が寺や動物病院に投げ込まれる時も有る。


 気にしなければソレまでの事だし、実際禁じられていない宗派なのだから、誰に文句を言われる筋合いも無いのだが、避けられるトラブルは避けた方が無難だ。


 それ故本吉は、店主も客も事情をよく知る店じゃ無ければ、可能な限り肉を注文する様な事はしない、……カレーはその出自から天竺でお釈迦様だってソレを食っていたんだ、これは食べる線香なんだ。 と主張していた。


 丸に禿の一文字を冠した暖簾を潜り楊枝でせせりながら、川沿いを歩きそんな事を言い合う二人。


 実の所こうして二人で外食というのは初めての事で有る、高校時代にはもう一人の友人を含め三人で……と言う事ならば何度と無く、それこそ数えるのも馬鹿らしい程、彼らは常に行動を共にしていた。


 二人がこの町に戻り、再び三人がつるむ様に成ってからは、仕事の忙しさも有って以前ほどずっと一緒に居る訳では無かったが、それでもちょくちょく飯くらいは共にしている。


 それが完全に途切れたのは二年ほど前の丁度今頃の季節、友人が兇弾に倒れそのまま命を落とし、帰らぬ人となったのだ。


 外国人が犯した事件の捜査過程で殉職した彼に付いて、マスコミは連日連夜様々な憶測と共に、明らかな扇動としか思えない様な酷い報道が続き、それを押さえ込む為に彼の家族は尽力してた。。


 友人代表的な扱いでマイクを向けられた事も有ったが、そこで彼が語った彼にとっての真実は、マスコミにとってセンセーショナルな内容で無かった様で、報道に乗ることは無かった


 と言うか、あの青年を悪し様に扱ったマスコミ関係者達は、ほぼすべての物が謎の病を得て、二度と人前に面を出すことは出来ぬ状態に成ったそうだが。


「ありゃぁ、茶葉が良かったんじゃねぇか? そんなに淹れる道具で味が変わるもんかね」


 ましてや付喪神――それも暫くはゴミ溜めに放置されていた道具を使って。


「いや、やっぱり道具は大事だよ。使い慣れた物も良いけれど、良い道具は使いこなせば、間違いなく力に成る」


 コーヒーの美味い淹れ方、美味いブレンドを追求する事に余念のない芝伊右衛門は、茶やコーヒーの様な誰にでも出来る事だからこそ、アマとプロの腕の差、そして道具の違いと言う物が顕著に出るのではないか、と思っていた。



「まぁ、飯の事ぁ良いやね。俺っちが作れるのは一部精進料理くらいなもんだしな、美味い物食いたけりゃお前のとこでも、さっきの店でも行けば良いんだ」


「毎度有り、次はモットお高いメニューを用意して待ってるよ」


 そう言いい、顔を合わせて笑い合う二人。


 この瞬間芝右衛門はその身に待ち受ける悲惨な運命等何一つ想像だにしていなかったのだ。


 ……まさかいい大人に成って、隠していたエロ本を机に積み上げられる等という辱めを受ける事になろうとは……。





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