化猫と古狸と兇相が集う場所
「マ、マスター。な、なんかあのお客さんテレビで見た事が有る気がするんですけれど・・・・・・」
本仁和尚い言い付けられ、客を迎えに出ていた沢子は二人がメインフロアで何やら相談事をしているのを眺めながら、引きつった笑みを浮かべながら、囁く様な声でそう口にする。
芝右衛門も面と向かって会った事こそ無いが、その顔と名前はテレビだけで無くポスター等でも何度と無く目にした事が有り、この町に住む一定年齢以上の者ならば、紹介されるまでも無く知っているだろう、そんな人物だった。
「……うん、多分君が知ってる通りの人だと思うよ」
180cmを超える身長、仕立ての良いスーツそれに覆われた鍛え込まれた肉体、右頬を縦断する深い傷跡、スーツの襟元には金色のバッチが輝いている。
見た目の印象だけならば特定自由業の方にしか見えず、テレビで見たと言うのも指名手配か、百歩譲ってVシネマ俳優と言った所だろう。
何方にせよ少なくとも駅前商店街や繁華街から外れた、場末の……と表現しても然程違和感を感じる琴乃出来ない、こんな雑居ビルに姿を現す事が相応しい人物では無い。
だがその彼は本職でも無ければ芸能人と言った類の者でも無い、政権与党に所属する地元選出の国会議員、寸原輪その人だった。
地元県警退職後県議会議員を2期勤め、その後一昨年の総選挙で国会の議席を獲得した代議士としては新人としか言い様の無い人物では有るが、彼の父も祖父も地元に基盤を持つ政治家だった為、この町の最有力者と言える人物だ。
だがこの町以外の出身で、特に政に興味を持たない者で有れば、一目で彼を政治家だと見破る者は居ないだろう。
巨漢と呼んで差し支えのない体躯に、海外のブランド物と思われるスーツと覆われて尚も解る張り詰めた筋肉、そして恐らくは犯罪者逮捕の際に付いたと思われる顔の傷、襟元に輝く議員バッチも含め彼の職業を誤解する者は決して少なくない筈だ。
何せ彼が警察官をしていた頃の所属は捜査四課なのだから……。
そんな大人物が首都東京から電車一本、一時間程度で来る事が出来る町とは言え、国会会期中にこんな場所へと姿を表したのは、共に座り猫を撫でて居る和尚が呼び出したからだろう。
「……どういう関係何でしょうね?」
何かを期待するような表情で目を輝かせながらそう口にする沢子、彼女の中では既に和尚×強面議員と言う公式が出来上がっているらしい。
「地元の寺の和尚とその檀家……、ってだけじゃなくて確か前に同じ剣道道場に通ってた先輩後輩だって聞いた事が有るよ。まぁ、俺が通ってたのと同じ所だから、俺にとっても先輩になるんだけどな」
だが芝右衛門は極めて冷静にそう返答した。
とは言え小学校が3つ、中学高校がそれぞれ一つずつ有るだけの小さな町に道場が幾つも有る訳でも無く、この町で部活動以外に剣を志すのであれば皆同じ道場に通うだが……。
兎角芝右衛門が親近感を抱き票を投じる相手として彼を選ぶのは、同門で有ると言う事の他にも今は亡き親友が尊敬する先輩として、彼の名を常々口にしていたからに他ならない。
優れた剣腕を持ち、地元だけで無く広域組織にも顔が利き、正義感では無くのんべんだらりとした公務員生活のお手本だった……そんな尊敬する理由を知ればその思いも失せるのだろうが……。
二人は何やら内密の話が有るらしく、カウンターから最も遠いソファーに向かい合わせに座り、万が一余人に見られても誤魔化しが聞くようにか、毛が付くことも気にせずそれぞれ膝に猫を乗せている。
二人から視線を外しコーヒーを淹れる準備をする店主と、
「なぁ、良いだろう? ずっと前からお前の事がさぁ……」
二人から視線を外す事は無くとも、不穏な会話内容をアテレコする事に夢中で、彼らの会話に立ち入ろうとはしない沢子。
