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『DRL』機皇退魔陣  作者: 拾捨
地上光臨編
30/58

邂光(かいこう)

薙瀬夕が嵐剣皇と共に採掘都市から抜け出して、およそ半月ほど経過している。

その間『追手』の気配は一切無く、身に危険が迫ることは無かった。


問題は生活環境である。

自宅から持ち出した備蓄食料は地上に出て数日で底をついた。

このところは、地中を移動する合間に山や川へ出て、細々と水や食料を採集するのが日課である。

元々は街暮らしであった夕にとって、この不慣れなサバイバル生活は少なからず苦痛を覚えるものであった。


「嵐剣皇、一度人里へ向かってくれないかしら。地上にも人は住んでいるでしょう?」

夕の負担を案じていた嵐剣皇は、彼女の言葉をむしろ待っていたかのように受け入れる。

「現在地から最も近い居住区画へ向かおう」


嵐剣皇は、自身にインプットされている地図データと感覚器センサーの反応を頼りに地中を行く。

およそ半日ほどで、人間が生活していることを示す熱と振動を補足した。


「その気になればすぐ見つかるものなのね」

「今までは一直線に目的地へ向かっていて、君の負担を考慮していなかった。すまない、夕」

「いえ、お疲れ様。嵐剣皇」

謝罪が口癖になってしまっている嵐剣皇に苦笑しながら、労いの言葉をかける。


「それじゃあ、買い出しも兼ねて街を見てくるわ。あなたは休んでて」

コクピット内で身支度を始める夕に、地中で足を止めた嵐剣皇が口を挟む。

「私から離れるのか?追手の気配はないとは言え、油断は禁物だ」

「過保護にされる年でもないわ。というか、あなたが街に出ていくだけでちょっとした事件になるの。分かってる?」


採掘都市と地上は断絶しているわけではない。

こうして直接足を運ぶことは稀だが、地底の一般市民であっても地上の情報に触れる機会はある。

地中でも地上でも基本的には同じ常識が通用し、巨大ロボットはいずれの地でも非常識な存在なのだ。


「…確かに私の存在は混乱を呼ぶかもしれない。だが、油断できないことは確かだ」

搭乗者ナビゲーターの言い分を理解はすれど納得いかないと、嵐剣皇が沈黙する。

およそロボットらしからぬ思考の沈黙だ。


数秒の間の後、何かを閃いたのかやや明るい声色で夕に提案を始めた。

「夕、君の携帯端末を使わせてくれないか」

「構わないけど、コレ完全に圏外よ?採掘都市でしか使えないから」

返答の代わりに、コクピットの壁面の一部からちょうど手のひらサイズの端末が乗せられる程度のトレーがせり出した。


鈍く発光する板に、今や懐中時計としての用途しかない携帯端末を載せる。

すぐに周囲から数本のマジックハンドが伸び、端末を分解し始めた。

「この端末を私が遠隔操作できる小型偵察機に改造する」

「あなた、そんなこともできるのね」

みるみるうちに形を変えていく携帯端末を眺め、夕は素直に感心するのだった。


「完成だ。これを私の代わりに連れていってくれ」

一時間と経たず端末の改造は終わった。

掌に乗る大きさはそのままに、長方形の板だったものは半球状の装置に作り替えられている。

「ねえ。この形って、あなたの趣味なの?」


半球の中心には一本の溝が入っており、中央から外殻が開くようになっている。

裏側には独立して動く六つのローラーがついており、今はコクピットの床や壁を音もなく這い回っている。

一言で言うなら、テントウムシを簡略化したような小型メカであった。


「用意されていた設計図データを再現しただけだ」

ローラーを駆使し手元に跳んできたテントウムシが、頭部にあたる半球の端を点滅させながら嵐剣皇の声で喋る。

「これを通して話もできるのね」

「その他、視覚も共有している。これからもコクピットから離れる場合は常に携帯してくれ」


嵐剣皇が話し終わるのを待たず、夕は端末メカをバッグに放り込んだ。



「ひがし…ちゅうおう、行政庁舎…」

街に出た夕かは、眼鏡に手をやりながら案内板の文字を読み上げる。

まずは食料や生活用品を売っている場所を探す必要がある。

過剰とも言えるほど店舗が立ち並んでいた採掘都市とは異なり、この地上の街は最小限の商業施設が点在しているようだった。

不案内な土地である。夕はしばらく案内板と睨み合うことになった。


「じゅうおう、って読むんですよそれ」

突然声をかけられ振り向くと、金髪碧眼の少年が立っていた。

「あなた、地元の人……?」

少年の容姿は、道すがら目に入った通行人とは明らかに異なる。

「つい最近越してきたんです。だいぶ慣れてきましたがね。あなたが、道に迷っているようだったので」

