04 いつ冬のスポーツの祭典が開会したんですか
「だから、もう終わったとよ。」
「え? それじゃ夜中にやってたのは閉会式?」
俺は衝撃のあまり、弁当の卵焼きを落とすところだった。
四年に一度のスポーツの祭典が終わったなんて、知らなかった。
「そう。おはんは見らんかったとか。トリプルなんとかとかパラレルとか。」
島さんの言う言葉は聞いたことがある。だけど、見てない。何も。
「今年はロシアで、時差があったとよ。決勝はどれも夜中やったもんなあ。」
開催地も知らなかった。
「フィギアのマヨちゃんのトリプルアクセルも見とらんとや?」
「見とったら朝起きれん。」
そうなのだ。毎年二月から三月にかけてはテレビを見ている暇などない。天気予報を確認するぐらいだ。スポーツなんか見ている暇はない。
そういえば四年前も、いや八年前もそうだった。イナバウアーっていうのがあったけどあれ何だっけ。
「子どもようなのが滑って宙返りしとったど。あんなことようするがなあ。」
「宙返りって?」
「スノーボード。太か溝ん中を滑ってへりんとこで宙返りすっと。わっぜどお。」
島さんは身振り手振りで説明する。
知らない間にわけのわからない競技が増えているようだ。
昨夜、正確には今朝未明だ。
夜間作業が予定より早く終わり、家に戻ってテレビをつけてコンビニで買ったカップめんを食べていると、なんだか外国人が大騒ぎをやっていた。
ジャージを着ているのでなんだと思うと、アナウンサーが四年に一度とか言っていた。
そうか開会式かと思ってテレビを消して布団にもぐりこんだ。
で、今朝定時に出て写真整理をやって昼飯を食ってる時に、その話題になったのだ。
俺が見たのは閉会式だった。道理で皆弾けてたよな。カメラ持ってるのが大勢いたし。
毎年のこととはいえ、四年に一度のお祭り騒ぎのことも忘れて仕事をしている俺は何なのだ。
そういえばスケートなんかもう何年もやっていない。
スケートシーズンはこの業界の書き入れ時だから当然と言えば当然なのだが。
おまけに俺が高校生の時に遊んでいたアイススケート場はいつの間にかなくなっていた。
「そういえば、モハメドの国は出てたのか。」
俺は隣で弁当を食うモハメドに尋ねた。
こいつの弁当はハラルという食品規格に合ったものしか使っていない。俺の弁当の量の三分の二もない。これで足りるのか心配になる。
「私の国にはスケート場もスキー場もないので、出ていません。」
「砂漠で暑いんだな。」
「そうです。それに電力が足りない。」
考えてみればスケートなんて屋内に氷を張らないとできないスポーツだ。氷が解けないように室温の調節をするには電気の力が必要になる。電力事情の悪い国ではできないスポーツだ。贅沢なスポーツだと思う。
「モハメド達が頑張って国を豊かにするんだな。発電所や道路を作って。」
「そうです。私の責任は重いです。」
この心意気、若い作業員に見せてやりたいと思う。
国を背負って立つ気概があるというか、モハメドのような若者がいる国は幸せだと思う。
「ところで、浅戸さん、さっきお使いになっていた写真管理のソフトウェアですが、あれは会社のものですか。」
「ああ。モハメドは写真管理したことあるのか。」
「はい。でも、浅戸さんの使っているソフトウェアとは違うものです。そちらのほうが使いやすいように思ったのです。」
モハメドは勉強熱心だ。俺が図面を作ったり、写真を整理しているのを見て、自分もやってみたいと思ったのだろう。
「会社のだからIDとパスワードがいるんだ。所長にきいてみようか。もし駄目でも、フリーのソフトでいいのもあるしな。」
「そうですね。研修期間が終わったら使えませんから。」
弁当を食べ終わった後、俺は個人で使っていた写真管理ソフトを教えた。
モハメドはそれをメモし、後でダウンロードしてみると言った。
「浅戸さんはほんとにすごい。」
モハメドは真面目な顔で言った。俺はそんなに凄いことをした覚えはない。
「スコップで穴掘っても、毎日歩きまわっていても、全然疲れてないし、パーソナルコンピュータにも詳しい。ソフトウェアのことも聞いたことは何でも教えてくれる。工事の方法にも詳しい。まるで土木の辞典です。」
そう言われると少し嬉しい。ま、一級土木や一級舗装の免許持ってるのに知らないんじゃ話にならないしな。
「ありがとう。そう言ってくれるのはモハメドだけだ。」
本来は俺の担当じゃない大量の写真整理を押し付けられてしまった今の俺にはモハメドの言葉が凄く嬉しかった。
島さんも言った。
「まこて、会社ん衆も浅さんのことをもちっと大事にせんとな。」
モハメドはこっちの方言がわからないはずなのにうなずいた。
「浅戸さん、私の国の言葉ではアサドとはライオンを意味します。」
「え? ライオン?」
そいつは知らなかった。百獣の王か。
「そうです。ライオンです。浅戸さんはライオンです。」
なんだか金メダルでももらった気分だった。
「そっか、ライオンか。」
午後の仕事が始まって二時間ほどした後だった。
「失礼します。」
二階で働く事務員の江口がやって来た。
うちの事務所は二階建てで俺たちは一階で書類仕事をする。二階には女子事務員がいて経理の仕事をしている。
島さんはモハメドと一緒に明日の仕事に必要なレーキやコーンその他もろもろの道具を倉庫から出してトラックに運んでいる。
一階は俺一人だ。
「浅戸さん、チョコの付箋見た?」
何の話だろうと思った。チョコ?付箋?
「忘れたの?」
「チョコ…ああ、あれかバレンタイン!」
「もう、反応鈍い!」
江口は半分笑っていた。付箋に遠藤の携帯番号らしいのが書かれていた、あれだ。
俺はモニターから視線を江口に移した。
「あれ、江口さんが犯人?」
彼女はうなずいた。まったく何を考えているんだと俺は思う。気を利かせているつもりかもしれないが、遠藤にとっては迷惑でしかないだろうに。
「そういう悪戯は…」
「いたずらじゃないんだけどね。」
江口の声が真面目に聞こえたので驚いた。
「遠藤ちゃん、浅戸さんが働き過ぎじゃないかとか、よく言ってるんだよね。」
「この時期、俺だけじゃないよ。」
「あのさ、そういう意味じゃなくて、浅戸さんのこと心配してるってこと。」
江口の言うことはわかる。だけど、わかっていても素直に嬉しいと言うわけにはいかないだろう。
遠藤には俺と違って未来があるんだから。
「だからって携帯の番号はよけいじゃないか。」
「チャンスを生かすも殺すも浅戸さん次第だからね。」
「何のチャンスだ、一体。」
「遠藤ちゃん、この前言ってたんだよね。ジャンプの最年長の人、浅戸さんに似てるって。銀取れてよかったって。」
「ジャンプって雑誌?」
「何ぼけてんの! レジェンドよ、レジェンド! メダル取ったでしょ!」
わけがわからなかった。江口は何の話をしているんだろうか。
内線の呼び出し音が鳴ったので、江口はそれに出てすぐ二階へ上がってしまった。
俺は再びモニターに目を向けた。今夜中に終わらせないと明日の現場に響く。
俺が江口の言うレジェンドが何者か理解したのは、その夜帰宅後テレビの番組を見た時だった。
確かに痩せているところだけは似ていた。
正直言って俺には遠藤の趣味が理解できなかった。




