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16 通じた電話

 モハメドのメールはさらに続いていた。




   場所は都内のホテルの宴会場でした。

   石油関連の企業が主催した産油国とのパーティの席に

   彼女の兄だという男性と出席していました。

   私は母国の関係者の通訳として同席していました。

   彼女の兄は紅林興産の社長の息子で専務ということでした。

   兄は彼女を産油国の関係者にしきりに紹介していました。

   私は非常に不快に感じました。  

   利益を得るために、

   彼女を利用しようとしているとしか思えません。

   浅戸さん、このままでは、彼女は、

   どこかの国の王族の夫人にされてしまいます。

   宗教や民族の違いで恐らくは第一夫人という地位には

   なれないでしょう。

   血のつながった家族がいるはずなのに、

   なぜ、異国へ無理やりやろうとするのか。

   私には理解できない。

   政略結婚などしなくとも、紅林興産となら

   どこの国も喜んで提携することでしょう。

   彼女自身が選んだことなら、私も納得できます。

   しかし、私が見たところ、

   彼女にとっては不本意なことだと感じました。

   時折見せる寂しそうな表情は、

   母親の葬儀の時と同じでした。

   恐らく、彼女は実の父親に引き取られても、

   幸せではないのではないでしょうか。

   正式な妻の子ではないということで、

   彼女の存在をよく思わない者がいるのかもしれません。

   浅戸さん、彼女に連絡してください。

   私は彼女と少しだけ話す時間がありました。

   「皆さん、お元気でしょうか。」

   彼女はそう言っていました。

   あなたの名前は一言も言いませんでした。

   でも、皆さんと言う前に口の形が「あ」という形に

   なったのがわかりました。

   慎ましい彼女はすぐに「皆さん」と口を開きました。




 そうだったのか。

 あの電話は……。

 彼女が自分に助けを求めるものだったのか……。

 確信はない。   

 だが、どうすればいいのか?

 大体、モハメドの勘違いかもしれないじゃないか。

 でも、彼女は江口には電話していない。

 それじゃ、なぜ俺に電話をした?

 わからん。

 俺にはわからん。




   浅戸さん、彼女の携帯電話は変えられています。

   新しい番号は0*0********です。

   こちらに連絡すれば大丈夫です。

   前使っていたものは兄が持っているそうです。

   そちらには電話しないように。

   兄の紅林幸次郎がもしあなたの存在に気付いたら、

   会社を通してあなたに圧力をかけるかもしれません。




 俺は飛び上がりそうになった。

 着信履歴をチェックされたらまずい。

 紅林興産は俺のいる会社と関係が深い。




 とはいえ、彼女が俺に電話をかけたのは確かな事実だ。

 なんのためかはわからないが、不在着信があったら、こちらからかけるのが筋というものだ。

 俺は時計を見た。

 十一時二十五分。

 彼女は起きているだろうか。 

 お嬢様のタイムスケジュールというのがいまいちわからないが、彼女は仕事をしていないはずだから、夜遅くも起きているかもしれない。

 俺はその番号を押した。

 呼び出し音が鳴った。一回、二回、三回、今日も通じないかもしれない。

 四回、五回……。

『はい、えん、いえ紅林眞帆子(まほこ)です。』

 遠藤の声。俺は大きく深呼吸した。

「こんばんは、浅戸です。」

 耳に息を呑むような音が聞こえた。

『本当に?』

「本当です。」

 すぐそこに彼女がいるような息遣いが感じられた。

 俺は何を言えばいいのかわからなかった。

 モハメドに会ったのか。

 メールにあったことは本当なのか。

 どうして俺に電話をかけたのか。

 幸せなのか。

 他にも訊きたいことは山ほどあるのに、頭が混乱して言葉が出ない。

 俺は仕方なくありきたりのことを尋ねた。

「夕ご飯、食べたか?」

 電話の向こうでとまどう遠藤の顔が見えたような気がした。

『はい。おいしかったです。』

 その返事に俺は反射的に言った。

「よかった。夕飯がうまいのは今日一日が充実してたからだ。」

 なんだか、自分でも女性に言う言葉ではないような気がした。

 だが、何て言えばいいのだ、こういう時。

 誰も教えてくれなかったし、誰かから教わりたいと思ったこともなかった。

『浅戸さんは、何を召しあがったんですか。』

 召し上がるなんてしゃれたものじゃない。

「じゃがいもの茹でたのと、ししゃも。ビールも。ししゃも以外、全部、もらいもん。島さんがじゃがいもや玉ねぎやたけのこをくれた。ビールは妹から。」

『島さん、お元気でしょうか。たけのこ、私も去年いただきました。』

「うまいよな、あれ。もうちょっとすると大名ダケもあるし。」

『母に食べさせたら、すごく喜んで……』

 遠藤の声に涙が混じっているように思えた。


 



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