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黒衣退魔行 / 猫ま! 喫茶へようこそ!   作者: 鳳飛鳥
日常と非日常の狭間で生きる人々

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丑三つに響く轟音と剣戟

 川沿いに設置されたガードレールに凭れ掛かり、胸に溜まった煙を吐く。


 袈裟を纏い網代笠を被った僧侶の装いで、錫杖を肩に立て掛け左手で煙管を口元へと運ぶ。


 丑の三つ(午前2時)に成ろうかと言うこの時間帯、その姿を見る者が居れば、時代錯誤な僧侶の霊……とでも思われかねない、そんな風情だった。


「……ったく、説明も無しに此処で待ってろったって、何時まで待ちゃぁ良いんだろうねぇ」


 鬼や妖怪と相対するのは、先日もそうだがこの位の時間で有る事が普通だった。


 超常のモノ共の大半はこの世界に確たる実体を持たず、何らかの理由で活性化した状態で無ければ、現世に干渉する事は無く、また此方から干渉する事も出来ない事が多いのだ。


 例えばある種の吸血鬼は被害者の寝台の上でしか他者を害する事は無く、しかも当人が招かなければ活性化する事が出来ない。


 その他にも被害者がその縄張りで転んだ時にだけ活性化し人を襲う『送り狼』や、死体を適切に葬らず放置し続けた時に活性化する『以津真天』等、特定条件下でのみ活性化する妖怪は決して少なくない。


 だがそれら条件を満たさずとも、またそう言った条件を持たないモノでも、現世の全てが眠りに就くとされる丑三つ刻には現世に姿を現すのだ。


 故に基本的に化物退治をするならば、この時間を選択する事が大半なのである。


 とは言え殆どは人畜無害で精々鉢合わせた人間を驚かせる程度のモノでしか無い、中には先日の鬼の様に人を喰らうモノや、粗末に扱われた付喪神の様に人に害意を持つモノも居るが、切った張ったの大立ち回りに発展するのは精々数ヶ月に一、二度程度の事だ。


 超常の存在事体がその程度の数しか存在しないという訳では無い、大概の場合事件を起こす理由が有り、それを調べ取り除いたり、または本体を探し出したり、因縁を読み解いたりして丁寧な供養をする事で決着が付く場合が多いのである。


 今回の様に人的被害も出ていない内から、完全に荒事前提で動くと言うのは実の所稀有なケースなのだ。


 本来で有れば情報収拾に日数を掛け、戦わずに決着を付ける方法を探する所なのだが、人間に対して友好的で件の橋だけで無く周辺地域の守り神的存在でも有る橋姫が、その存在維持すら危うい状態で有る以上少しでも早く決着を付けなければ成らないのである。


 また下手を打てば国を揺るがしかねない大妖怪が相手と成る可能性に、自らの手には余ると父を頼ったのだが、その父は碌に説明する事も無く、ただこの位の時間に戦支度を整えて此処で待て、とだけしか言わなかったのだ。


 煙管の煙草が燃え尽きそれを携帯灰皿に落としたその時だった。


 川上から地響きにも似た音を立て、凄まじい勢いで水が流れて来たのである。


 規模こそ桁違いでは有るが、丸で水洗便所の水でも流したかの様に、橋の下に積み上げられた廃棄物の山は突き崩され、あっという間に流れていく。


「……おいおい。こんな手を使うなら、俺ぁ此処に居る必要ねぇじゃねぇの」


 何をするまでも無く決着が付いた気配を感じ、思わず煙管を取り落としそうに成った、が次の瞬間、天端近くまで増水した川の中から何かが飛び出してくる。


「無茶苦茶シテクレヤガルナ人間! ココントコロノ天気デ鉄砲水タァ……ドンナ妖術ヲ使イヤガッタ? 折角集メタ材料ガ全部流サレチマッタジャネェカ!」


 壺に土瓶、茶碗と言った陶磁器を甲冑の様に纏い手に薙刀を構えた、その姿は妖怪絵巻に語られる瀬戸大将その物だった。


 しかしその言葉を発したのは瀬戸大将では無い、頭部に当たる部分の壺には落書きの様な顔が描かれているのだが、螺旋状に描かれた瞳は明らかに目を廻している事を示しており、口元にはバツ印が書かれたマスクの様な物が張り付いているのだ。


