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『DRL』機皇退魔陣  作者: 拾捨
地底激震編
9/58

御影

一時は難を逃れた嵐剣皇と夕であったが、いつ次の追手が迫るかは分からない。


「もう、採掘都市ここには居られないのかしら…」

父母も恋人も居ないこの地に身を寄せられる場所は思い当たらなかった。


「夕、提案がある。地上へ行くのだ」

「地上…地上ってことは…」

「国主明彦の故郷を目指す。彼はいずれ打ち明けるつもりであったようだが…彼の一族は地上を護る『退魔士』の末裔だ」


「退魔士?」

「そう…千年前の大災厄から人類を護ろうとした者達。彼らは皆、超常の力と技を今なお受け継いで地上で暮らしている」

「何よそれ。『大災厄』って、世界中で災害が同時多発したって言う…」

「それは、多くの人々に受け容れられ易いように伝え残した表向きの記録なのだ。かつての大災厄とは、『魔族』による地上人類の絶滅作戦だ。それによりかつては数十億まで種を栄えさせた人類の総数は1割にも満たぬほどに激減した。それでも今日まで種が絶えなかったのは、千年前の退魔士達が魔族を退けたからなのだ」


「と、唐突過ぎてついて行けないんだけど…」

「先の“追手”を見たばかりじゃないか。あのような人智を超えた存在は遥か太古から居て、それと戦い続けてきた歴史は今も続いている」


―――この指輪は、DRLで作られている―――


ふと明彦の言葉が脳裏に甦る。

遥か昔から存在していたDRL。我が身に降り掛かった理解を超える事象。

ありのままに受け入れるよう努めるしかあるまい。

「わかったわ。地上へ…あの人の故郷へ行きましょう」


*


嵐剣皇は今、夕の自宅があるアパートの地下に居る。


「こんな格好で彼のご実家には行けないわ」


そう話す夕であったが、実際のところ長旅への充分な備えはしておくべきだったのだ。


「この地ではどこに追手の目が光っているか分からない。夕は私の中に居た方が良い」

「じゃあどうやって部屋から荷物を運び出すの?あなたの身体じゃ余計目立つじゃない」

「問題ない。ここに居ながらに目的を果たす」


嵐剣皇の胸部から、水道管ほどの太さがあるケーブルが合わせて六本伸びる。

その先には小型のドリルとマジックハンドがついていた。


ケーブルの先端のドリルで自室の床に穴を開け、嵐剣皇の触腕が夕の自室に侵入。

6つのケーブルが器用に荷造りをし、トランクにつめた物品をコクピットに持ち帰った。


「床に穴を開けちゃったのね。大家さん、ごめんなさい」

夕は申し訳程度に呟きながら、トランクの中から下着やシャツなどの衣類を一着ずつ取り出す。

夕が破れたシャツを脱ぎ始めると、嵐剣皇が少々慌てた様子で制止した。

「待て、夕。君はまさか…『ここ』で着替えるつもりか…?」


「何言ってるの。ここから出ちゃ危険なんでしょ?第一、誰も見ていないじゃない」

「君には実感がないかもしれないが、私には君の姿が視えているんだ」

「あら、そうなの」

シャツを脱ぎ捨てた夕がスカートのホックに手をかける。


「それならせめて…下着だけは安全な場所に到着してから着替えてもらえないか?」

「下着までボロボロになっちゃってるのよ。ついでだから全部着替えるわ。あなた、もしかして恥ずかしがってる?」

「私の人格は“彼”をベースにしている。目の前で女性に肌を晒されることには抵抗がある…」

「散々人の体を撫で回しといて、今更何言ってるのよ」


抗議の言葉を全て却下され、嵐剣皇は口を噤まざるを得なかった。

暫くの間、コクピットの中に衣擦れの音だけが響くのであった。


*


破れたシャツを交換し、スカートからデニムのパンツに履き替え、セミロングの髪は後頭部で束ねる。

逃避行の準備を整えた夕が操縦桿を握り直すと、嵐剣皇は地中移動を再開し、自宅の地下を後にした。


「採掘都市の境界を通過するまでは、できる限り深い位置で穿行を続けよう」

嵐剣皇が移動ルートを説明し、夕は一つ一つ頷いて確認。


下半身全体をドリルとして回転させ、およそ40地中ノット程の巡航速度で地下を往く嵐剣皇であったが、突然ドリルの回転速度を上げ加速した。

「どうしたの?」

「夕、“追手”だ。ここは無用な戦闘をせず、最高速度で撒こう」

「ええ。戦わずに済むならその方が良いと思う」


嵐剣皇はみるみる加速し、自身の最高速度である90地中ノットにまで達する。

しかし地中上方から感じる追手の気配は一向に後方へ流れることはなく、嵐剣皇と平行に地中を走り続けている。


嵐剣皇は自身の感覚をコクピット内に生成したサブ・モニターに映し出し、搭乗者である夕に視覚的に情報を伝えた。

「に、逃げ切れないの!?」

「地中潜行でドリルロボに追いつけるなら、互角の相手、戦うしかない…!夕、今の君に地中戦は分が悪すぎる。地表で迎撃する!」

その策は、奇しくもかつて虎珠皇が踏んだ轍であった。

