百機螺刹
「グオアアアアアアアアア!」
右のドリルで一人の螺卒を叩き潰すと、後方から新手の螺卒が迫る。
阿修羅虎珠皇は振り返ることなく、左の上段から生えた腕で螺卒の奇襲ドリルを掴み引き寄せた。
直後に降り注ぐ機関砲の弾丸は、螺卒を盾にして受け止める。
蜂の巣とも呼べぬ何かになった石灰の骸を投げ捨て、次なる獲物へとドリルを振るう。
六本のドリルが放つ暴風が、地表へ這い出てくる螺卒を片端から巻き上げ八つ裂きに。
すかさず後方に控えた壊天大王が制圧射撃。
雨と飛び来るミサイルとカッターが阿修羅に降り注ぐ。
身を掠めたディスク状の刃が、黄橙色の装甲を刻み、一部を剥ぎとってゆく。
虎珠皇は多少のダメージには怯まず、すべてのドリルを前方へ向けた。
飛び来る壊天大王のドリルミサイルに対し、突き出したドリルに『破導』の黒光を纏わせば、虎珠皇の正面に亜空間の盾が形成される。
空間に飲み込まれたミサイルは何処とも知れぬ彼方へ消え去った。
「穿地コラァ!子分任せにしてねェで、かかって来やがれ!!」
圧倒的な物量の弾幕を捌きながら、けしかけられる螺卒を鎧袖一触になぎ倒す虎珠皇。
その戦い振りは、かつての天原旭の延長線上にありながらも質を異にしていた。
「これほどまでに深化を遂げていたか。予測を上回るな。ああ、上回るが、私の積み重ねてきたものには及ばぬだろう」
眼下で足掻く橙の獣を見下ろし独り呟く穿地は、自身が一心に念じてきたものを噛み締めるように想起する―――
*
「我らが穿地の一族は、退魔士の一員として代々魔を制する兵器を造ってきた。
直系の宗主・穿地源が生み出したものは、これまでの兵器とは根本的に異なる『発明』だった。
惑星のエネルギーを糧として、まるで生物の細胞のように千変万化する超物質。
扱い方次第で、『種』そのものを創ることも可能となる。
しかし、惑星の核に打ち込んだ超物質の種子が地に満ちるほどに実体化には途方も無い時間が必要だ。
それでも、天才たる宗主は、遥かなる未来に自らの発明の完成を確信し、託したのだ。
私は、末裔として偉大なる祖先に応えねばならぬ。
千年を超す時を経て結実した一族の宝―――DRL生命体・螺卒。
『これ』を以って、今こそ人類に真の勝利と永久の繁栄をもたらすのだ」
*
煮え切らぬ防戦を続ける壊天大王。
旭と虎珠皇は苛立ちの眼光をぶつけていた。
その傍らへ、地獄王を下した魂鋼嵐剣皇が瞬きする間に駆けつける。
「おう、嵐剣皇の姉ちゃんか!また共同戦線といくか?」
姿だけでなく、秘めたる力も、覚悟も、かつてとは比べ物にならぬことを察した旭は、助太刀の到来を純粋に喜んだ。
「夕で良いわ、旭くん。それに共同戦線だなんて、よそよそしい言い方もよしましょう」
「ヘッ、アテにするぜ、薙瀬夕!野郎をぶっちめたら、それで終いだぜ!!」
すべての因果は穿地にあり。
集結した戦士たちは、怒りのため、正義のため、明日を生きるため、壊天大王に立ち向かう。
「地獄王を滅ぼした、か。しかしお前達にできるのは“そこまで”だろう。そうとも、“滅ぼすまで”しかできない」
穿地元はあくまでも傲慢に、自身へ牙を剥く者達を見下ろし続ける。
「私にはその先がある!破壊の後、創造をもたらすことができる!身をもって受けるか?受けたまえ、我が徳の片鱗を!」
穿地の指がコンソールのキーを押下した瞬間、二体のドリルロボは地獄界の荒野に膝をついた。
「!?虎珠皇どうした…体が重てェ!」
「夕、外部から強力な敵性プログラムが侵入してきている!私も、虎珠皇も、防衛のためシステムに過負荷がかかっている」
「ドリル奥義『百鬼夜行』!自我を持つドリルロボとて、躯体改変プログラムを振りほどくことはままならん」
