僕は、私は、君は
放課後の図書室、その一角で三人は各々で端末に向き合っていた。
「舞、記事書けた?」
「うん。そっち送るね。」
「ハジメ、こちらも資料のコピー完了だ」
怪奇現象調査倶楽部は、こうして定期的に活動記録を作成している。
小冊子の体裁にまとめられた後、図書室に数十部を置く形で配布しているのだ。
「うーん、どうしようかな」
記事全体のレイアウトは基の役割である。
いつもなら迷わずフィールドワークの報告をメインに据える所であるが、今回に限ってはそれも憚られた。
表向きには顧問の教師が倒れるという事故を面白おかしく書くことになってしまい、不謹慎だ。
(まともに書く…ワケにはいかないよ…)
隣で残りの作業を続ける光を一瞥する。
あの時の光―――光鉄機アイエンの言葉が何を意味するのか。
知りたい。だが知ってしまっては“後戻り”はできないという予感がある。
だから今も、光を前にして何事もなかったかのように接している。光の方も同じように振舞っている。それは、暗黙の了解が存在しているということだ。
いずれにしても、基は体験してしまった。
見聞きした事物が何者であるかが分からない以上、せめて殊更に吹聴することはしたくない。
悩む基は、本人も無意識のうちに椅子の上に胡坐をかくような姿勢で座っていた。
交差した両足首が大腿の上に乗る、結跏趺坐である。
隣の端末で作業を終えた光が、基の仕草に目をやり、思わず問いかけた。
「何をやっているんだい、ハジメ」
「…え?」
不意に話しかけられた基が首をかしげる。
その胸の前では彼の両手の指が複雑に絡み合っては解かれている。
基は、手元を見ず九字の印契を次々と、繰り返し結んでいた。
「その手元…あと、座り方もだ。それは…」
「ああ、礼座くん初めて見たもんねー、基の癖」
光の意図に気付いた舞が、基を挟んだ向こうの席から会話に割って入る。
「癖…?」
「うん。この座り方もこの“手遊び”も小さい頃、父さんに教えてもらったんだ。頭が良くなるおまじない、って」
「テスト中とか、何か考えてるとき絶対やってるよね。その手」
舞が何故、テスト中の基の手元について知っているのかはさておいて、光は改めて基を見た。
(習慣的に精命力を少しずつ練り上げているのか…父親に教わった、と言ったな…一種の“英才教育”なのか…?)
「礼座くん、けっこう細かい所見てるよね。じゃあさ、ね、コレは気がついた?」
何故か得意げな舞が、基の左手を掴み制服の袖を捲り上げた。
「ちょ、舞、いきなり…」
突然少女に密着された基が控えめな抗議をするが、尻切れに声は引っ込む。
「ブレスレットか。それは気付かなかったな。いつも身に着けているのかい?」
少年の左腕には、ただ銀の線を巻いただけのような腕輪が光っていた。
ちょうど手の甲側に、真珠色かつ透明の小さな珠が嵌められている。
「これも父さんからの贈り物。利き手につけておけ、って」
右の指で銀の輪を撫でながら基が話す。
その仕草、声音だけで、彼が父からのプレゼントを心から大切にしていることが光にも分かった。
「入学祝いに買ってもらったのが目覚まし時計だけだったから、オマケしてくれたんだよね。おそろいなんだー」
舞が照れくさそうに微笑みながら、胸元からペンダントにした指輪を出してみせる。
基のブレスレットをそのまま小さくしたような細いワイヤー状の環に、同じく透明な真珠色の珠が輝いていた。
「そうか。二人の宝物なんだな」
柔和な笑みを浮かべながら、光は“もう一つの顔”で思考を巡らせる。
(あの珠は一種の『増幅器』…いや、『整流装置』か?)
