22 紅林真帆子の告白
浅戸さん、いろいろとご心配してくださって、申し訳ありません。
私はものすごく、恵まれてると思ってます。
ここに来てから、皆さん本当によくしてくださるんです。
お茶やお花、それに英会話まで勉強させてもらってます。
着物も作ってもらったし、服も靴も何もかも新品を用意してくださって。
申し訳ないくらいです。
ご飯もとてもおいしいし。
すみません、まるで自慢してるみたいですね。
とにかく、浅戸さんが心配してるようなことはありません。
居づらいなんて、とんでもないことです。
お兄さんには二人子どもがいて、春休みに上の高校生の男の子はニュージーランドに語学研修、下の中学生の女の子はカナダにスキー部の合宿にそれぞれ行っていて、お土産を私にまで買ってくれたんです。
まさか、私にお土産を用意してくださるなんて。
本当に私は幸せ者です。
父も、病気のせいで、私のことをよくわかっていないんですが、穏やかな人で。
お手伝いさん達も親切にしてくれます。
でも、父の介護をさせてもらえないのは……。
仕方ないですよね。まだ信頼されてはいないのでしょうから。
それ以外は何も問題はありません。
お茶の先生もお花の先生も、何も知らない私にとても親切で。
他のお弟子の方たちも知らないことをたくさん教えてくださいます。
見て見ぬふりをされるより、よほどありがたいです。
英会話の先生も親切で。
積極的に外に出て海外の方と話すようにと言われました。
え? パーティですか。
はい。兄が慣れるようにと連れて行ってくれました。
モハメドさんがおいでで驚きました。
モハメドさんから電話番号を聞いたんでしょう。
あの方は、お国では、それなりの地位の方ではないでしょうか。
とても立派なお国の衣裳を身に付けておいででした。
私の話ばかりで申し訳ありません。
会社は、事務の新しい人は仕事に慣れたでしょうか。
忙しくない今のうちに慣れてもらわないと。
マニフェストの書式とかいろいろあるし。
え? そうなんですか。
また工事指示書の書式変わったんですか。大変ですね。
せっかく皆さん慣れたのに。
江口さんんもお忙しいでしょうね。
え? どうして困ってるのかって?
はい。それはですね。
何も仕事をさせてくれないんです。
父の介護は専任の方がいるし、掃除洗濯、炊事も皿洗いも全部お手伝いさんがやるんです。
私は勉強して、買い物の注文をするだけ。
これ人としてどうなのでしょうか。
贅沢な話と思われるかもしれませんけれど、なんだか変です。
これが仕事なんでしょうか。
なんだか違うような気がします。
お金を使うのが仕事のようになっている気がします。
高校の時に勉強した計算機や簿記、パソコンと違って、お茶やお花、英語はお付き合いのためには重要なのかもしれませんが、あまりにもお金がかかり過ぎるのです。
英語は比較的かかっていないようですが、英会話の先生と対面で一対一の授業ですから、一時間の時給を考えると、恐らく一回二千円や三千円ではないと思います。
それが週に二回。
月にすると数万円。
教え方の上手な先生なので、もしかすると桁が一つ違うかもしれません。
これが自分で稼いだお金なら納得もできます。
でも、全部これは父や兄が稼いだお金です。
これまで私に何もやってあげられなかったから、これくらいなんでもないと言うんですけど、私は愛人の子です。
私なんかにお金を使ってもいいもんなんでしょうか。
パーティもそうです。
そのためにドレスや靴、バッグまで新しく作ってくださる。
なんだか申し訳なさ過ぎて。
どうして、皆さん、私によくしてくださるんでしょうか。
私はどう御恩返しをしたらいいのかわかりません。
本当に困ってしまいます。
感謝の気持ちは忘れてはいけないけれど、これがもし当たり前のことになったら、忘れてしまいそうで。
お金を使うのが仕事のようになってしまっていることが、恐ろしくてたまりません。
でも、皆さん、気にしなくていいと言うんです。
本当にいいのでしょうか。
確かに母は苦労して苦労して、挙句に身体が不自由になって亡くなりました。
それを思えば私が楽をしていいという考えになるのかもしれません。
だけど、楽をすべきだったのは母です。
あんなに毎日大変な思いをしてたんですから。
私は母に守られていたようなものです。
私にとっては、母との日々は決して苦労しただけの日々ではなかった。
幸せな時間もたくさんあったんです。
それは母が私を守ってくれたからで。
忘れなければいいんですか。
母のことを……。
忘れずに、今の幸せを味わう……。
それでいいんでしょうか。
本当に自分のことばかり話して申し訳ありません。
浅戸さん疲れてらっしゃるのに。
ごめんなさい。
コンビニの舗装、頑張ってください。
ご安全に。