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14 裁判と赤い糸

 俺は今法廷にいる。

 といっても裁判官が一人、書記官が一人という、簡易裁判所の法廷である。

 二人とも黒いうわっぱりというか、美容院で服の上にかけるポンチョのようなものを身に付けている。まるで黒いてるてる坊主だ。

 俺は被告。弁護士はいない。これまで何度かこの席に立っているが、弁護士に頼まなくてもなんとかなるものだ。

 忙しい人は頼んだほうがいいかもしれないが、裁判に勝ったところでお金が入ってくるわけではないから、弁護士にわざわざ頼むのは勿体ない話だ。

 後ろのほうには傍聴席があって数名座っている。俺の知り合いはいない。この後もまだ他の裁判があるので、そちらの関係者かもしれない。

 で、原告なのだが、消費者金融会社だ。そちらは代理人の弁護士が来る。

 ところが、時間が来たというのに、まだその弁護士が来ない。

 裁判官も人間だ。さっきから何となく不機嫌な顔になっている。

 予定の時間より十分ほど遅れてやっと汗を拭き拭き弁護士が入って来た。

「遅れて申し訳ありません。道路が混んでまして。」

 見れば俺より若い男だ。

 壮年の裁判官は明らかに怒っていた。

 なんと裁判に遅れた弁護士に説教を始めた。俺はあっけにとられた。

 弁護士もうなだれていた。

 ともあれ審理は始まった。といっても事実の確認だ。

 俺は借りていないと異議申し立ての通りに話した。

 原告の弁護士はどう主張するのかと思ったら、あっさり訴えの取り下げを申し出た。

 拍子抜けだが、原告の消費者金融も裁判を続けるのは金の無駄だとわかっているから、これでしまいにするのだろう。弁護士の出張費用も馬鹿にならないのだろう。

 裁判官は裁判の終了を告げた。

 やっと終わった。俺は嬉しいというよりも、終わったという安心感で一杯だった。

 簡易裁判所の建物を出ると、さっきの弁護士もちょうど出てくるところだった。

「浅戸譲司さんのお身内ですか。」

 譲司を知っていて当然だろう。譲司はこの訴え以前にこの消費者金融から金を借りていながら踏み倒したのだから。それで俺の名を使って金を借りたのだ。

「ええ。譲司は兄です。」

「今どこにいるかご存知ないですか。」

 こっちこそ知りたい。

「いいえ。全然連絡がありません。」

「そうですか。ご苦労様です。」

 どうやら、弁護士、いや消費者金融も譲司が俺の名義で金を借りて踏み倒したと把握しているようだった。

 俺は会社に向かった。

 年休をとっているが、明日からの現場の準備がある。休んではいられない。




 会社に戻ると江口が一階の事務所にいて所長と話していた。

「……とかできませんか。」

「わかった。ハローワークに求人を出してるから、そろそろ話も来ると思う。」

 どうやら、遠藤の後任らしい。

 遠藤が辞めてすぐにハローワークの紹介で若い事務員が入ったのだが、出勤して一週間で来なくなったのだ。

 江口がなんとか残業しながらやっていたのだが、家族持ちの彼女には結構負担が重いようだった。

 数日後、若い作業員が彼女が新しくできたコンビニエンスストアで働いているのを見たと言う。まあ、あっちのほうが給料はいいのだろう。

 ちなみに明日の現場は新しくできる別のコンビニエンスストアの駐車場の舗装工事だ。 

 なぜか最近、コンビニエンスストアの開業が多い。

 話を終えた後、江口が来た。

「遠藤ちゃん、ホントによく働く子だったね。今頃何してるんだろ。」

 俺は十日ほど前の電話のことを思い出した。

 俺と同じア行だからアドレス帳で江口と間違ったんじゃないかと思った。

「遠藤から何か連絡はなかった?」

「ないよ。便りがないのは無事の印ってね。」

 それでは、あれは……。

「どうしたの?」

「いや、あのさ十日くらい前に電話の着信音が鳴って、遠藤って表示が出て……」

 江口の顔いろが変わった。

「まさか、出んかったの?」

「ああ。その後すぐ妹から電話があったからかけんかった。」

「遠藤ちゃん、何かよほどのことがあったんだよ。」

 そうなのだろうか。

「だって社長の娘っていってもさあ……」

 そうだった。噂が本当なら、遠藤は愛人の娘なのだ。他の子どもとなんらかの軋轢があってもおかしくない。

 だが、なぜ俺に電話をかけたのか。




 その夜、妹から電話があった。先週の土曜日に渡した見積もりと設計図をケアマネージャーを通じて市に提出したら工事の許可がおりたらしい。

 先週末に退院した雄基も自宅療養中だが、工事の手伝いを少しくらいならできると言う。

 コンクリートはかき混ぜないといけないから、手伝いがいるのは有り難かった。

 今週末に工事ができるように砕石やセメントの手配をしなければいけない。

 車は軽トラックでないとあの住宅地では道をふさいでしまう。俺は軽トラックを持っている同僚の顔を思い浮かべた。数千円の謝礼を出さないといけないが、それは美季に出してもらうか。

 雄基に言えば出してくれるかなと思った。

 裁判は終わったものの、考えなければならないことばかりだ。

 物を作ることに関することだから、俺にとってはちっとも苦痛にはならないのだけれど。




 江口の言葉をふと思い出した。

 俺はアドレス帳から遠藤の番号を探し発信した。

 流れてきたのはアナウンスだった。

『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません』

 俺と遠藤の間には赤い糸どころか電波さえ通じないようになっているらしかった。





話中で出てくる裁判はあくまでもフィクションです。

この手の裁判がすべてこのような終わり方になるとは限りません。


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