DRLを知り尽くした男、穿地。
ドリルロボの躯体も彼の手がけた“被造物”であるがゆえの、圧倒的アドバンテージ。
機体と感覚を共有する旭たち搭乗者は、全身を見えない何かで拘束されているかのような不自由さを覚えた。
「野郎…どこまでもセコい手を使いやがって……!」
旭は四肢に気力を吹き込み、五体に行き渡る重みを諸共にして戦闘を続行しようとする。
「旭くん、それじゃあ駄目よ。闇雲に突進しても勝てない」
「やってみなきゃ分かんねェだろ…!」
「そんなことじゃきっと、やってみる前に終わるわ。私達が手に入れなくちゃならないのは結果。必ず成し遂げる術はある!」
夕の言葉を呑み込む旭。
魂鋼嵐剣皇に融合している戦士達の意識は既に思考を疾走させ、必勝の道筋を構築し始めている。
「「奴にも経絡は存在する。そこを突けさえすれば勝機はある!」」
礼座光の声に応えるのは嵐剣皇。
「一瞬でいい。一瞬触れることができれば、経絡の流れは解析可能だ」
彼の思考回路に浮かび上がるのは、自身の根底を形成しているデータ群。その一片。
退魔士・国主明彦から受け継いだ『経絡透視の術』だ。
「地獄王と壊天大王が同じ型のロボットだって言うのなら!」
「やり方は同じ…だよねッ!」
舞の千里眼が嵐剣皇の視界をより鮮明にする。
壊天大王の空間支配の間隙を縫い、本体へと至るべき道筋が示された。
「旭くん、まずは敵性プログラムをどうにかしましょう」
「どうにかって…プログラムわかんのか、アンタ」
「わからなくたって、嵐剣皇たちに力を貸すことはできるわ。いい?意志を螺旋状に研ぎ澄まして…心のドリルを廻すのよ」
かつて嵐剣皇が洗脳ドリル獣の支配下に置かれたときの経験から、夕はドリルロボの内部に干渉する術えを得ている。
「わかったような、わからんような…」
「とにかくやってみて。私は…先に仕掛けます!すぐに続いてくれるって、信じてるわ!」
螺旋の意志により敵性プログラムの排除をいち早く終え、嵐剣皇は百鬼夜行の縛を脱した。
半透明の装甲が眩く発光し、奥義『閃攻』ドリルが再発動。
立膝をついた状態から右の三つ指と左のドリル先端を大地に着き、脚はつま先のみを接地させ機体の重心を前方へ溜める。
不可視の速度を持ったクラウチング・スタートで、魂鋼嵐剣皇の姿は掻き消えた。
虎珠皇の傍らから消えたのと壊天大王の装甲表面にとりついたのは、完全に同時。
「見えたぞ、夕!」
人体で言う所の鳩尾のあたりにとりついた嵐剣皇は、国主の秘技『透視の術』で壊天大王のエネルギー経絡を瞬時に解析。
夕の見るメイン・モニターに点と線を合成表示した。
「夕さん、“コレ”を使って!!」
コクピット内に辰間基の声が響くと、左のドリルが紫電を帯びる。
経絡の導通に齟齬を生じさせる龍人の毒電撃だ。
超感覚によるサポートを伴い、針を通す精密さで経絡に紫電ドリルを打ち込む。
一連の動作は100分の1秒に満たぬ間に行われ、敵の懐から離脱。虎珠皇の傍らに戻る。
「機能不全…嵐剣皇め、想定外真似をしてくれる」
知覚の外で行われた破壊工作により、壊天大王のドリル奥義を制御していた回路が動作を止めた。
『百鬼夜行』の停止により、ドリルロボに侵入してきた敵性プログラムは消滅。
更に、壊天大王の足元や地中に控えた螺卒の動きも鈍くなる。
「長くは持たない!旭くん、虎珠皇!!」
「お膳立てありがとよ!後は任せろ!キメるぜ、虎珠皇ォォォ!!」
「ギャオオオオオオオオ!!!」
遅れ馳せながら身体の自由を取り戻した六本腕の獣が、空気を引き裂くような咆哮を轟かせ跳躍。
ドリル竜巻で壊天大王の巨体を見下ろすほどの高度まで上昇して急転直下のヘル・ダイブ。
