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41 おしまいもチョコレート

 ムニール、輝きという意味の名を持つ国。

 その国の太陽はまさしく強い輝きを放つ。

 真夏の昼間の気温は摂氏五十度を超える。

 しかし、二月の今はしのぎやすく平均気温は二十度前後、月に十日ほど雨が降ることもある。

 だから、この時期の現場作業は昼間にできる。

 俺はいつものように、現場に出た。

 現場はムニールの首都ルーバに新しくできる国立病院の駐車場。

 作業員たちが現場事務所前に集まっていた。

 現場監督のサリムが音楽プレイヤーに小型のスピーカーをつなげると、聞こえてきたのは日本全国でおなじみの体操の音楽だった。

 適度な間隔をとって作業員たちは身体を動かし始めた。

 俺も後ろに並んで、一緒に体操をした。

 日本人なら学校でも習うから知っている体操だが、こっちの学校ではやらないから動きはバラバラだ。

 でも、身体を温めて作業中の事故を防ぐのが目的だから、動きがそろっていなくてもいい。身体が温まっていれば、いざという時に機敏に動ける。

 体操が終わると、サリムが今日の作業の注意事項を話す。

 今日は重機が入るので、運転席からの死角に入らないように、誘導員の指示に従うようにとサリムが話す。

 その後、作業員の一人から指差し呼称を忘れないようにしようと今日の注意事項が伝えられ、朝礼は終わった。

 作業員たちは持ち場に動く。俺は邪魔にならないように事務所に行った。

 監督のサリムは電話中だった。電話が終わると、サリムはおはようございますと挨拶した。

「合材の車が少し遅れるとのことでした。」

 いつものことだった。時間通りにうまくいくということはめったにない。

 だが、それでも、ちゃんと工事は終わらせる。

 彼らなりのやり方で工事は進んでいく。

 俺はできるだけ技術的なこと以外は口出しはしないようにしている。ただし、安全と就労時間の管理だけは気を配っている

「遅くなると残業にはならないか。」

「それは大丈夫です。」

 そこへ作業員が入って来た。

「監督、合材の車はまだですか。」

「遅れるそうだ。一時間。」

「わかりましたあ。」

 作業員は威勢よく出て行った。

 こうしてムニールの現場の一日は始まる。




 俺は大日本舗装建設株式会社ムニール出張所所長という肩書だが、実質はムニール建設省土木局顧問だ。

 ムニール出張所には俺以外の社員はおらず、作業員もいない。

 ムニールの舗装関係の現場の技術指導が主な仕事である。道路だけでなく駐車場、空港、運動施設など舗装が必要な場所に行き、技術指導をするのだ。

 といってもあちこち動きまわるのは腰が落ち着かないので、肝になる現場を中心にまわっている。

 病院の駐車場もその一つだ。今回は今までムニールでは行われていなかった透水性舗装の施工だ。

 砂漠の多い土地で雨が少ないのにと思われるかもしれないが、この舗装は騒音が軽減されるので病院のような場所には向いている。

 また舗装に隙間があって蓄熱性が少ないので、他の舗装よりも夏の時期熱くならないから首都のヒートアイランド現象を軽減する。

 問題は舗装の隙間に砂が詰まってしまうことだ。目詰まり洗浄のためにこの地で貴重とされる水を使うというのは勿体ない話だが、最近では洗浄に使用した水を吸引回収し再利用できる専用の車両もあるので、最終的にはこの舗装で施工することになったのだった。

 この日は午前中、この病院と小学校の運動場に行った。

 どの現場も活気がある。王太子自身が土木建設関係の技術者養成専門学校を設立し、現場の作業員で意欲のある者は仕事のない時期はそこで奨学金を受けながら勉強できる制度を創設したので、推薦を受けるため若い作業員たちが真面目に働いているのだ。

 技術者を国内で育成すれば、時間はかかるが国内のインフラが整う。いずれはその技術を海外で生かしていくこともできる。そうなれば外貨の獲得もできる。

 原油という資源はあるが、それだけに頼っていては枯渇した時には何も残らない。

 原油を売った豊富な資金を使って海外から技術者や労働者を入れて一気にインフラを整備するということもできるが、それでは国内の技術者は育たない。保守管理の問題もある。時間はかかるが、人を育てることをこの国は選んだのだ。

 俺以外にも、建設、機械、教育、金融、医学、福祉、情報技術等の実務に詳しい専門家が各国から高報酬で招聘されていた。

 俺は会社からの給与だけしかもらっていないが、それでも用意された住宅や待遇は日本国内ではとうてい得られないものだった、




 午後、建設省内のミーティングに出席して仕事は終わった。

 朝早いから、その分仕事が終わるのは早いのだ。

 ルーバの中心部にある王宮にほど近い住宅街、そこに俺達は住んでいる。

 建設省から車で五分ほどの場所だ。

 平屋建てで家屋の広さは二百坪ほど。庭がその五倍ほどの広さがある。

 二人で住むには広過ぎた。

 掃除は通いのお手伝いさんが週二回してくれるが、眞帆子は汚いままでは申し訳ないとお手伝いさんが来る前日は家中を掃除している。

 さすがに庭までは手が回らないのであきらめているようだが。

 車が近づくと、門扉が自動的に開いた。

 車のキーの電波を察知しているらしく、車が入ると今度は閉まる。

 ガレージに車を入れ、玄関を開ける。

「ただいま。」

「お帰りなさい。」

 車の音に気付いたエプロン姿の眞帆子が迎えた。

 俺は靴を脱いで上がる。モハメドは日本人の俺に気を遣って、和風の玄関にしてくれたのだ。畳の部屋も三間ある。

「今日はシャフィカさんがお見えになったわ。」

 モハメドの奥さんはよくうちに顔を出す。眞帆子から日本語を習っている。眞帆子は代わりに英語を教わっている。

「三人目ができたんだろ。」

「ええ。順調なんですって。」

 そんな話をしながらリビングに入った。

 広いリビングだが、実際に使っているのは半分の広さもない。

 木製のテーブルの上を見ると、小さな包が置かれていた。

「これ、何?」

「開けてみて。」

 俺は包装紙を開けた。四角い箱が出てきた。

 箱のふたを開けると独特のカカオの匂いが漂ってきた。

「ありがとう。そうか、今日は十四日だったな。」

 イスラムの教えを信じるこの国ではクリスマスもバレンタインデーもない。

 それを宣伝して店でセールをやることもない。

 ただし、お菓子屋に行けば、チョコレートは売っている。

 若い国民の間ではこっそりとやりとりがあるらしい。ミーティングの休憩中に出たお菓子はチョコレートだった。今日の日を知ってのことかはわからないが。

 俺は隣に立つ眞帆子の肩をそっと抱いた。

「私は幸せです。」

「俺もだ。愛してる。」

 柄にもないことを言えるようになったのは、モハメドのおかげかもしれない。

 建設省内で顔を合わせると、奥さんにはちゃんと言葉で気持ちを伝えないといけませんと、真面目な顔で言うのだ。 

 だから、俺は毎日言う。そして眞帆子も。

「愛しています。」

 一年の特定の日だけに愛を告白する必要など、俺にも眞帆子にもない。




 俺の野帳に「バレンタインデー」の文字はない。



              完





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