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『DRL』機皇退魔陣  作者: 拾捨
地上光臨編
34/58

再戒

男は、今しがた素手で仕留めた四足獣を木の枝に吊り下げ、腱と頸を切り血抜きを敢行。

大型ナイフで皮を剥ぎ、切り分けた可食部を枝で作った串に刺す。

焚き火の傍に置いた肉が焼けるのを座して待ちつつ、かなり伸びてきた髭を撫で独りごちる。

「明日には“人里”が見えてくるハズ。久しぶりに“人間”と“お話”できるかしらね、淵鏡皇」

そう言って、宇頭芽彰吾は降着姿勢をとった相棒パートナーを見上げた。


虚空へと消失した旭と虎珠皇。時命皇に立ちはだかった回地、穿地研究所の面々。

彼らの所在、安否すら杳として知れない、

「ま、殺して死ぬような“タマ”じゃないもんね。アンタも“見て”きたからわかってるでしょ?」

当て所なき地上の旅路。

道中、彰吾は決して孤独ではなかった。彼は常に淵鏡皇に語りかけ続けている。

同じドリルロボである虎珠皇や嵐剣皇とは異なり、淵鏡皇には自我らしきものは認められない。

搭乗者パイロットの操縦の侭に動く、白い巨兵。淵鏡皇は最も“ロボット”然としたドリルロボであった。


ともすれば単なる道具としての存在。それでも彰吾は淵鏡皇に語りかけ続けていたのだ。

単なる愛着では片付けられない思いがある。自分の言葉は、必ず“相棒”に届いているという確信を持っていたのである。


そんな彰吾の思いを知ってか知らずか、淵鏡皇は今日も無言で地上の空の下佇んでいた。



淵鏡皇の端末にセットされた地図データの裏づけを取るべく先行させていた偵察ドローンから、エネルギー反応検出の報せが入る。

人間が生活していることを示す、熱や空気振動の流れ。

「向かっている方向に“間違い”はないみたいね」


それだけではなかった。

地上に住まう人類の居住区画と思しきエネルギー反応群から少し離れた地点で、はるかに強烈な反応が生まれては消えている。


この地上で、何者かが戦っている。それも複数だ。無数の小さな『群れ』の中心に、一等星の如く輝く反応が三つある。

彰吾に希望と不安の両方を抱かせたのは、いくつかある戦闘エネルギーのうちの一つ。

螺旋状に渦を巻く特徴的なエネルギーの流れは、ドリルのものであった。


「数の多い方がさしずめ“侵略者”ってトコかしらね…それで、ドリルを持ってるほうが味方!だと、イイけどね…!」

反応の移動する向きと軌跡から、大きな三つの反応がその先にある居住区画を防衛している意図を読み取った彰吾。


行く手に待つのは敵か味方か。既知か未知か。

搭乗席に乗り込んだ彰吾はフットペダルを踏みしめた。



居住区域と思しき地点を目前にして、彰吾と淵鏡皇が“再会”したのは、嵐剣皇であった。

主武装である両腕のドリルを展開していない徒手空拳ながら、ただ佇んでいるだけに見える嵐剣皇には隙がない。

彰吾は短くため息をついてから、外部スピーカーのスイッチを入れた。

「大丈夫よ。今は追っかけろだの捕まえろだの“言われて”ないから」


「こうして落ち着いて話せるのは“初めて”ネ」

「直接お顔を見たのも、ですね」

街の喫茶店で、夕と彰吾はテーブルを挟んで向かい合う。夕の傍らにはバッグから出された嵐剣皇の端末が置かれている。


「…“昨日”、戦闘たたかってたみたいだけど、アンタここで何してンの」

「降り掛かってくる火の粉を払ったまでです」

「あら、地底の時みたいに“逃げ”ないってコトはここがアンタのゴールってわけ?」

夕は首を横に振る。

「私の目的地はまだ先…かならずそこへ辿り着く為の準備をしているんです」


「目的、目的、ね。“やるコト”がはっきりしてるのは羨ましいワ」

ブラックコーヒーに口をつけ、ため息と一緒に言葉を吐き出す。

「アタシの方はさ、正直どうしたものやら。“上司”も“同僚”も行方知れずでひたすらサバイバル。こっちにも一応“目的地”はあるんだけどネ。孤独ってのは存外こたえるわ」


