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11 妹からの電話

 昨夜は北海道から来た応援部隊との送別会だった。

 そして、今日は久しぶりに土曜日の休み。

 実は、俺が勤めている会社は基本は土日の週休二日なのだ。勿論、繁忙期に土曜日休んでいる人間は誰もいない。

 だが、今年はやっと三月も末になって土曜日に休めた。

 休みだ、万歳。

 と言いたいが、そういうわけにもいかない。

 こんな時に限って、何かが起きるようになっている。

 朝飯も食わずに、仕事に使う表計算ソフトのマクロを組んでいると、スマホの着信音が鳴った。

 液晶の名前に俺はぎょっとした。

 美季。

 三つ下の妹の名前だ。

 俺は慌てて通話ボタンを押す。

『コースケにいちゃん、おはよ。』

 とぼけたような声だった。電話の理由は大方金だ。

「今度はいくらだ。」

『五万。』

「今度は何だ。子どもが入院か。それともおふくろが骨折か。」

『……それがうちの人、手術しないといけなくて。前から胆石があったでしょ。それが一昨日から痛みだして。胆嚢取ったほうがいいんじゃないかって。』

「そんなに大手術なのか。保険もあるだろ。」

『医療保険なんかとっくに解約したし。おかあさんから借りると、盗まれた盗まれたって大騒ぎするし。』

 俺はぎょっとした。それは認知症の症状ではないか。

「おい、おふくろ、病院に連れて行ったか?」

『要介護一。この前認定を受けた。でも、デイサービスもお金かかるのよね。食事代も払わないといけないのよ。』

 これ以上せびられてはまずいと話題を変えた。

「貯金とかしてないのか。」

『できるわけないでしょ。男の子四人もいて出ていく分は毎年多くなるし。』

 こいつは昔から無計画だった。十五年前、短大を出て一年もたたないうちに職場に出入りしていた取引先の営業の男とできちゃった結婚をしたのもそうだ。

 その後、立て続けに四人も子どもを産んだ。無論計画的なものではない。

 一番上は今度中学三年だ。一番下の子は五歳で来年小学校に入学するはずだ。長男の高校入学と四男の小学校入学が重なることだけ見ても無計画ぶりがよくわかる。

 俺が仕事で碌に世話もできないので、親父が死んだ後のおふくろの面倒を見てもらっているが、たぶん子どもの世話をさせているはずだ。共働きだから。

 ちなみに美季の無心以外に毎月、おふくろの介護費用に五万円送金している。

「去年の暮れの分、まだ返してないよな。」

 美季の返答がない。

「ボーナスで返すって言ってたけど。」

『ボーナス少なかったのよ。』

「なら、どうして教えてくれないんだ。一言なんかあるだろ。」

 腹が立つ。兄貴といいどうして身内というのは……。

『ごめん。必ず返すから。だから五万。無理だったら三万でもいい。』

 一人者で使い道なんかないだろうと思っての無心なのだろうけれど、一体いくらこれまでに貸したと思ってるんだ。返してくれたのは最初の何回かだけだろ。

「じゃ三万な。」

『ごめん。口座にお願いします。あ、おかあさんに電話代わるね。』

 用事が終わるとすぐこれだ。

 すぐにおふくろのしわがれ声が聞こえた。

『耕輔、元気やったか。』

「うん。」

『仕事は忙しいか。』

「うん。」

『まだ嫁はもらわんのか。』

「そのうち。」

『美季にいくら貸した?』

 おふくろも金の無心の電話だとわかっているようだった。

「三万よ。」

『んだもした。』

 おふくろの呆れたような声が聞こえた。

「雄基君には言うなよ。」

 美季の夫は変なところで見栄を張る男だった。妻が兄から金を借りたなんて知ったら、大喧嘩になるに決まってる。同居しているおふくろもそれはわかっているはずだ。

『わかった。言わん。』

「じゃ、またな。」

『まだ嫁はもらわんのか。』

「そのうちな。それじゃ。」

 俺は無理やり通話を切った。

 おふくろの認知症がこの先重くなったら……。美季一人で介護ができなくなったら……。

 考えたくなかった。

 兄貴のせいで裁判所に行かなければならないのに、美季に三万円送金しなければならないのに。

 これ以上の厄介ごとは御免だった。




 こんなに厄介事を身内に抱えている男に、女を幸せにできるはずがないのだ。

 兄と妹に金をせびられ、裁判沙汰を抱えている。

 こんな男とつきあいたい女なんかいるはずがない。

 遠藤は運がいい。

 こんな男と付き合わずに済んだのだから。

 今頃、彼女は父親と対面し、大きな屋敷の中に広い部屋を与えられ、ブランド物の服やアクセサリー、靴を身に着け、おいしい夕食を食べ、新しい家族の中で幸せに微笑んでいるはずだ。

 きっとお披露目のパーティが開かれ、そこに招かれたどこかの御曹司に見初められ婚約し結婚。子どもは三人で皆可愛く、賢くて……。

 不毛な想像だと気付き、俺はなぜか笑っていた。

 もう彼女と俺の人生は決して交わることはない。

 想像しても無意味だ。





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