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『DRL』機皇退魔陣  作者: 拾捨
地獄爆進編
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爪牙、奔走

「そっか、彰吾と…あの嵐剣皇の姉ちゃんも一緒にこっちへ来てんのか」

「うん。でも、夕さんとは離れ離れになっちゃってるんだよね…」


砦から逃げた敵を追って地底を進む虎珠皇のコクピット内で、旭と舞は横並びに座っている。

地上から地獄界へ至るまでの道のりをひとしきり語り終えた舞は、反芻した不安を顔いっぱいに滲ませた。


「あいつらはそう簡単にくたばらねえよ。心配すんな」

心底からそう言っているらしい旭の、胡坐を支える両手を見て舞が尋ねる。

「ねえ、旭さん。旭さんって、元々“そういう風”なの?」


言葉だけ聴いて首を傾げる旭だったが、舞の瞳に映る鉛色の腕に気付き合点。

「こうなっちまったのは、此処へ着てからだ。舞は色々教えてくれたからな、今度は俺が話す番だな」


地中穿行の規則的な振動を感じながら、旭は隣に座る少女にゆっくりと語り始めた。


*


「破導ドリルの作り出した“穴”に吸い込まれた俺は、妙な空間を通ってこの世界に落っこちたんだ」

先刻の舞の話から、ドリルによって地獄界へ通ずる亜空間が発生したことは旭にも理解できた。


「虎珠皇は衝撃でダメージを受けて眠っちまった。機能停止フリーズってやつだ。で、コクピットから降りて周りを調べてた」


そして出会ったのは、逃げ惑う猫人を狩猟感覚で追う鬼。

旭の遭遇した状況は、奇しくも時命皇こと深中審也も直面したものとまったく同じである。


「あの鬼ってバケモンは、地獄界ここじゃあ姿こそ人間に一番近いが、一番のくそバケモンだな」

弱者が強者に嬲られ餌食となる、地獄界ではありふれた光景。

鬼に手足を千切られ頭から貪り喰われる猫人を目の当たりにした旭は、かつて自らが体験した“怒りの光景”―――ドリル獣に惨殺された家族を幻視した。


「気がつけば、持ってた得物で突っ込んでた。図体が多少でかいだけで、彰吾に比べりゃてんで雑魚だ」

まずは携行DRL兵器『チェーンブレード』で斬りつけ、鬼の片耳を削いだ。

『食事』に気を取られていた鬼はそこでようやく旭の存在に気付き反撃に移るが、虎珠皇と共に修羅場をくぐってきた旭には鬼の剛腕が掠りもしない。


青黒い半裸の身体に幾条かの裂傷がつけられた頃、旭の攻勢はぱたりと止む。

「頭に血がのぼってた…のはいつもの事なんだが、不覚をとった。最初に“落っことした”のは両腕だ」


旭は今でも、握った武器ごと切り落とされた自分の手首と、その向こうで両手の鎌をすり合わせてせせら笑う魔族・鎌鼬の姿とをはっきりと思いだせる。

まだら模様の葉が茂る草むらに潜んでいた魔族の不意打ちで、旭はまず両腕を失った。


「俺はいつだって肝心な所で虎珠皇に助けられてるんだよな」

形勢が転じ、丸腰で魔族の挟み撃ちを迎えた旭を救ったのは、地中から突き出された虎珠皇のドリルだ。


一瞬にして魔族を跡形もなく粉砕した虎珠皇は、相棒たる旭にだけ解る声で言ったという。

「なせばなる、ってよ。虎珠皇こいつは自分のドリルを俺に差し出した」


虎珠皇の意図はすぐに理解できた。


肘から先を欠損した両腕を、虎珠皇の差し出したドリルの切っ先と重ねる。

すると虎珠皇のドリルを形成する超物質DRLが切断面の傷口を覆い、瞬く間に失われた前腕の形を成したのだ。

義手ではない。DRLの腕は天原旭の肉体と完全に融合していた。


「DRLってそんな風にも使えるの!?」

「さあな。少なくとも、研究所に居た頃はそんな話聞いた事もねえ。だけどよ、不思議とは思わないんだ」

「どうして!?すっごく不思議だよ」

「……初めてじゃ無かったからさ」


自らの肉体がDRLとなる感覚は、既知のものであった。

思い出すだけで吐き気をもよおす、忌まわしい記憶だ。


九十九に捕らえられ、DRLの怪物ドリル獣に改造されたこと。

その時も虎珠皇に救出されはしたが、何らかの影響が彼の肉体に残っていたのであろう。


「……ま、俺はバカだから難しいことは分かんねー。ただ、“こんなこと”が出来るようになったお陰でこうして生き残れてる」

旭はしみじみと言いながら持ち上げた右腕をドリルに変形させ、ゆっくりと回転させて見せた。


それから先も、魔族との戦いは続いた。

