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『DRL』機皇退魔陣  作者: 拾捨
地上光臨編
26/58

ナイト・スクープ!

教室の窓に射し込む光が赤い。少し前まで生徒達の声が弾んでいた廊下は静寂。

校庭で練習をする運動部の掛け声もそろそろ聞こえなくなってきた。

下校時刻が超過したとき、怪奇現象調査倶楽部の活動は開始する。


「さあ、まずは勝手知ったる2階からいこう!」

音頭をとるのは舞である。左手にはペンライトを持ち、腰に括りつけたポーチからは筆記具、ピンセット、物差し等が頭を出している。

自分達の教室から出ると、舞は天井に通路の片隅、果ては窓のサンに至るまで視線を滑らせながら歩いていく。

少女は本気で『学校の怪奇現象』を発見しようとしているのだ。

張り切って先行する舞の後ろに、基と光がぞろぞろと続いた。


「ねえ舞、さすがに職員室はムリだよ」

三階建ての校舎の隅々を(主に舞が)つぶさに見て回った一行であったが、最後の一ヶ所を前にして壁に突き当たった。

下校時刻からは一時間以上経過し、今や校内に残った生徒は舞たち三人だけであろう。

しかし、職員室には残務処理を続けている教師が未だ数名居るのだ。


「ガクエンの平和のためだから!先生だって話せば分かってくれるよ!さあ、行こう行こう!」

「…どうして僕を先頭にするのさ」

威勢よく言うと同時に自分の背後に回った幼馴染に、基はため息をつく。

「基は先生たちからノーマークじゃん!」


「すると、舞はマークされているのか」

新人の光が素朴な気付きを口にする。

「いつもこんな事やってるからね」

いつも付き合わされている幼馴染の少年が肯定する。

「自他共に認める問題児、といった所なんだな」

「うー!礼座くんヒドーい!基はズルーい!いっつも私だけお説教だし!」

光は「さもありなん」とコメントしようかと思ったが、目の前の少女の目が少々潤んでいたので言葉を引っ込めた。


「……よし、ドアをそっと開けて覗く作戦でいこう!」

結局、入室を思い止まった舞が対案を出す。

「その方が遥かにマシだろうね」

基が頷く。実際の所は、下校時刻を過ぎて職員室前をウロウロしている現在の状況そのものがアウトであったが。

「いや、無理がないか?」

成り行きを見守っているかに見えた光が口を挟んだことに、舞と基は少々驚きながら彼の方を見た。

「探しているのは『糸』なんだろう?扉から覗き込んだ程度では発見できないんじゃないか?」


見たところポーチに必要以上に小道具を詰め込んできている舞だが、虫眼鏡や望遠鏡の類は手にしていない。

職員室は通常の教室二つ分の広さがある。扉からできることと言えば、せいぜいその空間を見渡す程度であろう。

光は、そのような非現実的な方針に、常識的な思考をすると思しき基まで頷いていることに違和感を覚えた。

(マイに適当に話を合わせている可能性もあるが…いや、そうであれば、そもそもここまで付き合わないだろうな)


「あ、そうか。礼座くんは知らないもんね」

はたと得心した様子の基に、光が疑問符を浮かべたところで舞が言葉を継ぐ。

「私は目がとっても良いの!」

「目が…良い?」

「そうそう!だから双眼鏡とか必要なし!」

「昼間なら空の上の方を飛んでる鳥の羽毛まで見えてるらしいよ」

「気合を入れれば1キロ先だって見えるもの!ここから糸を見つけるなんてよゆーよゆー!」

「そ、そんな“能力”があったのか、君は…!」

舞は、光の驚いた表情を見て得意げに胸を張る。


(それが本当なら、市街地で生活する少女に備わる“視力”ではない…おそらく『千里眼』だ)

舞は、中の教師達に気付かれぬようそっと扉を開け覗きこむ。

光は、その姿を注視する。彼の視線は、彼女に流れる経絡―――精命力の流れを観察する。

(やはり…視覚を強化する精命経絡オーラ・サーキットが備わっている……マイは無自覚にこの力を使っているのか)