「ええ、旅行中、でね。ここへはちょっと買い出しに立ち寄ったの。ねえ、この街で身の回りのものが手に入る場所ってどの辺りかしら?」


礼座光…先日級友と約束した待ち合わせ場所に向かう途中であった。

二人に自分の正体を見られてしまった時点で、一時は身を隠すことも考えた。

しかし、そうするのは彼らがどう反応するのか見届けてからにしようーーーそのように思った。

久方ぶりに人間として名乗ったことで、感傷が生まれたのかもしれない。

光鉄機アイエンとしての思考は、俯瞰からそのように見解を持っていた。


偶然見かけたその女性に声をかけたのも、感傷から来る気まぐれだったろう。

ふと感じた彼女の精命力は、礼座光に郷愁に似たものを想起させたのだ。


「あなたのその気配…懐かしい精命力オーラだ」

少年が口にした精命力という言葉に息を呑む夕。

その様子を見て、手応えを感じた光が更に大胆に切り込む。

「あなたはもしや、退魔戦士の末裔ですか」


「君…今『退魔士』って言ったわね。間違いなく」

「はい。言いました」

夕が肩に架けたバッグの隙間から、端末のカメラが少年を視る。

二人が向き合う足元が、注意していなくては気付かないほど微かに揺れた。

足下の地中に、嵐剣皇の“本体”が移動したのである。


「あなたの目的は、なに?」

夕の目線が警戒を露にしているのを察し、光は声色を緩めるよう努めた。

「すみません。単に“懐かしかった”だけなんです。あなたに敵意はないんだ」

「そう、なの」

夕は眼前の少年が帯びる異質な気配を感じ取っている。その言を鵜呑みにはできない。


少年に対する『次手』を考える最中、少女の声が思考を遮った。

「おーい、礼座くーん!」

黒髪の小柄な少女と、同じ年頃の少年がこちらへ駆けてくる。

「……マイ。ハジメ…」

少女らを見る少年はどこか呆気にとられたようだ。

100メートルほどの距離を全力疾走する少女の後ろに少年が従いやってくるのを、金髪の少年と共に待つ。


「礼座光君!折り入って話が……って…大人の…おんなのひと」

息を切らせた少女―――舞が、大きな目を瞬かせて夕を見上げる。

「お友達かしら?」

「ええ…友人、です」


息せき切ってやってきた少女は、夕を見るなり口ごもった。少年も同様である。

白昼の街中に4人、どこか気まずい沈黙が訪れた。


「…何かお話ししたいみたいね。そちらからどうぞ」

「え、と…いいんですか?」

「通りすがりだから。お邪魔ならこのまま立ち去るわ」

「…少し待っていてもらえないでしょうか。俺は、あなたに訊きたい事がある」

初対面の女性に怯んだ様子の舞と緊張して固まる基をよそに、話を進める。


「マイ、ハジメ…君達の表情かおを見れば、どんな話をしたいのかくらいは察しがつく。聞かせてくれ、君達の答えを」


「え、えっとね、その…礼座くん…あの、ね…」

「礼座くん、ごめんなさい!」

初めて口を開いた基が勢いよく頭を下げ、舞も慌ててそれに続く。

「正直、何が何だかわからないことばかりなんだ。だけど…友達の後をつけて秘密を暴こうなんて、それだけは謝らなきゃいけないって、思った。だから、ごめん!」

「言い出したのは私なの。礼座くん、ごめんなさいっ!」


「そうか」

頭を下げる少年少女を見る光るの眼差しは暖かい。

彼らは、先ずは自分を『友人』として見る事を選んだのだ。

その心には応えなくてはならない。いや、応えたい――――――

「二人とも、気にするな。何も知らない同士、お互いのことが気になるのは当然だろう」

礼座光は、ひとりの少年としてまずは彼らを許すところから始めることにした。

「あと、俺の呼び方…“礼座くん”はよしてくれ。“ヒカル”でいい」


「それじゃあ今日は、気を取り直してヒカルと親睦を深めようの日ってことで!」

心底から明るく声を張る舞の後ろで、基が微笑む。

当初の目的であった『飛行生物』が既に消滅している。三人だけの公然の秘密だ。

「この街の案内もできるし、行き先は予定通り展望台でいいよね」

「そうだねー。それでいいよね、ヒカル」

「ああ。俺“は”構わないが」

「よーし、じゃあ行こう行こう!」

意気揚々とする舞に対し、少年二人は足を踏み出さない。

「私のこと思い出して?」

放っておいても気付かないと見て、夕が舞を呼び止めた。


「…もし良ければ、私も“展望台”まで連れて行ってもらえないかしら」

「あ、地元の人じゃないんですか?ええっと…」

「薙瀬夕。夕でいいわ」

「はい、夕さん。僕は辰間基です」

「さっきこの辺りに来たばかりでね、どこに何があるのか知りたいの。頼れる人も居なくて困っていたんだけど、そこの…光くんが声をかけてくれたのよ。あなたたち、悪い子達じゃない・・・・・・・・のは分かったから、ご一緒させてもらえない?」

