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15 モハメドからのメール

 結局、美季の家のバリアフリー工事は二日かかった。

 土曜日に玄関前のスロープと手すり取り付け工事をして、日曜日の午前にトイレの手すり取り付け工事をした。

 完成前と完成後の写真をそれぞれ撮影し、材料費の明細と領収書を作った。

 それらを雄基のプリンターで印刷した。これをケアマネージャーに提出すれば、材料代の九割が補助されるはずだ。

 仕事を終え帰る俺に雄基は礼だと言って缶ビールを一ケースくれた。

 雄基は手伝ってくれたのだが、途中で暑さで気分が悪くなったといってリタイアした。

 代わりに手伝ったのは長男雄一である。黙々とセメントをスコップで混ぜてくれた。父親より体力があるんじゃないかと思った。

 おふくろはありがとなと言って、財布から一万円札を出した。数日前が年金支給日だったからか、財布にはいつもより金が入っていたのだろう。

 俺は受け取ったが後でこっそりと美季に渡した。

「これでおふくろにうまいもんを食わせっくれ。」

 少ない年金を俺が使うわけにはいかない。美季にやれば家の家計に入るかもしれないが、間接的におふくろの食事にもそれが使われることになるのだ。




 妹一家の家を出て俺の住む町に戻ると、まずスタンドに行ってガソリンを入れた。

 軽トラックを貸してくれた島さんの家に行って、謝礼として封筒に入れた金を渡すと、島さんは今日家庭菜園で採ったという玉ねぎ、じゃがいもと裏山で採れたツワ、タケノコをくれた。

 島さんは取れ過ぎて食いきれないからと言ってそれぞれレジ袋いっぱいくれた。

 家に帰ってタケノコをゆでた。冷蔵庫に保存すれば数日はもつ。

 そんなことをやっているうちに九時をまわった。

 俺はじゃがいもをゆで、冷蔵庫にあったししゃもを焼いて夕食にした。

 ビールを開けた俺はなんとなく満足感のようなものを感じていた。

 大きな仕事が終わった後にもそんな感じはあるのだが、それとは少し違う。

 会社の仕事だと、あそこをこうしておけばよかったというところが必ず出てくる。大勢の人間が作業するから、どうしても目の行き届かないところが出てくるのだ。あってはならないことなんだが。

 だが、このリフォーム工事は設計から完成まで、すべて自分の目で確認できた。トイレの手すりはおふくろの身長に合わせた高さだし、玄関前のスロープも車椅子の通れる幅にした。不満なところのない工事だった。

 こういうのはめったにないし、使うおふくろの役にすぐ立つものだから、俺は仕事以上に満足感を覚えていた。

 裁判も終わったし、リフォームも出来たし、なんか幸先がいい感じだ。




 だが、引っかかるのは遠藤のことだ。

 この前かけたら電源が入っていないとか電波が届かないとかで、まるでらちがあかなかった。

 その翌日にかけた時もそうだった。

 縁がないという言葉を思い出す。

 そうだ、俺と遠藤には縁どころか、何もない。

 江口は本当に余計なお世話をしてくれるもんだ。




 パソコンの電源を入れた。

 メールが入っていた。

 大半はネット通販で買ったソフトウェアの会社からのメールマガジンでいつもは中身も見ないで、削除するのだが、その中に差出人が英語のものがあった。

 迷惑メールかなと思ったが、よく見るとタイトルが変だ。

 差出人は「Muhammad」タイトルは「浅戸さん、連絡しなさい」

 差出人はそのままローマ字読みにすると、ムハンマドだ。

 誰だ?

 俺はその名を検索にかけてみた。英語のサイトばかりの中に格闘技の選手のサイトがあった。

 その選手の名はモハメド。

 ということはモハメド?

 俺はメールを開いた。




   陽春の候、いかがお過ごしでしょうか。

   私ことモハメド・ビン・サーデグ・ビン・ナーセルは

   現在、東京都内に住んでおります。

   そちらに滞在中は大変お世話になりました。

   おかげさまで、たくさんのことを学ぶことができました。




 一体、何のメールだと思った。

 礼状なのか。

 だが、この前、会社にお礼のメールが来たではないか。




   さて、今日メールを差し上げたのは、

   他でもない遠藤嬢のことです。

   一昨日、私は都内で彼女に会いました。




 俺は遠藤に向けていたモハメドのまなざしを思い出した。

 モハメドの淡い思いを、モハメドの信じる神様がかなえてくれたのだろうか。




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