六つのドリルを一つに合わせ、重力を推進力として敵の脳天を目掛ける。
壊天大王が支配する空間の境に達すると、見えない壁にぶち当たり突進がせき止められた。
それに怯むほど繊細な虎珠皇と旭ではない。
「道筋を探すなんて、まどろっこしい真似ァしねえ!通り道は、俺がつくる!!」
六本のドリルが同時に『破導』ドリルを発動。
目の前の空間にドリルの連打を浴びせ、壊天大王の支配空間を強引に掘り進む。
「ならば、直々のドリルで打ち砕いてやろう!」
正面より来る破壊の獣に、DRLの巨神はドリル独鈷を打ち下ろす。
空間を歪めるドリルと、空間を破壊するドリルが衝突。
切っ先が強烈に摩擦し、火花と金切り音が噴出すように弾けた。
「おぅ、随分と調子が悪そうじゃねえか、穿地さんよォ!」
一時は拮抗したかに見えた両者のドリルだが、次第に虎珠皇のドリルが圧で勝り始める。
虎珠皇と旭の魂が絶叫し、ドリルが放つ激烈な轟音に溶け合い。加速度的に力を高めてゆく。
「システムの復旧が間に合わんか…まさか、たかだかそのようなことが敗因になるなど。有り得ん。ああ、有り得てはならないッ!」
モニターとキーボードに向かい合う同じ顔をした者達と共に、自身もコンソールを超速度で打鍵する。
だが、彼の面の皮の下に封じた焦燥は壊天大王の巨体には伝わらない。
穿地元にとって壊天大王は、DRLは単なる手段である。心を伝え、意志を通わせる対象ではなく、そのような術はない。
ゆえに、独鈷のドリルが砕かれれば、もはや壊天大王に抗う手段は存在しないのだ。
「そろそろ…くたばれェェェ!オラァァァァァ!!」
『破導』ドリルが纏う黒光が膨張する。
ドリルのシルエットを保つ破壊空間は、ドリルの形のまま拡大。
あたかも虎珠皇のドリルがそのまま巨大化したかのように回転し、壊天大王のドリルを真正面から飲み込み―――
DRLの巨神・壊天大王は、自らを神の操り手と嘯く穿地元もろとも脳天から股下まで一直線に貫かれた。
あらゆる者を圧倒した具体的・圧倒的な力が、全身を綻ばせ崩壊する。
その崩壊は、まさに瞬く間に起きたのである。
*
崩れ行く壊天大王の骸から、黄橙色の獣が飛び出した。
十数メートルの高さから地響きと共に着地し、両脚にて衝撃を完全に吸収。
無意識に残心をとるべく向き直るさ中、虎珠皇の直感は迫り来る敵意を捉えた。
振り向きの動作をそのまま右側三本ドリルの打突に変化させる。
もはや幾度目なのか及びもつかぬ、ドリル同士の激突音が鳴り響く。
「…存外しぶといじゃねェか、学者先生」
虎珠皇が受け止めたのは、残骸が立ち上らせた白煙に紛れ放たれた何者かのドリル。
粉塵の煙が地表に沈み、襲撃者の姿が露になる。
一体のドリルロボが居る。
右は歪に隆起した白金色。左は静謐な直線で整えられた黒漆色。
陰陽表裏を体現したかのような左右非対称のDRL躯体。
左の前腕が円柱状のドリルと化し、虎珠皇の三本ドリルを押さえる。
「思いあがるな、天原旭。DRLと融合を果たしたのはお前だけではない」
顔面の左半分を覆っていた仮面装甲が開放され、その者の素顔を見せた。
鉛色の面には、たしかに穿地元の面影。
虎珠皇と同等の体躯をもった巨人は紛れも無く彼の気配を漂わせている。
「覚えているか?あの時、私は“値千金”と言ったろう。素晴らしいDRLだ、そう思うだろう」
「その口ぶりじゃ、好き好んで“そうなって”るって事か。やっぱりイカれてるぜ、アンタ」
「所詮…過ぎたる力を偶々拾ったに過ぎぬ凡夫には、理解できんことだったな」
旭は左のドリルで返答した。
対する穿地は、右の前腕も円錐状のドリルへ変じ迎撃する。
