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13 モノづくり人間の性(さが)

 日曜日、俺は朝早く起きると、アパートの駐車場に停めた軽自動車を走らせた。

 妹の家にいるおふくろの顔を見るために。

 やはり、電話で話しただけではどのくらい認知症が進んでいるのかわからないし、美季の生活も見ておきたかった。

 田舎の国道を二時間ほど走って県庁所在地の市に着いた。その郊外に美季の家はある。

 計画性のないくせに、五年前にローンを組んで家を建ててしまったのだ。俺にはそんな恐ろしいことはできない。頭金は雄基の父親がいくらか出したそうだが。

 このローンも問題で、一昨年だったかボーナス払いの引き落としができないかもしれないから貸してくれと言われたことがあった。

 俺も持ち合わせがないから五万だけ貸すと言った時、電話の向こうで沈黙が流れたことを今でも思いだす。

 いくら一人者でも、車のローンだってある。俺のことを無限のATMか何かだと勘違いしているのではないかと思ったが、そんなこと言うわけにもいかない。

 俺は五万だけ振り込んだ。

 ちょうど親父が死んで、おふくろが美季の家に同居を始めた年だったから、いろいろと物入りかもしれないと思ったからだった。

 無論、返ってこなかった。




 近所のコンビニでプリンを六個買うと、俺は美季の家に向かった。

 似たような家の並んだ住宅地の一角のこじんまりとした二階家が美季の家だった。

 前に来た時は空き地があってそこに車を停めたのだが、空き地だった場所には家が建っており、家の前に寄せて道路に車を停めた。長居をするつもりはない。

 階段を三段ほど登って可愛らしいウサギの絵の描かれた「WELCOME」のプレートのかかったドアの前に立ち、チャイムを押した。

 ふと、この階段、おふくろにとってどうなんだろうと思った。前は気にならなかったが、傾斜があるような気がする。おふくろは難儀しているかもしれないなと思った。

 チャイムの下のスピーカーから声がした。

『はい、どなた?』

 いた。相変わらず能天気な対応だ。

「俺、耕輔だ。」

『おにいちゃん? 待って。』

 俺が来るとは微塵も思っていなかったらしい。

 どたどたと音がしたかと思うとドアが開いた。

「おはよう、まだ寝てたのか。」

 美季はリラックスウェアというのか、七分袖のだらっとしたシャツと中途半端に脛のあたりに裾のあるズボンを着ていた。後ろから保育園児の末っ子が追いかけてきた。

「寝てたわけじゃないけど、今日日曜だし。」

「ちょっと顔見に来た。車そこに停めてるからすぐ帰るけど。」

「ま、上がって。」

 とりあえず上がる。

「おふくろは?」

「さっき起きてきたけど。」

 玄関から短い廊下を取ってフローリングのリビングに行く。なんか滑る感じがする。おふくろにはよくないかもしれないと思った。

「雄基君はまだ病院?」

 とりあえずお茶を一口飲んで言った。

「うん。でも今週中に退院できるみたい。抜糸もしたし。」

「そうか。」

 末っ子が俺をじっと見ていた。

「子どもは?」

「雄一は部活、基彦は友達の家、健太は寝てる。」

 元気で何よりだ。

「瑛斗、挨拶しないのか。」

 末っ子に言うとやっとおはようございますの声が聞こえた。

「おはよう。ていうかこんにちはの時間だけどな。」

 その時だった。俺の後ろの襖が開いた。

「おお、来たか。」

「来たど。元気な?」

 おふくろだった。少しやせたような気がする。額のしわが深くなったような。

 おふくろは腰が悪いので足を引きずっている。その足音は以前と変わらない。

 きちんとカットソーとズボンを着て薄化粧をしているところを見ると、それほど悪い状態とは思えない。

 肩まである白髪が半分以上になった髪を、束ねて髪留めで留めているのは昔と同じだ。

 おふくろはゆっくり歩いてローテーブルを挟んで俺の正面に置いてある座椅子に座った。確か夜中の通販で見たことのあるやつだ。敬老の日のプレゼントにいかがでしょうと司会者が言っていた。

「よか椅子がまわったなあ。」

「うん。美季がテレビを見て、()うてくれた。」

 満足そうに微笑んでいた。少しだけ安心した。俺といるよりは幸せだろう。こんな椅子のことなんか俺は考えたこともなかった。




 家庭訪問はまずまずだった。

 ただ帰る時に美季に抜き打ちはやめてと言われたが。

 俺は玄関を出る時にこの階段、おふくろは大丈夫かときいた。

 美季は言った。

「ケアマネさんが言ってた。スロープにすれば、介護保険から工事費が出るらしいんだけど、書類とか面倒だし。」

「業者から見積もりをとって、書いてもらえばいい。バリアフリーのリフォームなんて喜んでやってくれるだろ。」

「全額出るわけじゃないし。そうだ、おにいちゃんが工事やってくれればいいんじゃない? 一級土木持ってるし。材料費だけでできるよね。設計図だってプロだから書けるし。ついでにトイレにも手すり付けてもらおうかな。」

 俺はATMどころか、リフォーム業者か何かになってないか。

 そう思ったが、俺の頭の中ではコンクリートや砕石がどれだけいるかという計算が始まっていた。

 モノづくりをやっている人間の(さが)というのだろうか、できることは自分でやりたいという気持ちが疼き始めていた。




 車の中に置いてあったコンベックスを取り出し、美季の家の中のトイレや玄関まわりのサイズを測定して、俺はホームセンターに向かった。

 バリアフリーのリフォーム用のコーナーがあって、そこの係に話を聴くと業者ではなくても申請書と設計図をきちんと書いて材料費の見積もりを提出すれば許可が出ると言う。工事をしたら写真などを完成書類に添付すれば、実費の全額には足りないが補助金が出るとのことだった。

 全額ではないが、少しは材料費の足しになればいいと俺は思った。

 とりあえず必要と思われるものの価格を調べ、スマホのメモ帳に入力した。

 家に帰って設計図と見積もり表を作るかと思って駐車場に停めた車に戻った時だった。

 スマホの着信音が鳴った。

 ポケットから取り出したスマホの液晶表示を見て、俺は驚きのあまり声も出なかった。

 遠藤という名がそこにあった。

 画面に表示された通話ボタンを押そうとした時だった。着信音が切れた。

 こちらからかけなおそうか。

 いや、もしかすると他の人と間違ったのかもしれない。

 かけなおしたら迷惑なんじゃないか。

 大体、俺にかける用件なんかあるはずない。

 俺は迷っていた。




 不意に着信音が鳴った。

 美季からだった。反射的に応答ボタンを押していた。

『あのね、さっきのリフォームだけど、ケアマネさんに電話したら、見積書と完成図面提出しないといけないんだって。支給申請書とか他の書類は私が書いとくからさ、見積書と完成図面書いて今度の土曜でも持ってきてよ。工事の許可が出たら連休あたりに工事すればいいよ。泊りがけになるなら、うちに泊まればいいし。』

「わかった。」

 俺は結局、遠藤にかけなおすことをしなかった。





介護保険住宅改修については二〇一四年の制度に則って書いています。

介護保険住宅改修費の受給についての詳細はケアマネージャーか、お住まいの市町村の介護保険関係の部署に相談してください。


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