地中での活動にこそ真骨頂のあるドリルロボに、地上生物である人間が搭乗する矛盾である。


嵐剣皇が斜め上方に舵を切り表へ向かうと、追手もそれにぴたりと続く。

地表に飛び出した嵐剣皇は、即座に背後の追跡者に向き直り身構えた。

構える嵐剣皇に対し無手で佇む追跡者は、全身をドリルで武装した墨色の巨人、時命皇であった。


*


居住区画から遠く離れた採掘都市のはずれには荒野が広がる。

そこに、赤と黒の巨人が対峙している。


「夕、あの敵には隙が無い…最初の追っ手とは桁違いに、強い」

「ええ、隙が無いっての、何となく、わかるわ…」

戦闘に関して全くの素人である夕にも、時命皇の放つプレッシャーは感じられた。


「お前は私の同志…嵐剣皇、その人間を棄て私と来い」

「喋った!?あれにも人が乗っているの?」

「人間の気配は感じられない。同志、と言った…おそらく奴も私と似たような存在だ」


時命皇の言を無視し、右のドリルを伸長させ一直線に頭部を狙う。

時命皇は首をかしげるようにしてそれをかわした。

伸ばしたドリルを引き戻す代わりに、切っ先を自ら追いかけ高速の踏み込み。

瞬間的な速度は神域に達し、嵐剣皇の姿がかき消える。

再び姿を表わした嵐剣皇は時命皇の真横。左のドリルを打ち込む。


「どうあっても応ぜぬ、か」


側頭部を狙ったドリルの軌道が直角に逸れる。

時命皇の肩から飛び出したドリルが切っ先を弾いたのである。


すぐさま飛び退いて間合いを仕切り直した嵐剣皇。

両腕を背に回し、上体を低く構える。国主明彦から受け継いだ退魔士の秘技の構え。

踏み込む嵐剣皇の体が二つの像となって別れる。


「児戯だな」


嵐剣皇の神速の突きが空を切った。

足元には巨大な穴。

時命皇は、まるで垂直に落下するがごとき速度で地中に潜り、必殺の一撃をいともたやすく回避したのである。


「そ、そんな…!」

「夕、後ろだ!」


背後から再び地表に現れた時命皇に、嵐剣皇は回し蹴りを見舞うがこれもかわされる。

時命皇と嵐剣皇は同時に飛び退き間合いが開く。


「それは所詮、人間の業。ドリルには、ドリルの秘技がある」


時命皇の体表から突き出した十のドリルがその身から離れ、総て地中へと潜った。

ドリルの先端は時命皇の体から伸びたケーブルで繋がっている。


「ドリル奥義『金剛索』!!」


嵐剣皇取り囲み、十方からドリルが飛び交う。

直撃をかわした嵐剣皇であったが、ドリルに繋げられたケーブルが蜘蛛の巣の如く嵐剣皇を絡めとり捕縛した。


十のドリルは次に地中に潜り、総てが異なる方向へ拡がるように移動。

嵐剣皇は、捕縛されたまま大地に縫い付けられた。

同時にケーブルから伝わる電撃が嵐剣皇の躯体回路に強烈なショックを与える。


「ゆ、夕ッ!……」

「嵐剣皇!?そんな……!嵐剣皇!返事をしなさい!」

夕の名前を呼んだのを最後に、コクピットの“明かり”が消え暗闇に包まれる。

嵐剣皇に呼びかける夕だが、返事が返ってくることは無かった。


「心苦しいが…傀儡であることに甘んじると言うのなら、せめて世の役に立つことだ」

機能停止フリーズし力を失った紅の巨人を担ぎ上げ、時命皇は地中へと姿を消した。


*


「“奴”はどうだ、九十九」

革で覆われた椅子に掛けモニターを眺める男の背後から、もう一人の男が話しかける。


巨大なモニターとランプの明滅する一室は薄暗いが、九十九というらしい白衣の男に話しかけた声の主は、部屋の薄闇よりも更に暗い黒髪を驟雨のようなざんばらに伸ばし、目の前にもその束が揺れていた。


「おかげさまで、解析が進んでいるよ。いやあ、何もかも君のおかげさ」

能天気な口調の白衣の男・九十九が背後の男に向き直り、その名を呼ぶ。


深中みなか審也しんや


影をそのまま具現したかのようなその男・深中審也は、部屋の壁にもたれ腕を組んでいる。


「しかし興味深いよ。あ、ソッチの意味じゃなくってね?どうして我々に協力する?」

にこやかな薄笑いを浮かべる九十九だが、その眼差しは無機質なほど不動である。


「私には目的がある。それが、お前の目的と一致しているから利用しているに過ぎない。それはお前も同じだろう」

「ま、そうだね…それにしても、君は何者なんだい?人間、じゃないよね。“普通の人間”は、体からドリルを生やしたりしないさ―――『深中審也』と『時命皇』、どっちが“本当”の姿なんだい?」


九十九の眼光が審也を捉える。


「―――お前と同じだろう」


その視線を事も無くいなし、深中審也は嘯いた。

九十九は軽く肩をすくめると、再びモニターに視線を注ぐ。


一室のモニターには、かつてのように全身を繋がれた嵐剣皇。

その顔には、クレーンに懸架された一ツ目の鬼面のような『何か』が取り付けられていた。

洗脳マスク。

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