「もはや空間どころではない!この『螺刹皇』は、貴様などとは立つ次元が違うのだ!」
螺刹皇がひと度力を込めれば、押し留められていた虎珠皇の左ドリルはまとめて砕け散った。
「野郎、ようやく本気になったか!」
なおも闘志を萎えさせず残った右ドリルに力を集中する獣。
無尽蔵に込み上げる気合がドリルの回転数を上げ、上中下三点からの同時攻撃。
虎珠皇のドリルが螺刹皇に達したと見えた時、陰陽一体の姿が空間ごと渦を巻いて歪んだ。
歪んだ影はそのまま虚空へと吸い込まれ、螺刹皇はこの世から消え去る。
「消えた…野郎の臭いが…!?」
直後、螺刹皇は姿を現し、虎珠皇を四方から取り囲んだ。
分身した四つ身は、その全てから実態の気配が感じられる。
「ある神話によれば、この世は乳海をかき混ぜることで生じたと言う。私は、それは間違いではないと思う」
螺刹皇の両ドリルが共鳴と共に回転を始める。
四方同時に引き起こされた空間の歪みに苛まれ、阿修羅虎珠皇はその場に縛り付けられた。
「終わりも須らく始まりと同じくあるべきだ。貴様も“攪拌”だ。さらば、虎珠皇、天原旭」
「させないッ!」
虎珠皇の窮地に、嵐剣皇が加速し割り込む。
だが、精確無比な不可視の突撃は眼前にしかと見えている螺刹皇を“通り過ぎた”。
まるで手応えがない。
目に見えている筈の螺刹皇は、しかしながらその場に居ないかのようであった。
異次元より伸び来るドリルは、遂に抗うこと叶わぬ虎珠皇に達した。
装甲はいとも容易く砕け散り、引き剥がされ、金属光沢を放つDRL躯体も四方八方からドリルに食い千切られる。
両脚を、六本の腕を、全てのドリルをもぎ取られ。
なおも敵を睨み輝く相貌も容赦なく叩き潰される虎珠皇。絶叫すらもドリルに消し飛ばされてゆく。
そして胸部の躯体に孔が穿たれ、搭乗者たる天原旭にもドリルの切っ先が迫る。
半身たるドリルロボの爪牙をもぎ取られた彼は、それでも、それでも足掻く。
両腕を人間大のドリルへと変え、立ち向かう。立ち向かい、打ち砕かれる。
阿修羅虎珠皇と天原旭は、こうして共に粉砕され微塵と化した。
人型はおろか何者かの形すら為さぬ“彼ら”は、螺刹皇の生み出した異次元空間へと吸い込まれてゆく。
太刀打ち叶わぬ別格のドリルに“攪拌”され、より一層曖昧模糊とした空間へ溶け込んでゆく。
その跡には、ただ単なる“虚空”のみが残された――――――
*
「『百鬼夜行』、再起動―――」
螺刹皇の声に応え、地中より無数の螺卒が姿を現す。
「螺卒…まだあんなに…!」
単騎となった嵐剣皇。
夕は操縦桿を固く握り締めている。
「この地獄界には、既にDRLの『種子』を打ちこんである。無論、地上にもだ。今や、この世のありとあらゆる場所に螺卒は存在している!!」
両腕のドリルを六本指の魔手に変え、仰々しく演説するような動作で声を高くする穿地。
「無尽の軍団!それを率いる私!もはや止める者はない、そうだ、我らはいつまでも進み続ける!!」
「貴様にこれ以上同胞を利用させはしない」
地表が弾け、墨色のDRLが螺刹皇の前に立ちはだかる。
時命皇だ。
淵鏡皇との戦いによるダウンから復帰した彼は、かつて全身から生えていたドリルをほぼ失っていた。
満身創痍の身体を補っているのは、魂を通わせた“男”淵鏡皇の武装。
失ったドリルの代わりに即席の装甲として身につけている。
そして、支配されていた意識も自由を取り戻し、萎えていた身体を意志の力で再起。
更に意志を補強する者が居る。
「夕、“アタシたち”が“突破口”を開くワ。ちょっとした“博打”、付き合ってくれない?」
宇頭芽彰吾はいま、時命皇が設けた胸腔を即席の搭乗席として座っている。
嵐剣皇への通信は、淵鏡皇から持ち出した機材を用いているらしかった。
