ドリル少女
―――我が最愛の娘に、本作を捧ぐ―――
ここは太陽系の最果て。真空の広がる宇宙空間に、少女が漂っていた。
その左腕には鋼の螺旋。
少女の片腕はドリルである。
(ここ…どこだろ……)
漂う少女は途方にくれる思いでぼんやりと考える。
ここは、生身の人間ならば生命を維持することなど不可能な闇の世界である。
身に纏った服は宇宙服の類ではなく、少女の可憐さを引き立てる花弁のような意匠のドレスで、生命維持装置など見る影もない。
それでもいささか暢気に途方にくれる彼女は人の姿にして人ならざる者。
人造人間であった。
(いつまでこうしてるんだろ…あれ?目の前がぐんにゃりしてる)
不意に、少女の目の前の空間が渦を巻くように歪む。
すぐに虚空に孔が穿たれ、みるみる拡張。
孔の中から姿をあらわしたのは、獣とも人とも機械ともつかぬ、不可思議な気配を持つ巨人であった。
「どちら様ですか?」
巨人には微塵の敵意も感じなかったがゆえに、少女は一言問いかける所から始めた。
「俺は大螺旋。この空間に出現した同胞の気配を辿ってここまで来たんだ」
思えば、少女はごく普通に声をかけた。
真空の宇宙空間である。
本来であれば音声など通ずる筈もないのだが、何故か目の前の巨人とは問題なく会話が成立している。
「同胞…仲間?」
「機械の少女。君はどこから来た?」
「西暦2017年…地球…『賽の河原』からです」
少女の口にした単語に一瞬身じろぎした大螺旋だが、黙って続きを促す。
「…地獄王って言う物凄く強力な魔族に“何か”されて、気がついたらこうなってます」
「君は1000年前から来たのか…地獄王と戦って…そしてDRLがある」
「DRL…はい、ドリル、ついてます」
きょとんと眼をしばたたかせ、少女が左腕のドリル―――前腕そのものを顔の横に掲げて見せた。
「何かの運命なのだろう」
大螺旋が自身の左腕をドリルにして見せる。
少女は大きな眼を更に丸くした。
その視線には、羨望と憧れの色があった。
「君はきっと、ここで朽ちてはならない。君が掘り抜けた隧道が、やがて俺たちの道に繋がるんだ」
「それが、私の生きる意味…?」
少女の問いかけに大螺旋は数秒押し黙り、それから静かに首を横に振った。
「違う。君が生きるのは君の意志だ。意味や使命があったとしても、無かったとしても、俺は同胞である君の力になろう」
無のみが充ちている宇宙空間で、大螺旋は再び黙る。
少女は自らの思考回路に巨人の言葉を数度周回させてから、ようやくの返答。
「……お願いします。私、みんなの所へ戻らなきゃいけないんです。力を、貸して下さい!」
少女の決意に連動して回る左腕のドリル。
その回転を見た大螺旋が、自らの巨大なドリルを少女に向け差し出した。
「君のドリルは眠っている。俺が、それを目覚めさせよう。そうすれば君は自らの力で虚空をも穿てるようになる」
「私の、力で……」
少女は大螺旋を見上げる。
しかと目の前の巨人を見据え、左腕のドリルに手を添えて頷いた。
「そして願わくば、その力を後世に伝えて欲しい。一粒の種がやがて森となって生い茂るように…君のドリルに希望を託したい」
大螺旋は、少女へ回転していないドリルを差し出したままの姿勢である。
少女はやがて、彼の意図に思い至った。
「君の事を教えてくれ」
「穿地源博士の最高傑作、唯一無二のドリルを備えた人造退魔士―――『機螺穂』です」
少女・機螺穂がドリルを掲げ。
大螺旋は、掲げられたドリルに自らのドリルの切っ先を重ね。
回帰と発展を象徴した螺旋の円錐は、ゆっくりと廻り始める。
「機螺穂。君に、千年の集大成を…『ドリル奥義』を伝えよう―――」
『DRL』機皇退魔陣
―――完―――