夕はそう言いながら、光に目配せする。少年達とのやりとりを見て、少なくとも夕の疑念は薄れていた。


「こういうのは何かの縁だ。同行してもらおう」

光の提案に、舞も基も断る理由はないとばかりに頷いた。

「全然おっけー。夕お姉さん、展望台までじゃなくって、一緒に案内してあげる!」

満面の笑みで胸を張る舞。先ほどまでの物怖じした様子は何処かへ消え去っている。


「夕さん、どこから来たんですか?」

「採掘都市よ。ちょっとした旅行でね」

聞いた途端、舞が素っ頓狂なほど驚き声を上げる。

「えええ!採掘都市!?スッゴイ、都会だー!!」

「採掘都市と比べたら…この街、何にもないですよね」

舞と基の反応は、概ね自然なものである。

基本的に地上の居住区域は『現状維持』を旨としており、絶えず発展と上昇を続けている採掘都市とは真逆と言って良い程の環境なのだ。


「そんなことないわ。ここは、良い所。それに、本当に大切な場所ってせいぜい…一、二ヵ所くらいよ」

どこか遠い目をして答える夕。

彼女の彼方うしろには、捨ててきた故郷いえが在るばかり。



街中央にそびえる展望台は、周囲の建築物の倍ほどの高さがある。

一般人にも解放され、娯楽施設としての顔を持っている。

だが、光と端末越しに様子を見ている嵐剣皇には、この施設が外敵に備えた『物見櫓』としての役割を持っていることが洞察できた。


「あそこが文房具屋さんで、その隣が何かのお店!」

望遠鏡を覗く夕の傍らで、同じ方向を裸眼で見やる舞が解説する。

「何か?」

「テーブルだけ置いてあって、時々大人の男の人が集まってワイワイやってるの」

「何をやってるの?」

「何してるのかはわかんない。楽しそうな感じだけどねー」

「この前ヨシオカ君に聞いたんだけど、あそこゲームをやる場所らしいよ?」

「ゲーム?」

「カードとかサイコロ使って遊ぶんだって」

「へえ」

大雑把な舞の説明に基の補足が加わることで、夕と光はこの街の地理を着々と把握していった。


「ねえ、舞ちゃん。あの毛むくじゃらなのは何?」

熱心に望遠鏡を覗き込む夕が指をさす。

建築物の狭間を埋めるように、人間の黒髪のような何かがうず高く積み上げられていた。

「あー、あの毛むくじゃらはですねー…毛むくじゃら?何でしょうかー、アレはー」

眉間に皺を寄せる舞をよそに、『千里眼』でその姿を確認した光が駆け出していた。


突然展望台から飛び出した光を、基と舞が慌てて追う。

事情が判らない夕であったが、尋常でない気配を察して後に続く。

「…この街にも何らかの“敵”が潜んでいるのか」

鞄から顔を出した嵐剣皇の端末が、冷静に言う。

走る少年達の後を追う夕に、返事をする余裕など無かった。


「白昼堂々、現れたか!」

常人が遠目に確認できる程度の距離には、巨大な毛髪の塊。

光が見上げ睨みつけるその魔族・毛羽毛現けうけげんは、これまでの魔族がそうであったように通常の数倍にまで巨大化している。


そこには数人の通行人が居合わせ、得体の知れない毛髪の山を訝しげに見上げている。

毛羽毛現が巨体を震わせ、全身の毛からきめの細かい白色の粉を周囲に撒き散らした。

全身に粉を浴びてしまった男性が、意識を失いその場に倒れる。『粉』に精命力を吸われたのだ。

道端に倒れた数名の人間の上を毛羽毛現が通過し、一旦撒き散らした粉を残さず拭い去る。

吸い取った精命力を、こうして回収しているのである。


中心街こちらへ向かっているな…させるものか!」

身構える光を、追いついた基が呼び止めた。

「ヒカル!また『変身』するの?」

目に見える脅威を前にして、舞も心配そうな面持ちである。


光は、少年達の後方で膝に手を置き息を切らす夕を一瞥。

次いで、碧眼をまっすぐ基へ向け、問いに答える。

「地上に蔓延る魔族を掃除そうじょするのが、俺の務めだ」


魔族の方へ向き直った礼座光の肉体が輝き、巨人のかたちを成す。

「我は光鉄機!邪鬼催滅の光なり!」

銀鉄しろがねの鎧を纏う戦士・光鉄機アイエンが、白昼の街に燦然。

僅かに身を屈めて即、アスファルトを蹴り黒毛の怪異に踊りかかった。


「変身…した……?」

これまで体験したものとはまた異なる非日常の光景に、夕は呆気にとられた。

「夕さん、ここ危ない!」

夕のバッグのストラップを引っ張り近くの商店の軒下へ招き入れ、舞は光鉄機アイエン―――戦いに身を投じた友人の背中を見守る。


(あの少年も『退魔士』なのか…?)

嵐剣皇はバッグの隙間から端末メカの頭を出し、光鉄機を注視する。

間近に居る舞も基も、目前で戦う友を見守るがゆえ気付いていない。


(しかしあの姿…彼は『何者』だ?)

嵐剣皇はもう一度、自身にインプットされている国主明彦の記憶を辿る。

その退魔士一族としての記憶メモリーに、生身の人間が鋼鉄の巨人と化すすべは存在しない―――

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