「彰吾さん、時命皇…!ええ、やりましょう。私達にはまだ廻せるドリルがある!」
互いを支え合い、奮い立たせる彼らを見て、穿地は少なからず苛立ちを覚えた。
自らの力のみを恃みとする男には、眼前の光景は軽薄で独善的、欺瞞的に映る。
「身の程を知れ。もはやお前達ごときに出る幕はない」
「アンタの“力”、とんでもないワ。だけどねぇ、アタシたちには三つの“武器”があるの」
コクピットの壁面に手を触れ、時命皇に意志を伝える。
墨色の巨体は、踵に装備したホイールで大地を滑走し、仇敵・螺刹皇に突撃。
対する螺刹皇はドリルで空間に歪みをつくり、切っ先を滑り込ませる。
ドリルは別の空間を穿行し、あらゆる方向から時命皇へ向かい刺突を繰り出した。
それを回避する時命皇は走行速度を一切緩めない。
「“技術”と“勘”!」
アクセルを緩めていないにも関わらず、速度が突然鈍化。
穿地の支配空間に入ったのだ。
「あとは“根性”!」
渾身のDRL力を右腕に集め、一本だけドリルを形成。
気力で廻す『破導』ドリルが空間をこじ開ける。
過負荷に耐え切れず砕け散るドリルと引き換えに、男達は敵の懐へと間合いを詰めた。
「そして“絆”よッッッッ!!!」
時命皇の左手には、いつの間にか展開し取り出されたガトリング・バスターキャノン。
束ねられた銃口が螺刹皇の鼻先で輝いている。
古の仲間から受け継いだ切り札が、秒間100発の速度で祈りの弾丸を発射。
連続発射された特殊呪詛弾の軌跡は一条の光線となり、敵の頭部右半分を吹き飛ばした。
やがて銃身の発光が止み、少し遅れて回転も止まる。
超兵器『ガトリング・バスターキャノン』、全弾撃ち付くし役目を終了。
「アラ、“四つ”だったかしら!?」
頭蓋を砕かれ動きを止めた螺刹皇に対し、彰吾は不敵に口元を歪ませながらも緊張を一切緩めない。
彼も、彼を乗せた時命皇も、穿地元の気配が全く消滅していないことを覚っているからだ。
ビデオ映像を巻き戻すようにして頭部を再生した螺刹皇が、反撃の右ドリルを繰り出す。
今や徒手空拳、完全なる無防備となった時命皇がとった動作は、“真剣白刃取り”であった。
「私の全身はDRL!私そのものがドリルなのだ!!」
高速回転するドリルに対し、時命皇は諸手を添えた。
だがドリルは墨色の躯体を引き裂くことなく、巨体が宙に浮くや円錐の回転にぴたりと噛み合い回転した。
土壇場で会得したドリル奥義『反し』が発動したのだ。
相手のドリルの回転力を利用してエネルギーを生み出す無心の技。
打ち込まれたエネルギーを反発力に変え、体を敢えて錐揉み回転。
自ら吹き飛ばされることで追撃を逃れ、離脱が叶うも大地に激突しダメージは甚大だ。
時命皇の身体を形成するに足るDRL質量を維持できなくなった時命皇は、胸部の即席コクピットから彰吾を放出し深中審也の形態をとった。
「嵐剣皇、薙瀬夕。私達が出来るのはここまでだ。あとは―――頼むぞ!」
嵐剣皇の姿が既に地表から掻き消えていることを、その場に居る者達が認識する。
それ即ち十二身の嵐剣皇が、螺刹皇の頭上と周囲に展開した姿を認識したということである。
実体と寸分違わぬ存在感を持った残像を用い、撹乱攻撃。
しかしながら穿地の挙動には一分として動揺の色は無し。
異次元ドリルが歪めた空間の渦に残像は巻き込まれあっけなく消失した。
残された実体による、喉元へのドリル打突。
「嵐剣皇。お前には“覚悟”はあるか?そうだ、仲間を犠牲に刺し違える“覚悟”だ」
穿地元の言葉に、嵐剣皇の思考回路が緊急警告を発した。
放った左のドリルを引き戻し、自身の胸元へ―――夕の居るコクピットの前へ。
