魔王、取り戻す
裏山へ行ってから三日ほど経過した。
「あ、パッパァ」
「……気持ち悪い声で我を呼ぶな、勇者」
「パッパァ?」
「ピッツァ的なノリで呼ぶでない!」
「ふむふむ。ならパパと呼ぶでござるよ」
「……うざ」
勇者がいつもの五割増でうざくなっていた。
『ござるとかキャラ崩壊しすぎであろう』とツッコミをいれる気力は、今の魔王にはなかった。
「そういえば、パパはこれからどちらへ?」
「……少し、メイに用があってな」
「ふーん」
いつもなら互いに罵倒しあう状況だというのに、妙におとなしい。
嵐の前の静けさ、というものなのだろうか。
「ね、私もついていっていいかな?」
「どうせ、断ってもついてくるだろうに」
「まぁ、それはそうだけどさー」
などと、二人は互いの思惑を探りながら表面上は取り繕って会話していた。
「お待ちしておりました、御二方」
「……」
現れたのは、イリスだった。
「あ、もしかしてメイちゃんのところまで案内してくれるの?」
「ええ。では、こちらへ」
なんとなくギクシャクしてしまっている魔王に代わり、勇者がイリスと会話をした。
その間も、魔王は何かを考えているようで……。
「どしたの? 置いてっちゃうよ?」
「……ああ、今行く」
不意に現実に引き戻された魔王は、しかしどこか抜けた様子で二人のあとを追う。
「……なんだかなぁ……」
「どうかしましたか?」
「あ、ううん、なんでもないよ?」
どこか抜けているのは勇者も同じであった。
時間にして二分程度歩いたところで、イリスは足を止めた。
「あれ、ここって……」
「この中に、メイ様はいらっしゃいます」
勇者の声を無視して、イリスは告げる。
「私は、従者として後ろに待機しております。ですが、部屋の外に出て行くことは決してございません」
その言葉には、力がこもっていた。
「私は、後悔していません。それが最善であったのか、それ以外にも方法はあったのかもしれません。けれど、それに後悔をすることはございません」
彼女の話は、今の魔王たちには理解できない。だが、告げる。
「どうか、貴方達も後悔しない選択をしていただきたいものです」
「「……」」
「それでは、参りましょうか」
そう言ってイリスは扉を開けた。
その部屋の中には、メイがいた。だが、もう一人いた。
イケメンだ。きっと、七割の女性はかっこいいと言うだろう。もしかすると勇者もその七割に入るのかもしれない。
「やぁ、お邪魔しているよ?」
「ーーッ!?」
「おいおい、感動の再会だというのに、その態度はないんじゃないのかい?」
「黙れ。貴様、なぜここにいる」
魔王は無意識のうちに戦闘態勢に入っていた。
拳を握り、重心を低くし、半身でいつでも動けるように。
それが無意味だと理解できていても、そうせざるを得なかった。
「まぁ、落ち着けって。僕たちは知能を持った生物だろ? 話し合いをしようじゃないか」
「黙れと言ったはずだが?」
魔王の足は、わずかに震えている。それもそのはずで、両者の間には絶対的な差が存在するのだ。
魔王が勝つ可能性など、一割もない。
「だが、状況を確認するのも、大事なことだと思うけど?」
「……?」
部屋の中にいるのは、メイとイリスと勇者と魔王とイケメン、そして二体の人形。地面には魔法陣が描かれている。
「ここは、君たちが召喚……いや、降霊という表現の方がふさわしいか。とにかく、そんな部屋だ」
それは、勇者も気づいていたことだ。
「僕がここにいることも不思議だと思うけれど、まぁそのついでにいくつか不思議を体験してもらうよ?」
「貴様、何を言って……ッ!?」
そう、部屋の中にいるのは、メイとイリスと勇者と魔王とイケメン。そして、勇者と魔王だった人形。
勇者と魔王は、すでに己の本来の肉体を取り戻していた。
「だからまぁ、とりあえず落ち着いて、そのついでに話し合いをしよう」
それが当然であるように、そのイケメンは語ることをやめない。
「僕が、天界の代表。巷では神と呼ばれている存在だね? よろしくお願いするよ」
魔王と勇者と神。
魔族と人間と天界の代表が、そこに集まっていた。
「さぁ、サミットでも始めようか」
肉体を取り戻した勇者と魔王。
神と名乗るイケメン。
現魔王のメイと何やら怪しいイリス。
歯車は揃った。あとは嚙み合わせるだけだ。