奇手に依る決着と後の処理
別段法力や法術などと呼ばれる様な上等の手立てでは無い、その手の超常の御業はたった一つを身につけるだけでも、長い長い修業が必要だとされており、しかも才有る者でも必ず実を結ぶという物でも無い。
ただ一瞬相対するモノの目を眩ませる、その手段を手に入れる為だけに大仰な修行をする必要は無い、便利な道具が様々存在する現代、それらで代用出来るのであれば、わざわざ余計な苦労を背負い込むのは時間の無駄だ。
同じ時間を使うなら僧侶としての修行、獣医としての経験を積む事に使いたい、武芸武勇の修練を通して精神修養を積むのも良いだろう。
無論その手の超常の業を極めんが為に人生の大半を捧げる者が居り、そういった手合を否定するつもりも無ければ、その手の異能持って当たらなければ対処出来ない様なモノが居る事も否定は出来ない。
だがそれでも本吉はそれらに手を伸ばすつもりは無い、飽く迄も自身は人で有り、人の手に余る様な過ぎたる異能を求める事が、仏の道に通ずるとは思えないからだ。
彼が放ったのは袈裟の袖に仕込んだ懐中電灯の光であった。
たかが懐中電灯と言うなかれ、それは駅の北口側に有るペンギンマークの大型ディスカウントストアで購入した軍事用と言う触れ込みのソレだ。
圧倒的な光量のそれは、直視すれば人は勿論バケモノの目ですら眩ませるには十分な代物で有る。
普段ならば事前に相手を見極め必要な道具を取捨選択して来るのだが、今回はその様な暇も無く考え得る全ての状況に対応出来る様に、様々な物を袈裟の彼方此方に忍ばせており、はっきり言って職質でも喰らえば全く言い訳など出来ない状態だ。
もっとも主武装で有る仕込み錫杖の時点で、銃刀法違反なのだが……。
「ぬわーーっっ!! 目が! 目がぁぁぁあああ!」
閑話休題、一瞬の隙を突いて繰り出された光は、瀬戸大将の首元から顔だけを出した状態の塵塚海王の目を焼く事に成功していた。
小さな小さな手で自らの瞳を覆い叫び声を上げる塵塚怪王、その動きにリンクしてか、それとも共に光に目を焼かれたのか、瀬戸大将も薙刀を取り落とし壺に書かれた目を覆っている。
「悪ぃな……卑怯卑劣は人間の専売特許なんだわ。悪魔ですら悪意では人間にゃぁ敵やしねぇってな。南無阿弥陀仏、向こうで阿弥陀様によろしくな……」
瞑目し片合掌でそう呟く、その時点で既に繰り出し終えた一撃は、狙い誤る事無く塵塚怪王の小さな首だけを跳ね飛ばしていたのだった。
「此度は諸共に討ち取られても文句すら言えぬ所を救って頂き誠に忝のう御座る」
言いながら見事な土下座を披露していたのは、塵塚怪王を討ち取られ正気を取り戻したらしい瀬戸大将で有る。
「古い縁有るモノを無事に助けて頂いた事誠に有難く、御礼の品も用意できぬ私共ではありますが、必ずこの御恩には報わせて頂きます」
本体を取り戻し、昼間よりは大分存在感を増した橋姫もそれに並んで頭を下げていた。
彼女の言に拠れば瀬戸大将の現身で有る茶道具は、この地を治めていた代官が所有していた筈の物で、その内の一部は生前の彼女が嫁いで来た時に持ってきた嫁入り道具だったのだそうだ。
それを此処に置いたのはその子孫の内の一人で、金に困った彼は本家の蔵に忍び込み、金目の物を持ち出し質屋へと持ち込んだのと言う。
だがその質屋では幾つかの物はそれなりの値段で買い取られた物の、骨董品は専門外との事で大した値が付かず、東京の骨董商へと足を伸ばすと出処を疑われ、かと言って家に持って帰ったり、蔵に戻す時に勝手に持ち出した事がバレるのを恐れ橋の下に隠したのだ。
本家が再び留守に成るのを見計らって回収し蔵へと戻すつもりで、瀬戸大将もただ静かにその時を待っている筈だった。