少年少女の身に着ける銀の環が、彼らの経絡に緩やかではあるが影響を及ぼしていることに気付く。
(この子達は“非凡”だ…無意識に千里眼を使いこなす舞だけじゃない。基も、何気ない癖にまで精命力を“練気”する習慣をつけられている)
類は友を呼ぶと言うが、やはり実際のことなのかもしれない。稀なる力を持った者同士は引かれ合うものなのかもしれない。
だが、たとえ特異な力を持っていたとしても彼らは“人間”に違いないのだ。
光鉄機アイエンが考えるのは、如何にして護るべき者達を危険から遠ざけるかである。
「そういえばさ、知ってる?」
作業も大方完了した頃、舞が唐突に口を開いた。
「「何を」」
基と光が同時に返す。少女はその突っ込みを一向に気にした様子なく続ける。
「町外れに謎の未確認飛行生物現る!!」
「未確認なら謎に違いないだろうな」
舞は、なおも飛び来る指摘も完全無視である。
「最近、居住区域の防護柵が切り裂かれてるってのあるじゃん?その現場近くで変な生き物が飛んでるの見た、って人がいるんだよね」
「どんな風に変なのさ」
「ザリガニみたいなハサミのついたのが、ふわふわ浮かんでたんだって。
で、そんなのだいたい二度見するでしょ?そうすると、もうそこには何も居ない!
謎!謎が謎を呼ぶ!!我々はこの生物を“スカイフィッシュ”と名づけた!」
自分自身の発した言葉に煽られどんどんテンションが高くなる舞に、少年達は冷静だ。
「どうしてザリガニにフィッシュなんだ」
「それこそ見間違いなのかもしれないよ?」
「だから調べるの!我々の基本は!フィールド!ワーク!あと、礼座くんはさっきから細かいツッコミが多い!」
「防護柵というのは、この街にの外周を囲うようにしてある、“あれ”のことか」
「そうそう。前住んでた所には無かった?居住区画の外には危険な野性動物が居てね、そういうのが侵入できないようにしてるんだって」
「なるほどな」
それが『結界』の役割をしていたのか―――光は胸中でそう続けた。
表向きは獣避けの防護柵。実態は、退魔士の手による魔族避けの結界装置であろう。
どこで仕入れてくるのか、舞の噂話はまたしても実在する魔族の目撃情報だ。
防護柵を破壊する魔族が居る。先立っての土蜘蛛のように強力な魔族が現れたことが裏付けだ。
「舞、探すのは良いけど。もう、夜に何かするのはやめようよ?」
基の念頭には、アイエンからの警告がある。
「…そう、だね。今回は明るいお昼にやろ」
舞もまったく喉元を過ぎたわけではないらしく、基の意見に素直に従った。
「じゃあー、明日お休みだから、皆で街の展望台へ行こう!」
「あそこなら望遠鏡もあるから僕たちも手伝えるね」
「お弁当も持っていこう!」
「明日、か。わかった。予定に入れておこう」
光も賛成したところで、怪奇現象調査倶楽部の次なる行動予定は決定した。
光鉄機アイエンとしては、魔族の狼藉は一日の猶予もなく止めなくてはならない。
そして基や舞を再び危険に晒すわけにも行かない。
(マイ、悪いが明日の調査では何も見つからないよ)
「そろそろ下校時刻だな。俺は先に失礼する」
自然体を装い、光が席を立つ。
「もうそんな時間?」
「十五分前だね」
「実は昨晩の件で両親に叱られてしまってね。明日の外出に許可を貰うためにも、素行を良く見せておかなくてはならないんだ」
光の言葉を聞き、舞が申し訳なさそうに縮こまる。
「そうだったんだ…怒られちゃったんだ…ゴメンね、礼座くん!」
手を合わせ頭を下げる舞。その後ろで、基は少々緊張した面持ち。
「マイが気にすることはない。俺が自分でやったことだ。それじゃあ、また明日」
軽く手を挙げ図書室を後にする光に、二人も挨拶を返し背中を見送った。
光が退室すると、舞が基に耳打ちする。
「ねえねえねえ、基も気にならない?」
「な、何が?」
今度は幼馴染みの意図が理解できてしまい、声が上ずる。
「礼座くん!どんなトコに住んでるのかな。門限あるっぽいよね。やっぱり“いいとこ”の人かな。スゴイキレイだし。怪奇現象こういうことに興味ありそうに見えないのに、けっこう積極的なの、ギャップだよね。彼そのものが一つのミステリーだよ。美しきミステリーだよ!」