かつて活躍した退魔士達の中には、身に奔る精命力の流れを操作することで超人的な力を発揮する者達が居た。

今は亡き国主明彦が地底にて見せた身体能力もその一端である。彼は退魔士の末裔であった。

光も、退魔士たちの能力は知っている。故に、無邪気に超常の力を使いこなす少女の姿に驚いたのだ。


「舞、何か見えた?」

扉の前に屈みこんで小さく唸りながら職員室を覗く舞に基が話しかける。

短めに丈をつめたスカートから覗く肌色は極力視界に収めないようにした。

「んー、んー…ん!?何だろアレ?アレのことなのかなあ」

「マイ、俺たちにも分かるように説明してくれないか」

「壁にかかってるホワイトボードの裏から、キラキラした『糸』みたいなのが見えてるの」

ホワイトボードは、舞達の居る地点からちょうど対角線上に位置する壁に掛けられていた。

「変な揺れ方だなぁ。なんかアレ“勝手に”動いてない?」

「いや、僕たちには見えてないから」


「よぅっし!手がかり発見したし、誰も居なくなってから回収しよ―――お?」

目を輝かせながら基たちの方へ振り返った舞の表情と動きが固まる。

彫像のように硬直した顔面に冷や汗が伝った。

「あなたたち、こんな時間に何やってるの?」

基と光の向こう側に、担任教師・片桐真心が腕組みをして立っていたのだ。



「下校時刻を過ぎてからの活動は許可をとらなきゃいけないの。理由わかるわよね?」

「はい」

「言ってみて」

「ええと…危ない…から」

「どう危ないのか分かってる?」

「一反木綿とか?」

「…イッタンモメン?」

「妖怪」

「もっと現実的な想像をしなさい!」

教師の説教は一時間に及んだ。いつも通り舞が集中的に絞られている。


「…はぁ、もう暗くなってきたし、今日の所はさっさと帰りなさい」

「先生、でも、でも…」

いつもであれば平謝りして翌日には何処吹く風な舞であるが、今日は食い下がる。

「見つかりそうなの!このチャンスは逃したくない…お願い、先生!」

「今回は本当に“何か”が見つかっているんです。だから舞はどうしても調査を続けたいんですよ」

基が幼馴染の言葉を落ち着いた調子で補う。


年若い女教師は、自分の方をまっすぐ見つめてくる少女の視線に、眉の端を下げた困り顔をつくった。

彼女とて、教え子の熱意が本物であることは感じられる。

「だけどねぇ…さっきも言ったけど、もう遅いし…」

「先程言っていたといえば…片桐先生。この時刻であっても“許可”が得られれば良いんですよね」


会話に割り込むタイミングをはかっていた光が、教師との交渉を試みる。

「俺達の部の“顧問”の先生に、事情を話して貰えませんか?

今日会ったばかりの俺にも、マイが一生懸命なのはよくわかる。協力したいんです」

光の言葉を聞き、明るい顔で膝を打つ舞に基。

一方、真心は引き続き困り顔である。


「礼座君、僕達の顧問は片桐先生なんだ」

「それなら話は早い。お願いします、先生」

光が美少年スマイルで揺さぶりをかける。

「で、でも、夜遅くに子供達だけじゃ…家の人だって心配してるでしょう」

「連絡済みです」

すかさず基が答えた。

「私達だけじゃ危ないのなら、先生も一緒に来て!おねがい!この通り!」

舞は今にも土下座を始めそうな勢いで頭を何度も下げる。

後ろに控える二人の男子生徒も、真剣な眼差しをこちらに向けてくる。

もはや、頼みを無下にできる空気ではなかった。

「え、えぇー……」


眼鏡越しに、視線を窓の外へ泳がせる。既に日は暮れ夜空に星が瞬いている。

自分以外の教師もほぼ退勤し、校舎の中はいよいよ不気味な静寂が包んでいた。

新人教師・片桐真心は、一言で言えば怖がりであった。

夜の校舎が放つプレッシャーと、教え子の期待が彼女を板ばさみにする。

「…一時間だけよ」

散々悩んだ末、遂にうなだれながら教え子の活動を許可。

続けた「それ以上は私が限界だから」という言葉は、教え子の歓声にかき消された。

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