しかし運悪く、この川上に有る廃棄物処理業者の廃品置き場に現れた塵塚怪王に目を付けられてしまう。
人に打ち捨てられた物の怨念をや怨嗟を糧とする小さなバケモノは、単体ではなんの害を成す事も出来ない程度の存在だが、人間に捨てられた付喪神未満の物を束ね取り込みその体とする事で、人間に復讐するただソレだけを望む存在なのだ。
古く使われ無くなって久しい瀬戸大将を捨てられた物と思い込み、自らの一部として取り込む事で手早く力を得ようとしたらしい。
けれども人間に愛着を持って扱われ、使われては居なくとも別段粗末に扱われて居た訳では無い瀬戸大将は、人間に悪意と破壊を振りまくだけの存在に成り下がる事を良しとせず、可能な限り抵抗を続けたのだと言う。
相手は配下が増えれば増えただけ力を増していく存在、廃品置き場から配下を少しずつ運び込まれその妖力が瀬戸大将を上回った時、それ以上抵抗する事も出来ず強制的に支配下に置かれたのだそうだ。
一度支配下に置かれてしまえば、鉄砲水作戦で配下を削り取られ弱った妖力でも、身体の制御は奪われたままだった。
「……お前さんが頑張って来れなけりゃ、俺ぁズンバラリンと殺られてたなぁ間違い無さそうだな。此方こそお礼を言わねぇと行けねぇやね」
煙管に煙草を詰めマッチで火を付けると、美味そうに一口それを吸い込み、それから頭を垂れ、
「んで、これからどうするね。お前さんが人に害を成そうってな事じゃなけりゃ、どうこうしようたぁ思わねぇが……このままずっと捨て置くのも違うだろう?」
それからそう口にした、出処が解っているのであれば持ってく事も出来る、と言外に言っているのだ。
「……博打に溺れ、借財の返済に家財を勝手に持ち出す様な愚か者が、私の子孫から出るとは本に情けない事。少しくらいは痛い目に会わせねば懲り無いでしょうね」
返答を返したのは橋姫だった、そう言う彼女は、心底情けない……と怒りを通り越して最早無表情で吐き捨てる様にそう口にした。
「拙者としてはやはり道具として正しく使われる者の下へと行きたいのが本音では有るが、同時に此度の様に御方様が危うく成る事体に対応出来る場所に居たいとも考えて御座る」
元の場所へと持ち帰れば再び蔵の肥やしに成るで有ろう事を考え、少し迷う素振りを見せた後そんな要望を口にする。
「んー、そう言う事なら、この近くに橋姫様の血を引いてて良い茶器を日常的に使い、此方方面にも明るい御人が居ますわ。彼処ならこの橋になんか有った時にゃぁ直ぐに解るでしょうよ」
江戸の本家からこの地を任されていた代官は維新後もこの地に根を下ろし、この土地の名士として生きて居た。
この町に古くから住む一族で有る以上、当然の様に有力な檀家でも有り、少なくともこの町に住むその血族の顔と名前はだいたい一致する。
その中でも橋姫の宿るこの橋から見える場所で、小さな定食屋を営む分家筋の一家が居るのだが、その店主の老人は代金さえ払うのであれば、人も妖怪を区別無く持て成す人物で、常連客の中には人に混じり生活する妖怪も少なく無い。
そんな店を営むだけ有ってその老人は、現役の退魔僧で有る本吉でも勝ち目の見えない豪の者で有る、瀬戸大将を預けても心配は無いだろう。
「ああ、彼処の見世ね。彼処の親子丼美味しいのよねぇ、偶に出前をお願いするけれど本当に良い腕をしてるの、ああいう子孫が居ると誇らしいわね」
……橋と地域の守護神とでも言うべき存在で、実体を持たない彼女は、当然ながら収入は無い、出前の代価は一体何処から捻出しているのだろうか?
そんな疑問が脳裏をよぎるが、何やら危険な物を掘り出しかねないと感じ、本吉はただ黙ってその言葉を聞き流すのだった。