早口で捲し立てる少女に、基は少し胃が痛くなった。
危惧した通り、彼女の興味関心は転校生に向いている。
真実の一端を垣間見た基にとって、光の秘密を暴くことは虎の尾を踏むようなものである。
しかしながら、彼は何も知らない舞を鎮める術を持たない。
せめて自分の目の届く範囲で、幼馴染みの暴走を見届けるしかないのだった。
校舎の屋上からは、街のおおよそが見渡せる。
千里眼の視力を持つ舞ならば、ここからあらゆる生徒の通学路を追跡することが可能だ。
「お、礼座くんはっけーん。いやあ彼は本当に目立ちますなぁ」
基が複雑な表情で見守る舞の後頭部は、光の後を追って上下左右にせわしなく動く。
「…あれ、なんかどんどん街はずれの方へ向かってない?」
「僕には見えないってば」
「あんな方角に住宅なんて無いと思うんだけど…家も“外”にあるのかな」
「舞、もうやめておこうよ。こういうの、良くないって」
いい加減、幼馴染をたしなめようとした基。
その声も当の舞が突然叫び声を上げたことでかき消される。
「すすすすす、スカイフィッシュ!!!と礼座くんがにらみ合ってる!」
今回ばかりは自慢の目を疑いながら、舞はその一部始終を見てしまった。
居住区画外れに現れるという噂の飛行生物は、街の外周を囲う防護柵地帯の一角に出現した。
噂通り、甲殻類のように節で繋がった細長い体は全長5メートルはあろうか。
二本の腕の先には鋏。頭部にあたる部分からは猛禽類のような巨大な嘴だけが生えている。
見たことの無い奇妙な生き物が宙に揺れ、その眼下には転校生・礼座光が仁王立ちして悠然と見上げていたのだ。
異形の出現から矢継ぎ早に、次なる驚きがやってくる。
光の身体が光を放ったかと思えば、次の瞬間には銀の巨人がそこに立っていたのである。
「礼座くんが、変身した!?」
舞の叫びを聞き、基はいよいよ本格的な胃痛を感じた。
「やはり『網切』か」
ゆらゆらと頭上に漂う魔族から視線を外さず、独りごちる。
結界破りの犯人・魔族網切が大きな鈴の音のような鳴き声を上げながら、空中を滑り光に鋏を向けた。
「向かってくるか。少し図体が大きくなったから、調子に乗っているようだな」
目標から放たれた眩い閃光に、網切は怯み動きを止める。
弾けた閃光が元の場所に収まる。
網切を真正面から見据えるのは、銀の巨人、光鉄機アイエンだ。
「貴様ごとき三流魔族が、光鉄機に敵うと思うな!」
光鉄機アイエンと化した光の戦いに、舞は固唾を呑んだ。
巨人の力は圧倒的であった。
鋏を前方に出し突っ込んでいく浮遊生物・網切。その鋏を側面からの掌底で続けざまに叩き砕いた。
巨人は悲鳴をあげる嘴を左右から掌で挟む。
即座に銀の篭手に覆われた両手が青白い光を帯び、小さな爆発が起る。嘴におびただしくヒビが入った。
戦意を失った網切の姿が空中に染み入るように消えていく。一種の光学迷彩である。
何も無くなった空間に、巨人は光を帯びた両腕を交差させ横に薙ぐ。
腕の軌跡に沿って発生した青い炎が、消えた網切の姿を再び浮かび上がらせ―――欠片も残さず焼き尽くした。
これを戦い、攻防とは呼べない。駆除、あるいは処刑と呼ぶべき一瞬の出来事であった。
敵が灰燼と化すのを見届けるや、アイエンは遥か彼方からの少女の視線を察知した。
(やはり、こうなってしまったか…)
敵を探るのに好都合と、参加した部活動であった。
結果的に、新たに出来た人間の友人を危険に晒してしまうことになる。
自らの失策を悔いながら、アイエンが視覚に精命力を注力。
退魔士の技を受け継ぐ彼も、舞ほどではないが『千里眼』を発動できるのだ。
呆然と戦いを終えた巨人を眺めていた舞の前身が総毛立つ。
超常が人型を為したような存在が、自分の方へ無貌の面を向けている。
舞は、巨人が自分と『目』を合わせていると感じた。
「基、走るよ!」
「どうしたの!?」
「気付かれた!急いで!!」
何も見ていなかった基であったが、舞の慌てようから何が“起こってしまった”かは察することができる。