 よくよく目を凝らして見れば、その首元にはもう一つ小さな……と言うか丸でロボットを操縦するパイロットの様に小さな小さな小鬼の顔がそこには有り、激昂した様子で怒声を張り上げていた。


「妖怪が使うから妖術なんだろうよ、人間にゃぁ……少なくとも俺にゃぁそんな大それた力はありゃしねぇよ……」


 恐らくはあの小さな鬼が塵塚怪王なのだろう、ゴミの王、付喪神達の総大将、そう称されモノは妖力を用いて瀬戸大将を操って居るのだろう。


「何方ニセヨ……オ前ヲ潰サネバ次ノ陣地ヲ探シニ行ク事ハ出来ンナ……覚悟シロ、人間!」


 叩き付ける様な裂帛の気合と共に薙刀が振り下ろされた。




 二合、三合と打ち合わされる刃と刃、瀬戸大将が手にした薙刀は橋姫に聞いた程の腕前と言う訳では無く、達人という程の実力を持たない本吉でも凌ぐ事が出来る程度の物だった。


 それでも多少なりとも腕に覚えの有る彼で無ければ、とうの昔に頭と胴体が泣き別れと成っていたで有ろう事もまた事実、回避が浅かった一撃で網代笠は飛ばされ袈裟も切り裂かれ、だが肉体は辛うじて無傷という状態だ。


 初動が遅く、ワンテンポ遅れて動き出すのだが、動きその物には無駄が無く、踏み込み振り抜く速さは本吉のそれを圧倒しており、結果同等程度の動きに落ち着いて居るのである。


「折角の達人技も他人に操られてじゃぁ……見る影も無いって所か?」


 煽る様に嘲りを込めて嗤いそう嘯く、口にした言葉程に余裕が有る訳では無い。


 互いに一手のミスが命取りに成り兼ねないこの状況、冷静さを欠いた時点で勝負は決まる、

 口先一つで相手の気組みを崩す事が出来れば万々歳で有る。


「馬鹿ニスルナ! エエイ、往生際ノ悪イ! オ前トテ身勝手ナ人間ニ捨テラレタノダ、何時マデモ義理立テ等セズ我ニ従エ!」


 苛立ちを隠す事無く怒鳴り散らす塵塚怪王、どうやら瀬戸大将は奴の行動に抗っているらしく、その結果動きに精彩を欠いているのだろう。


「……ッチ! 手前てめぇの力で戦えや卑怯(もん)


 それに気が付いた本吉は忌々しげにそう吐き捨て、今まで以上に攻め手を減じ守りに比重を移す。


 瀬戸大将が人に友好的な妖怪だとすれば、それを不用意に傷つける事は躊躇ためらわれたのだ。


 人間を喰ったり、人間を傷付ける事が存在意義だったり、と人間と相容れない妖怪という物は間違いなく存在する、そういう手合を叩き斬る事に躊躇ちゅうちょする事は無い。


 だが友好的なモノを傷付け、その結果人間全てに敵対される事も有り得る、そこまで行かずともその同類同族が仲間の敵と、標的にされるケースも決して少なく無いのだ。


 付喪神は物を大事にするこの国では比較的多く存在する妖怪では有るが、同類同士で争う事も多く仲間意識が強いという程では無い。


 けれども同類が集まって外敵と戦う様な事が有ったり、武具の付喪神達を纏って戦う退魔師が居たりと、仲間と認めた存在の為ならばその身を顧みず抗うモノの話も有り、一概には言えない厄介な存在なのだ。


 付喪神と成った物は多少ならば壊れた所が自然に治る様にも成るらしく、複数の物が集合したタイプの付喪神の場合、核と成る部分以外ならば問題無いそうだが、下手に手を出してクリティカルな部分に当ててしまう訳にも行かない。


 けれども手が無い訳では無い、ただソレを成すにはほんの一時だけでも良いからもう少し隙が必要なのだ。



「アンナ鉄砲水ヲ仕掛ケテオイテ、卑怯モ何モ有ッタモンジャネェダロ!」


 本吉の言葉に更なる怒りを募らせた様子で吠える塵塚怪王、目論見通り頭に血が登れば登る程に、その動きは荒く正確さを欠いていく。


「ああ、そうだな。卑怯は俺の方だ!」


 ニヤリと狸の笑みを浮かべた直後、全てを塗りつぶす激しい閃光に辺りは包まれるのだった。

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