あてどなく地獄界をさすらう人間を“獲物”と見なす魔族は多く、旭と虎珠皇はそれら全てと正面から争ったのだ。


戦いを重ねる度、生身の肉体はどこかが傷つき、欠けていった。

その度に虎珠皇から分け与えられたDRLを肉体に取り込み、今では全身の4割がDRLである。


「いつからか、くそバケモンどもは俺のことを『鉛色の牙』、虎珠皇を『黄金の爪』って呼び始めたよ」

「有名人になっちゃったの?」

「そんな所だろうな」


溜めた息を吐き出して、腕をドリルから五本指に戻し、拳を握る。


「地獄界にはいたる所に『ゲドー軍』とか言う調子付いた連中が居てな。そいつらを片っ端からブン殴って回ってるから目立つんだろうよ」


*


「不思議だなぁ」

旭の話を大きな瞳を見開き聞いていた舞が呟くように言った。


「何がだ?」

少女を取り巻く状況は現在進行形で不思議の塊である。

何をもって不思議と言わしめるのかは一言ではまったく判らない。


「旭さん」

「俺か。自分でもそう思うけどな。人間、その気になれば何でもできるって事じゃねえか?」

「ううん、そうじゃなくて」


旭の理解に首を横に振った舞が自身の疑問を訥々と口にする。

「あのね、彰吾さんって最初はすっごく怖かったの。だけど旭さんはね…えっと、見た目は彰吾さんより怖いんだけどね、怖くないんだ」

「よくわかんねえ」

「うーん…なんだろう……あ、そうそう。旭さん、優しいもん。声の感じとか、全体的に。どうして?」


少女に見上げるように覗き込まれた旭は、視線をコクピットの天井へやり数秒考える。

やがて答えらしきものに思い至り、生身の隻眼を少女に向けた。


「妹が居たんだ。お前と同じくらいのな」

「妹さん」

「ああ。舞、お前は中学生だったよな。妹は高校に入ったばかりだった」

「じゃあ、私よりちょっとだけお姉さんなんだね。今は採掘都市に居るの?」

「……もう居ねー…殺されちまった。両親も一緒にな」


精悍な横顔が陰るのを見て、舞も俯く。

「……ごめんなさい」

「謝んなくていいよ。多分、無意識のうちに舞を妹と重ねてたんだろうな」


それから、自然とコクピット内に沈黙が生まれ、ドリルの振動音だけが規則的に流れていた。


「今度は助けられた、って思った」


正面のモニターを眺めたままの旭が、ぽつりと口に出した。

舞は黙って言葉の続きを待つ。


「お前をあそこで見つけたときに、な。何だろうな…ちょっとだけ救われた、って感じだ。舞、ありがとよ」

青年の穏やかな微笑みに、舞は自分でも正体の判らない戸惑いを感じた。

だがそれと同時に、おそらくこの青年が鉛色の装甲の下に本来持つ暖かさは素直に受け容れることができる。


「私、何にもしてないよ…」


微笑みを返す少女の目尻は、いつのまにかじわりと湿っていた。


*


「虎珠皇……バケモンの“巣”を見つけたのか」

サブモニター代わりの端末越しに、虎珠皇が捉えた魔族の気配を読み取る。

振動や熱だけでなく精命力をも検出する感覚器センサーは、進行方向の数キロ先に無数の生体反応を補足。


「私も見てみる。どこか高い所へ上れない?」

「おう、頼むぜ」


旭は虎珠皇を手近な丘へと“浮上”させ、コクピットハッチを開放した即席の足場に舞と並び立った。


「…うん、向こうの方にすごくたくさん鬼が居る。お城みたいなのも見えるよ」

退魔士の里で短期間ながら修練を積んだ舞の『千里眼』は、数回の実戦経験も相まって以前よりも研ぎ澄まされている。


その超視力が、はるか彼方の平野に陣を構えた魔族の軍勢を鮮明に捉えていた。


「へっ、暴れ甲斐がありそうだな」

「ねえねえ、ホントにすっごく沢山いるよ?原っぱにびっしり!どうするの?」

「どうするって?」

「作戦とか」

「作戦か。そうだな…」


コクピットに戻った旭は、再び虎珠皇を地中へ沈めて考えるようなポーズをとる。


「―――全員ぶっ潰す。これで行こうぜ!」


DRLの左眼を見開いた旭に応え、虎珠皇は両腕のドリルの回転数を上げた。


「さっ、作戦!?」

舞の思考は突然身体にかかった加速の圧力に制される。


黒色の土中を巨人のドリルが掻き分け、奔る。

身体の奥底から湧き上がる衝動のマグマは、総て“速さ”に変換されていく。


目指すのは、地獄の平原を埋め尽くす『ゲドー軍』の本陣。


コクピットの壁面に据えられたインジケーターが、遂に300地中ノットをマークした。

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