二人は、全速力で走った。どこへ逃げるというのか。どうして逃げるというのか。
考える間もなく、行く先は先を行く舞の自宅だ。
「どうしたんだ基、舞ちゃん」
舞の自宅、鍔作オーパーツの店先に到着した二人に、中年の男が声をかけた。
がっちりとした体躯の三倍ほどある背嚢を背負っているが、微塵も苦にした様子はない。
膝頭に手を置き息を切らす舞より先に顔を上げた基は、男の顔を見て一気に安堵と喜びの表情を浮かべた。
「父さん、帰ってきたんだ」
「ただいま、基」
男の名は辰間竜。基の父親である。
鍔作オーパーツの店主・鍔作杜眞理は、店内のカウンターに並べられた品々を一つずつ手に取り隅々まで『鑑定』している。
ようやく白髪の混じり始めた黒髪は最近短めに切り揃えた。
横髪とまとめて耳に引っ掛けるのは老眼鏡のツルである。
「今回はちと長かったナ?」
何かの装置らしきものを手に取りながら、老婦人は竜に話を振る。
齢70を過ぎ顔には皺が刻まれているが、鑑定品を射抜くような眼光は衰えを知らぬようである。
「ささいなトラブルが積み重なってしまいましてね。2週間もかかってしまった」
「間に連絡はよこしなせぇヨ。待つ方は“万に一つ”と思ってまうでナ」
「…面目ない」
竜が深々と頭を下げる。彼の視線は、カウンターの傍らに立てかけてあるフォト・フレームに向いた。
そこには、竜よりも幾分か若い男女が親しげに写っている。
「お婆ちゃん、部屋で基と相談してるね!」
通学鞄を片付けた舞が、上階からやってきて杜眞理に言う。杜眞理は舞の祖母である。
「舞。あんた父さん母さんにただいま言ったか?」
「あ!…ごめんなさい。お父さん、お母さん、ただいま」
舞が言葉をかけるのは卓上の写真である。
舞の両親は、遺跡化した土地に赴き物品を回収したり開拓の可能性を確認する『開拓調査員』の職に従事していた。
調査員の持ち帰る旧時代の残滓は、文明技術の保持のため。開拓の可能性調査は、いま再び増加しつつある人口の受け皿準備のために重要な仕事である。
しかし、居住区画として確保されていない土地は―――そこにかつては人々が住んでいたとはいえ―――安全が保障された場所ではない。
彼女がもっと幼かった頃、両親は仕事先で何らかのトラブルに遭遇。夫婦ともども帰らぬ人となった。
息子夫婦を喪った杜眞理は、女手一つで遺された孫娘を育てている。
両親への挨拶を済ませ、基を伴って上階へ駆け上がっていく舞を見届け、杜眞理はカウンターを挟んで竜に向き直った。
「舞ちゃんも大きくなりましたね」
「お蔭さんよ。基くんが仲良うしてくれるでナ」
「いや、こちらこそお世話になってます。あの子達は小さい頃から一緒、兄妹みたいなもんだ。“あいつら”の分まで、少しでも父親をやってやりたいと、思います」
竜がもう一度、写真に目をやる。
舞の父母と竜は、調査員仲間であった。三人はチームを組んで活動することが多かったが、偶々別行動をとったある時が別れの時となったのである。
「よろしく頼むナ、お得意さん」
自室にて、舞は興奮冷めやらぬ様子で基にまくしたてる。
「あのね、あのね…変身した!巨大化!ズバーッてスカイフィッシュを燃やしちゃったのよ!」
「そ、そうなんだ…」
「手から光線!」
自分も同じものを見たんだ。
その一言を挟むタイミングを逸したまま、小半時が過ぎていた。
「礼座君って何者なんだろう…もしかして、宇宙人!?」
校舎から逃げ出した時とは打って変わって、今の舞は喜色が見える。恐怖がそのまま転じているのであろう。
その様子は、基にとっては見慣れた光景だ。
基と舞の違いと言えば、光鉄機の声を聞いたか否かである。
巨人の言葉が楔となって、基には舞のように無邪気にはしゃぐことはできない。
そうでなくとも、基の胸中に引っかかるものはあった。
どうにかして舞にも彼の『警告』を伝えなくては。
最重要なことの筈なのに、基には何故かハイテンションの舞に割り込むことができないでいた。
「舞ちゃんは相変わらず賑やかだね」
ノックの後、部屋の扉を開けたのは竜である。
「あ、おじさん。鑑定は終わったの?」
