02 日曜日って何?
本日は日曜日。
だが、この時期、日曜日に休んでいる土木関係者(公務員は除く)はいない。
あ、事務職員は休んでいる。
彼女たちは週休二日だ。
江口さんは結婚していて、子どもが二人いる。
遠藤嬢は独身で母親と二人暮らしらしい。
らしいというのは、確認したことがないからだ。
江口さんと旦那と子どもの四人でいる時にホームセンターで会ったことがあった。
遠藤嬢には会社以外で会ったことはない。
会社でもほとんど会わないのだが。
今日の仕事は現場の舗装。
七時には現場に行き、朝礼してラジオ体操をする。
合材のトラックが来る時間を見計らって作業を開始する。
「今朝はしばれるなあ。」
寒そうに震えているのは、北海道から来ている作業員だ。
この時期、厳寒の北海道では土木工事はほぼ不可能になる。
俺の働いてる会社は全国規模なので、北海道の作業員を遊ばせるのはもったいないと西日本各地の現場に送り込むのだ。
だから毎年一月になると北海道からグループを組んで、うちの事務所に応援の作業員がやってくる。
彼らは会社が借り上げた借家で共同生活をしながら三月までこちらの仕事を手伝ってくれる。
彼らの仕事は実に迅速だった。
やはり北国の人は真面目だと思う。
だが、彼らはなぜか皆寒がりだった。
不思議だ。
なんでも、こちらの家は彼らに言わせると隙間だらけらしい。
北海道にいる時は風邪をひかないのに、北海道より暖かいはずのこちらに来ると風邪を引くのだった。
ともあれ、仕事はほぼ予定通りに進みそうだった。
だが、うまくいきそうな時に限って、何かが起きるようになっている。
現場はよかったのだ。
こっちの予定通りの時間に予定通りの量の合材が搬入され、予定通りに作業が進行した。
機械のトラブルもなく、温度管理も適切で、作業員の怪我もなく、理想の仕事だった。
四時には片付けも終わり、俺は会社の車で事務所に戻った。
さすがに日曜日に残業はしたくない。
事務所で日報を書いて、明日の段取りも確認した。
後は帰るだけ。
そこへ電話が入った。
作業員の島さんからだった。
『明日、休ませてもらえんけ。』
珍しいことだった。
『向かいの家の人が死んで、明日通夜であさって葬式よ。手伝いに行かんとならんで。』
「そうか。それは仕方なかな。」
『一緒にゲートボールをしとった人やっで。』
「わかった。」
『水曜日は来っで。』
「無理せんごとな。」
島さんは会社を退職後も忙しい時期手伝いに来てもらっている作業員だ。
すでに年金生活なので、それに差支えがないように仕事をしている。
年齢はなんと七十五歳。
だが、いまどきの若い連中と比べても作業量は段違いに多い。
とにかく身体の出来が違う。
仕事のない時は自宅裏の家庭菜園(畑と言うのが適切かもしれない)の手入れに余念がなく、趣味のゲートボールにも励む。
とはいえすでに後期高齢者である。
ご近所のゲートボール仲間が亡くなったという精神的ショックを考えれば、水曜日も休んでもらってもいいくらいだ。
島さんの穴をうめてもらうのは、と考えているところにまた電話が来た。
『明日、休むから。』
作業員の野村だった。
何があったか野村は言わない。俺も訊かない。
恐らく家庭問題だ。野村の家はこの数年荒れている。
十歳年下のかみさんがたびたび家出をする。
保育園児と小学生の子どもを置いて。
なにしろ、一月から三月、下手すると前年の十二月から四月まで、仕事が忙しくなるから、かみさんにかまっている時間がない。子育てもかみさん任せになる。
しかも、うちの会社だけかもしれないが、奥さんが年下、それも七歳、八歳下は当たり前、中には親子ほど離れているなんていう夫婦が妙に多い。
旦那が六十、奥さんが三十、子どもは五歳とか、子どもの成人式まで旦那生きていられるんだろうかと思うような家族もいる。
独身の俺にも、その夫婦生活の危険性は想像できる。
旦那のいない間に男を引き込む、なんて簡単にできるのだ。
さすがに二人の穴は大きい。
俺は協力会社になっている建設会社の専務に電話を入れた。
やはりこの時期、融通してもらえる作業員はいなかった。
だが捨てる神あれば拾う神ありである。
外国人研修生が一人いるという。
大方東南アジアか中国から来ているのだろう。
書類が厄介だなと思っていると受け入れの書類は専務が書くと言った。
しかも専務も一緒に手伝いに来ると言う。
ま、専務まだ三十代だしな。野村くらいは動けるだろう。
これで二人そろった。
俺は安堵した。
気が付くと七時をまわっていた。
いつもより少し早いだけだ。
これで明日の心配はないと、俺は会社を後にした。
夕飯は近所の弁当屋で焼き魚弁当を買った。
時間があったのでホームセンターに行って手袋を買うことにした。
この前買った十双入りの手袋がそろそろなくなりそうなのだ。
滑りにくく、なおかつ通気性がいいもの、そういう条件を満たすもので安価なものはなかなかない。
この前買ったのは値段相応の耐久性だが、使いやすかったので同じものを探す。
あった。
ついでに電動工具のコーナーを見た。
近くでは俺と同じような作業服の男たちがプロ用の道具のコーナーを熱心に見ている。
俺はこの雰囲気が好きだ。
昼間のホームセンターは家族連れが多いが、夕方、特に六時以降はプロフェッショナルの時間だ。
職人や作業員が自分の道具を探すため、あるいは消耗品を購入するため、厳しい目で一つ一つの品を吟味していく。
その空気は明らかに昼間とは違う。
その中に身を置くと、仕事への誇りが蘇ってくるようだ。
昼間、つらいことがあっても、事務所で不愉快なことがあっても、また明日頑張ろうと思えてくる。
俺は作業員、現場代理人なのだと。
たかが手袋一つ買うために来ているだけなのだが。
レジに並んだ時だった。前を見ると、遠藤がいた。
かごの中には漂白剤と生理用品とおぼしきビニールのパッケージが入っていた。だがよく見ると、それには老人のイラストが描かれていた。
先に口を開いたのは彼女だった。
「こんばんは。お疲れ様です。」
かわいい声だなと思った。電話ではよく聞くが生で聞くのは久しぶりだ。
正月の仕事始めの時以来か。
顎の高さでカットしている黒い髪、つぶらな瞳、薄桃色の唇はまるで高校生のようだった。
色白で少し顔色が悪いように見えた。寒いせいだろうか。
化粧をしていないところを見ると、家が近いのだろうか。
「お疲れさん。チョコありがとう。」
忘れないうちに言った。
遠藤は白い顔のままだった。少し驚いたように目が見開かれた。
「千八百四十七円です。」
レジのねえさんの声で遠藤は慌てて財布を開けてお金を出す。おつりのないようきっちりと小銭を出した。
遠藤はレシートをもらうと俺に会釈して駆けだした。
なんだか高校生か中学生のような反応だった。
ま、俺の態度も似たようなものなのだが。
それにしても、遠藤はなぜ付箋に携帯の電話番号を書いたのだろうか。
さっきの俺に対する態度から考えても、わからない。
番号を教えて積極的にアタックするのなら、あれはないと思う。
女の考えていることというのはわからない。
だから、その年で独身なんだよと自分で自分に突っ込みを入れてしまう。
なんたって来年不惑だもんな。