客商売を営む様に成って長いとは言い難い店主と、彼と同じ程度の店員歴しか無い沢子では有るが、こういう時には三猿――見ざる言わざる聞かざる――を貫くのが必要な事は弁えていた……筈である。
「全く人間って奴は何処の世界でも、面子やら建前やら面倒臭いもんだネェ」
頭上で交わされる遣り取りを聞きながら、小松はそれよりも更に小さな声でそう呟く。
親子程とまでは言わずとも十は歳が離れているであろう二人だが、その物言いに優劣は無く、互いに年長者を立て立場を立て対等で有ろうとしているのが、人の理に縛られぬ猫にも理解出来たのだ。
店の者の人柄をよく知る和尚は兎も角、初来店の極道もどきは店員達に聞かれても問題無い様、随分と迂遠な言い回しを多用している。
もっと本音で腹を割って話ゃ早いのに……そう思う猫達では有ったが、それを口に出す程分別が無い訳では無い。
だが小松は確かに口を開き言葉を発したのだ。
それはこの兇相の男が妖怪と言う存在を認知している事を、事前に和尚から聞いていたからで有る。
警察官だったと言うこの男は、若い頃に妖刀に魅入られた男と相対した事が有り、その後も不可思議な事件に数多く関わり続けた奇運の持ち主だったらしい。
余りにも立て続けに超常の事件に直面し続けた彼は警察官を続ける事に危険を感じ、安全安定を求めて政治家への転身を図ったが、超常事件に明るい警察出身と言う事で、党内では未だにその手の問題を秘密裏に持ち込まれる立場に収まっているのだそうだ。
「県警時代に散々世話に成った貴方に呼ばれたんだから、この手の事だとは思いましたけどね……何時に成ったら平穏な生活って奴が送れるんだかね……」
本人は県議会で十分満足していたのだが、報道される事の無い闇に葬られるべき事件が年々増えているらしく、当時の新総理自らが彼を招聘したのだと言うのだから、まぁそういう星の下に生まれた人物なのだろう。
「つーわけで、何とか頼まれちゃぁ貰えねぇかね。お前さんに頼むなぁ筋違いだってなぁ解っちゃ居るんだが、現役を退いた親父さんや他の伝手じゃぁ即応してもらうこたぁ難しいだろうしな」
事の顛末を軽く説明しその対処に付いての協力を願う、しかし具体的な方法はまだ口にはしない。
貸し借りの数は概ね一致しており、駆け引き無く押し付けるのは後々の為には成らないと言う判断で有る。
和尚はこの町に代々住む名士と呼ばれる者の大半と面識が有り、それらに頼み込む伝手は持っている、だが今回の一件は早々に決着を付ける無ければ大事に成り兼ねないと、息子から話を聞き判断したのだ。
なにせ前回塵塚怪王が現れた時には、退魔僧として圧倒的な実力を誇っていた彼の父すらもが為す術もなく命を落とし、官民問わず多くを動員して焼き払う事しか出来なかった程の強力な妖怪である。
未だその力を蓄える為か、周辺から廃棄物を集めているだけの今、退治する事が出来なければ前回同様大きな被害が出る事は想像に難く無い。
「……前回の件は俺も資料を読んだが、あれと同種の存在だとすれば確かに由々しき事体だ。だが場所が場所だし彼処は新聞沙汰に成ったばかりだ、火を放つ訳にゃぁ行かねぇぜ?」
何か手立ては有るのか? と探る様な目で先達を武士の眼差しで見やり問いかける。
その言葉はそれまでの努めて丁寧な物から、抑えては居るが刃を秘めた物へと変じていた。
「確かに炎で浄化出来ぬモノは無い、手に負えぬ化物にゃぁ浄火で当たるのがセオリーって奴だわな。だが火が使えない場所を綺麗にする手は別段ソレだけじゃぁありゃあせん」
だが触れれば斬れそうなその視線と言葉に古狸の笑みを浮かべてそう返す和尚。
この狸爺、声には出さずともベテラン政治家と勝るとも劣らぬ老獪さに、ただ無言で両手を上げて頭を振るのだった。