「そうですか…あなたもここまで一人で」

夕の言葉尻に違和感を覚えた彰吾が咄嗟に問う。

「あなた“も”って何よ。アンタの嵐剣皇には“もう一人”乗ってるじゃない?」


彰吾の問いを聞き、夕は傍らの端末に目をやった。

「やっぱり、本当に何も知らないみたいですね」

嵐剣皇の端末は静かにテーブルに鎮座したまま。

夕の意志を肯定する沈黙であった。


「あなたが何も知らないことが確認できたからこそ、本当のことを話せます」

「勿体つけないで」

小さく謝罪の言葉を添えてから、薙瀬夕は自身の身の上を彰吾に語ることを決心した。


「私には将来を誓った人が、いました」

「…過去形なのね」

「お察しの通り、もうこの世には居ません。私は、地上にある彼の故郷を目指しています」

「死んだオトコの為に、ね。じゃあ一緒に居るオトコの声は何なのよ」

「それは…」

「宇頭芽彰吾。その声とは、私のことだろう」


昆虫型端末の頭部にあたる部分が明滅し、若い男の声を発する。

不意に話しかけられ内心かなり驚いた彰吾であったが、表情には一切出さず切り返す。

「その声、聞き覚えがあるワ。アンタ誰?」

「私は嵐剣皇そのものだ」


「そのもの、ですって?」

彰吾は表面上は平然と会話を続けながら、見聞きした情報を分析する。

机上の昆虫メカは通信機能を持つ端末であろうことは理解できる。

嵐剣皇本体は地中にでも潜伏しているのだろう。

彰吾も、淵鏡皇を同じように地中に隠してきている。ドリルロボなら同じことができても不思議ではない。

問題は、声の主の正体だ。

天原旭の駆る虎珠皇にも自我は存在していた。しかし、意志の疎通ができるのは旭くらいのものであり、今こうしているように何人とも会話ができるレベルの高度な人格ではない。


「そんな“仕様”だなんて聞かされてないんだけど」

「ああ。たしかに私は、本来こうして話ができるようには作られていない」

そこから先は“当事者”たる夕が言葉を継ぐ。

「嵐剣皇には、人間の記憶と人格がコピーされているんです」


「どういうこと?」

身を乗り出したくなるのを抑えながら彰吾は続きを促す。

「ひとりの人間を部品パーツの一部として取り込んで完成したのが、今の嵐剣皇だそうです。私は、その部品にされる為に拉致されました」

夕の口から出た言葉に彰吾は息を呑む。

「私が今もこうしていられるのは、明彦さん…婚約者だった彼が身代わりになったから…」

夕は一度俯き、膝の上で拳を握り締めると、再度彰吾に向き直った。

「私に遺されたのは、嵐剣皇にコピーされたあの人の記憶と、この指輪だけ。ここから一歩を踏み出す為に、あの人のルーツに触れたいんです」


そこまで聞かされ、彰吾はもう驚きの表情を隠すことをやめた。

「何よ、ソレ…嵐剣皇を“作った”のは間違いなく穿地研究所よ。じゃあ、研究所は…穿地元は…」


地上へ発つ前に聞いた、穿地の言葉を思い出す。

―――地上に蔓延る魔族を打倒し、人類が繁栄する道を切り拓く。

あの穿地という男はそう言った。確信を持った目で。自己陶酔を含んだ高揚感でもって。

繁栄への道。

その手段の一つが『嵐剣皇』という存在だと言うのなら。

「…どっちが“魔物”だか分かったモンじゃ無いわ」



「“感謝”するわ、夕。アタシはとんでもない所業コトの片棒を担がされる所だったかもしれない。そして、“ごめんなさい”…何も分かっていなくて」

座っていても夕を見下ろせるほどの大男が、深々と頭を下げる。

彰吾は数秒の間頭を垂れ続けた後、それまでとは明らかに異なる軍人めいた折り目のある姿勢をとった。

「薙瀬夕さん。あなたに“協力”させて下さい。この地上には、自分にも“確かめる”べきことがあります」


「あ、ありがとうございます、彰吾さん。あの、そんなにかしこまらなくて良いですから…」

豹変とも言うべき彰吾の様子に戸惑う夕。

その言葉を聞いた瞬間、彰吾の居住まいが一瞬にして先ほどまでの空気に戻る。

「ビックリさせちゃったかしら?今のはアタシ流の“ケジメ”の付け方だから気にしないで」


「ともあれ、これでお仲間ですね、彰吾さん」

夕はそう言いながら嵐剣皇の端末を手に取り、カバーを展開して操作を始める。

説明は無くとも、その仕草からどこかに通話をしようとしていることが分かる。

「あなたのこと、紹介しておきたい子達が居るんです」

夕の口ぶりから、彰吾はこの街へ来る前に確認した三つのエネルギー反応のことを思い出した。

三つのうち一つは嵐剣皇のドリル反応であったが、残り二つの正体が夕が紹介しようとしている者達なのであろう。


「基くん?今から鍔作オーパーツへ来てもらえるかしら。会わせたい人が居るの」

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