12 ここではないどこか
本日は年度最終日。
といっても役所の検査も書類も終わったので、比較的暇だ。
というわけで昼の休憩時間に銀行に行き、妹の美季の口座に三万円送金した。
ATMの画面の確認ボタンを押した時、もうこれが返ってくることはないのだと思った。
さらば、俺の三万円。
残業代なら十八時間余り。
送金しても、お礼の電話がきたこともない。
わかってはいるが、虚しくなる。
親しき仲にも礼儀あり、じゃないのか。
会社に戻ると、モハメドが協力会社の社長と一緒に事務所に来ていた。
「浅戸さん、お世話になりました。」
モハメドはそう言って頭を下げた。
そうか、研修期間が終わったのかと気付いた。
「お疲れさん。頑張ったなあ。あっちでも身体に気を付けて頑張れよ。」
そう言うと、隣にいた社長が言った。
「他ん会社でも言われたよ。うちも日本人やったら、正社員にするんだが。」
「ありがとうございます。」
モハメドは社長にも丁寧に言う。
所長が尋ねた。
「お国に帰るんですか。」
「その前に東京で大日本舗装建設株式会社が施工している現場を見学します。高速道路や空港の滑走路、スポーツ施設の工事を見てみたいのです。」
貪欲なモハメドに俺はいまさらながら感動した。
国の発展のために日本にいるうちに吸収できるものはすべて吸収しようという姿勢はただものではない。
「スカイツリーも見るのか。」
俺の問いにモハメドはうなずいた。
「はい。ですが、それよりも東京タワーが見たいのです。作られてから五十年以上たっているのに、立派に立っているというのは素晴らしいことです。メンテナンスがどのようにされているのか、知りたいです。」
モハメドの目の付け所は凄い。そうだよ。公共の施設というのは作るだけじゃなく、その後のメンテナンスが大事なのだ。
道路や橋だって作っておしまいではない。壊れたら補修しなければいけない。
アスファルトの道路はその点、補修がしやすい。
「モハメドの国はきっといい国になるよ。モハメドの建設会社がいい国を作るんだから。」
「ありがとうございます。頑張ります。」
モハメドは明るい顔で事務所を出て行った。
夕方の飛行機で東京に立つということだった。
また寂しくなるなと思った。
結局、その夜、妹から電話はこなかった。
次の夜も。
期待なんかしていなかったけれど、なんだか寂しい。
翌日会社に行くと、モハメドからお礼のメールがきたと所長が掲示板にプリントアウトしたものを張り付けた。
ありがとう、皆さんのことは忘れません、仕事のことをたくさん学べてよかった、皆さんの幸せを祈りますと、ありきたりの文面だったが、俺はモハメドの礼儀正しい姿を思い出していた。
人間として見習わなければならないと思った。
ほんの一言でいいのだ。
ありがとうだけで。
俺は妹のことを思い出していた。
俺に礼すら言わない妹は、周囲の人達とうまくやっているのだろうか。
夫の雄基は三男坊で親とは同居していないと言うが、それでも最低限のつきあいがあるはずだ。
そういうことがちゃんとできているのか。
俺は不安になった。
大体、結婚したら経済的なことは夫婦で話し合うもんじゃないのか。
兄に相談するというのが間違ってる。
そう思ったけれど、たぶん、また電話がきたら、俺は貸して、いや、やってしまうんだろうと思う。
こんな性格を美季は見透かして、無心しているのだ。
つくづく嫌になる家族だ。
だが、見捨てるわけにもいかない。
おふくろの世話をしてもらっているのだから。
結局、兄のように何もかも捨てて逃げることもできない。
俺はここに張り付けられて生きていかなければならない。
「浅戸さん、ちょっと。」
終業前に所長に呼ばれた。なんだか嫌な予感がする。
「例の裁判は四月中だよね。」
「はい。」
「五月になったら、沖縄に行ってもらうかもしれない。」
案の定だ。出張所の仕事が減ると他の人手の足りない出張所の応援に駆り出されるのだ。
沖縄ならましだ。あっちは海からの風があって意外と過ごしやすいらしいと聞いたことがある。
何年か前に真夏の北関東に行った時はこっちより暑かったのでどうかなると思った。
朝目が覚めたら、部屋の温度計が三十度近かったのだ。
舗装に使うアスファルト合材の温度は軽く百五十度越えているわけで……。
それでも誰も熱中症にならないんだから凄い。
たまにふらつくのもいるが、たいていは若い作業員だ。
それはともかく、休みがあったら遊びにも行ける。
俺は沖縄にはまだ行ったことがないから楽しみだ。
青い海、珊瑚礁、それくらいしか思い浮かばないけれど。
俺はわかりましたと安請け合いをした。
ここではないどこかに行きたかったのだと思う。