「ああ。あとは書類をまとめるだけさ。その前に顔を出しておこうと、ね」
「えと…どうして?」
大人の登場により、舞の勢いがやや減衰した。
「店先でかなり慌てていたのが気になったんでね。何かあったのかい」
穏やかに問いかける竜に、舞が口ごもる。件の話題は、何となく第三者に漏らすべきでないと思われたのだ。
舞が引っ込んだのを見て、基が意を決して口を開いた。
「父さん、順番に話すよ。舞が知らないこともあるから、聞いて」
基は、自分が初めて礼座光と出会ったときのことから始め、今日に至るまでのあらましを全て打ち明けた。
夜の学校で光鉄機と名乗る巨人から受けた『警告』についても、漏らさず話した。
辰間基は、尊敬する父親に全幅の信頼を寄せている。
基の父・竜は、息子の話を聞くや、舞の祖母・杜眞理に声をかけ、一同を階下の居間に集めた。
「これは、お前達自身にとって大切な話だと思う。だから、杜眞理さんにも聞いてもらうべきだ。いいね、舞ちゃん」
「え…あ…はい」
まっすぐな視線に射竦められたように、舞が縮こまる。
店先のシャッターを下ろした杜眞理は、平生と変わらぬ足取りで卓についた。
「そりゃア、退魔士ってのかもナ」
光鉄機の話を聞いた杜眞理が飄々とコメントした。
耳慣れない単語に、舞が瞬きしながら首をかしげる。
「たいまし?」
「魔物だの妖怪だのをやっつける仕事人ヨ。そんなのが昔ッから居たって話サ」
「じゃあ、礼座くんはその、退魔士なのかな…?」
「舞は目が良えからナ。見たまんまで考えェ」
「見たまんま…礼座くんが巨大ロボットで、魔物をやっつけてて…でもでも、危ないんだから…」
「杜眞理婆ちゃん。礼座くんは、あの時『忘れろ』って言いました」
「ン」
隣で頭を捻って唸り始めた舞の代わりに、基が問う。
「本当のことを知ってたら危険だ、って言われたんです。それでも僕たちは“見てしまった”。どうすればいいのか、分からないんだ」
基もまた、視線を落として苦悩の表情である。
「そう、そうだよ…“私たちは”どうすればいいのかが、分かんない」
舞が繰り返す。少年少女は突如出現した非日常の隣人に戸惑っているのだ。
考え込む二人の沈黙は、杜眞理が破った。
「ちょっとトイレ言ってくるわナ」
他意は無い。彼女は純粋に用を足しに行くのだ。
齢を重ねた婦人は、物事をありのままに受け止めながらも動ずることがない。
「それで、二人はどう思うんだい」
竜が包み込むように穏やかな声音で問いかける。基と、特に舞には質問の意図が分からなかったとみえたので、言葉を補った。
「礼座光くんと“どう接したいか”、ということだよ。それだけはお前達自身の問題だよ」
「どう接したいか……うん、僕は…」
基は、光と初めて出会い握手したときの事を思い出した。
あの時、自分は彼に何て言ったのか。彼は、どう応えたのか。
そのことを振り返ったとき、ごく単純な思いが浮かんできた。
「ねえ、舞。今度会った時にはまず、謝ろうよ」
「あやまる…?」
「覗き見、したじゃないか。僕らはもう、友達でしょ?宇宙人でも退魔士でも、友達なのは変わらない。僕はそう思う」
少年の言葉を3秒ほどかけてきちんと理解し、舞も深く頷く。
「…うん。それはそうだね。基の言う通り、だね」
答えを導き出した息子の姿に、父も満足げに頷くのであった。
「よし!明日はまず、礼座君にごめんなさいしよう!」
押さえがとれたバネのように、舞のテンションが再び振り切れる。
「ついでに転校生突撃インタビューとかグラビア写真撮影とかしよう!礼座くんの事をもっとよく知るために!ね、基!決定ね!」
「うん。そうだね。楽しみだね」
一瞬にして盛り上がりがピークに達し、更に加速していく舞に、基はただただ頷く。
その顔は、どことなく諦観の色があった。
「悩み解消でひとまずめでたし、か」
二人の様子に苦笑し肩をすくめる竜。
「お茶淹れてきたでナ」
小用を済ませた杜眞理が盆に茶菓子まで用意して戻って来た。
茶を啜りながら子供達を眺める父と祖母。
その後ろで、写真の中の両親も笑顔を湛えていた。