間髪入れず胸板の直前の空間が歪み、螺刹皇のドリルの切っ先が伸び来る。
搭乗者を直接狙った攻撃。嵐剣皇が人間であったなら、総毛立っていたことだろう。
嵐剣皇は自らのドリルを盾としコクピットを庇う。
ただ一振りのドリルが、横合いから貫かれへし折れた。
「嵐剣…おう……」
サブモニターが明滅する赤文字と共に吐き出すアラートに、夕は青ざめた。
DRL躯体最大の武器であると同時に、存在の基幹をなすドリルの破損は中枢部の破損を意味する。
嵐剣皇の全身に張り詰めていた弦のような力が弛緩し、巨体の戦闘姿勢が崩れてゆく。
「土壇場で腑抜けるようではな!ああ、やはり所詮その程度!」
「腑抜けるものか。遺志は…私の最も深い部分にインプットされているのだ…薙瀬夕は、何があっても守り抜くと―――」
擱座する魂鋼嵐剣皇を覆っていた光装甲が躯体より分離。
最後のバトンを受け取り、光鉄機ドラグとセイルは螺刹皇の陰陽半身を左右から挟み討つ。
「クロス…!」
龍人の左腕に閃光が迸る。
「オーラ!」
翼人の右剣指も同様だ。
「「フラッシャー!!」」
左右の光鉄機は、それぞれが視界を覆う光線を放射。
光は螺刹皇のもとで重なり合い、累乗された光精命力がエネルギーの密度を急速に増して融合する。
万物を焼き尽くす熱量が限定された空間に満ち、DRLの怪神はガラス状に溶けてゆく。
「「どうだ…ッ!」」
光が収束し、足首から上が不定形の消し炭となった螺刹皇に礼座光は視線を注ぐ。
彼の声に対する返答はすぐにあった。
ガラス状に溶けたDRLがやおら泡立ったかと思えば、たちまち元通りの陰陽対象の凶身がその場に再現されたのである。
「再生…した……」
「そんな、そんな…私たち、全部出し尽くしたのに…ッ…それでも届かないの?」
少女の声は、少なからず居合わせた者たちの心を代弁していた。
光鉄機もいよいよ精命力を使い果たし不毛の荒野に膝をつく。
対峙せし螺刹皇がゆっくりと歩を進める。両腕に、ドリルを携えて。両のドリルを回転させて。
神々しくも禍々しい金切音は歪む空間に吸い込まれている。
戦士たちを絶望の黒雲が覆うとき、地獄の空に異常が訪れた。
*
――――――虚空より、ドリルの唸る音がする。
それを最初に耳にしたのは誰であったか。
誰もが同時に耳にしたのか。
どこかでドリルが回っている。この近くで。我々の傍で。
ドリルは穴を掘るもの。孔を開けるもの。道を穿つもの。
何もない虚空にひとつの孔が穿たれると、音の主がゆっくりと姿を顕した。
それは全長10メートルにおよぶ回る円錐。巨大なドリル。
空から完全に姿を現すや、螺旋の描く渦巻きは空間に複雑な多面体を描き出す。
やがてドリルそのものが姿形を変じ、屈強な体躯の巨人が絶望の大地に降り立った。
「データにない反応。私の知識らないDRL…!?お前は何者だ」
問うと同時に、穿地元―――螺刹皇は異次元を介したドリルを巨人へ差し向けた。
常に表面の渦巻く装甲に覆われた側頭部に、凶気が迫る。
鉄と鉄を激しくこすり合わせた異音が鳴り渡ると、穿地は初めて心底から息を呑んだ。
彼の放ったドリルが“動かない”からだ。その原因が、あまりにも明快だからだ。
螺刹皇のドリルは、眼前の螺旋巨人の左手に掴まれていた。
時空にすら作用するドリルは、五本の指によってごく無造作に握りしめられ無力化している。
「俺は―――『大螺旋』―――」
脳髄に直接響くような声は、猛々しくも静か。
全身には闘気を漲らせながらも、寂静とした穏やかさがある。
満ち満ちているようで虚ろ。眩くも昏い。
まるで得体の知れない“その者”を、誰もは見知った者だと思った。
「大螺旋虎珠皇。唯一無二、“至高なる深み”への到達者―――」